あなたが私の最高な人

雪原歌乃

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Act.2-02

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「もう、私のことはどうでもいいってこと?」
 我ながら、ずいぶんと刺々しい言い方になってしまった。
 彼はやはり、困ったように微苦笑を浮かべている。
「どうでもいいなんて思っちゃいないさ。というか、どうでもいいなら、酔っ払って倒れた君を放っておけるわけがないだろ?」
「じゃあ、酔っ払って意識を失くした私をラブホに連れ込んだ理由は?」
「別に深い意味はない。一番ここが近かったから。ずっと気持ち悪そうにしていたから、俺のアパートまで持ちそうにないな、と思って」
 そこまで言うと、彼は項垂れて、「すまない」と謝罪してきた。
「やっぱり、俺がしゃしゃり出るわけにいかなかったな。君は君で先に進もうとしていたのに……。なのに、放っておけないからってお節介を焼いてしまって……」
 彼は髪をかき上げ、深い溜め息を漏らす。
 私はジッと彼の横顔を見つめていた。
 出逢った頃は何事にも動じない落ち着いた大人に見えた。けれど、ふとした瞬間に余裕がなくなることがある。それは今でも変わっていないらしい。
 それにしても、どうして急に彼が私の前に現れたのかが不思議だった。そもそも、一昨年から県外に異動になっていたのに。その疑問を彼に投げかけると、「実は」と切り出した。
「先週、またこっちに戻ることになってね。恐らく、しばらくは異動はないと思う」
「左遷?」
「君は言いづらいことをはっきり言うな」
 彼は笑いを含みながら続けた。
「君の期待に応えられなくて残念だけど、左遷じゃないよ。むしろ昇格した。その分、以前よりもだいぶ仕事がハードになってるけどな」
 そう言うと、彼は自分の左肩を回しながら右手で揉む仕草を見せる。
「だいぶ年取ったんじゃない?」
 仕草がジジ臭いな、と思った私は、考えるよりも先に口に出してしまった。
 案の定、私の言動に彼は溜め息交じりに突っ込みを入れてきた。
「失礼な。これでもまだまだ周りの若い連中には負けちゃいないと思ってるけど?」
「もう四十でしょ?」
「四十じゃない。まだ三十九だ」
「大して変わらないじゃない」
「三十代と四十代じゃ天と地の差がある」
 些細なことでムキになるところも全く変わっていない。でも、こういう子供っぽさを見せるところもまた、私は好きだったのだけど。いや、今でも嫌いじゃない。
弘尚ひろなおさん、可愛い」
「オッサン相手に可愛い言うな」
「あら? 年寄り扱いされるのイヤじゃなかった?」
「それとこれは別」
 ちょっと突くとすぐに反応してくれるから面白い。さっきまで感じた胸の痛みはどこへ消えたのだろう、と自分で自分に驚いている。
「さて、どうする?」
 彼――弘尚さんは真顔で私を見つめてきた。
「気分が良くなったようだから帰る?」
 こんな質問をしてくるのはどういうつもりだろう、と考える。
 私が意識を失くしている間、弘尚さんはひとりでシャワーを浴びていた。そして、本当はどういう意図でここに運んで来たのか。
 自惚れかもしれない。けれど、ほんの少しでも私を抱きたいと思ってくれたのか。
「帰らない、って言ったらどうする?」
 今度は逆に私が質問した。
 弘尚さんは必死で平静を装おうとしていたけれど、目が忙しなく泳いでいたから動揺しているのは一目瞭然だった。
「もう、私にその気はない?」
 落ち着かなくなっている弘尚さんにさらに距離を縮め、私はそのまま彼の手に触れる。
「――君は男を誑かす天才かもな」
 失礼極まりない言い回しだ。でも、それほど弘尚さんは自分の中で理性と感情と格闘しているのだろう。そう思うと、別に腹は立たない。
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