3 / 5
Act.2-02
しおりを挟む
「もう、私のことはどうでもいいってこと?」
我ながら、ずいぶんと刺々しい言い方になってしまった。
彼はやはり、困ったように微苦笑を浮かべている。
「どうでもいいなんて思っちゃいないさ。というか、どうでもいいなら、酔っ払って倒れた君を放っておけるわけがないだろ?」
「じゃあ、酔っ払って意識を失くした私をラブホに連れ込んだ理由は?」
「別に深い意味はない。一番ここが近かったから。ずっと気持ち悪そうにしていたから、俺のアパートまで持ちそうにないな、と思って」
そこまで言うと、彼は項垂れて、「すまない」と謝罪してきた。
「やっぱり、俺がしゃしゃり出るわけにいかなかったな。君は君で先に進もうとしていたのに……。なのに、放っておけないからってお節介を焼いてしまって……」
彼は髪をかき上げ、深い溜め息を漏らす。
私はジッと彼の横顔を見つめていた。
出逢った頃は何事にも動じない落ち着いた大人に見えた。けれど、ふとした瞬間に余裕がなくなることがある。それは今でも変わっていないらしい。
それにしても、どうして急に彼が私の前に現れたのかが不思議だった。そもそも、一昨年から県外に異動になっていたのに。その疑問を彼に投げかけると、「実は」と切り出した。
「先週、またこっちに戻ることになってね。恐らく、しばらくは異動はないと思う」
「左遷?」
「君は言いづらいことをはっきり言うな」
彼は笑いを含みながら続けた。
「君の期待に応えられなくて残念だけど、左遷じゃないよ。むしろ昇格した。その分、以前よりもだいぶ仕事がハードになってるけどな」
そう言うと、彼は自分の左肩を回しながら右手で揉む仕草を見せる。
「だいぶ年取ったんじゃない?」
仕草がジジ臭いな、と思った私は、考えるよりも先に口に出してしまった。
案の定、私の言動に彼は溜め息交じりに突っ込みを入れてきた。
「失礼な。これでもまだまだ周りの若い連中には負けちゃいないと思ってるけど?」
「もう四十でしょ?」
「四十じゃない。まだ三十九だ」
「大して変わらないじゃない」
「三十代と四十代じゃ天と地の差がある」
些細なことでムキになるところも全く変わっていない。でも、こういう子供っぽさを見せるところもまた、私は好きだったのだけど。いや、今でも嫌いじゃない。
「弘尚さん、可愛い」
「オッサン相手に可愛い言うな」
「あら? 年寄り扱いされるのイヤじゃなかった?」
「それとこれは別」
ちょっと突くとすぐに反応してくれるから面白い。さっきまで感じた胸の痛みはどこへ消えたのだろう、と自分で自分に驚いている。
「さて、どうする?」
彼――弘尚さんは真顔で私を見つめてきた。
「気分が良くなったようだから帰る?」
こんな質問をしてくるのはどういうつもりだろう、と考える。
私が意識を失くしている間、弘尚さんはひとりでシャワーを浴びていた。そして、本当はどういう意図でここに運んで来たのか。
自惚れかもしれない。けれど、ほんの少しでも私を抱きたいと思ってくれたのか。
「帰らない、って言ったらどうする?」
今度は逆に私が質問した。
弘尚さんは必死で平静を装おうとしていたけれど、目が忙しなく泳いでいたから動揺しているのは一目瞭然だった。
「もう、私にその気はない?」
落ち着かなくなっている弘尚さんにさらに距離を縮め、私はそのまま彼の手に触れる。
「――君は男を誑かす天才かもな」
失礼極まりない言い回しだ。でも、それほど弘尚さんは自分の中で理性と感情と格闘しているのだろう。そう思うと、別に腹は立たない。
我ながら、ずいぶんと刺々しい言い方になってしまった。
彼はやはり、困ったように微苦笑を浮かべている。
「どうでもいいなんて思っちゃいないさ。というか、どうでもいいなら、酔っ払って倒れた君を放っておけるわけがないだろ?」
「じゃあ、酔っ払って意識を失くした私をラブホに連れ込んだ理由は?」
「別に深い意味はない。一番ここが近かったから。ずっと気持ち悪そうにしていたから、俺のアパートまで持ちそうにないな、と思って」
そこまで言うと、彼は項垂れて、「すまない」と謝罪してきた。
「やっぱり、俺がしゃしゃり出るわけにいかなかったな。君は君で先に進もうとしていたのに……。なのに、放っておけないからってお節介を焼いてしまって……」
彼は髪をかき上げ、深い溜め息を漏らす。
私はジッと彼の横顔を見つめていた。
出逢った頃は何事にも動じない落ち着いた大人に見えた。けれど、ふとした瞬間に余裕がなくなることがある。それは今でも変わっていないらしい。
それにしても、どうして急に彼が私の前に現れたのかが不思議だった。そもそも、一昨年から県外に異動になっていたのに。その疑問を彼に投げかけると、「実は」と切り出した。
「先週、またこっちに戻ることになってね。恐らく、しばらくは異動はないと思う」
「左遷?」
「君は言いづらいことをはっきり言うな」
彼は笑いを含みながら続けた。
「君の期待に応えられなくて残念だけど、左遷じゃないよ。むしろ昇格した。その分、以前よりもだいぶ仕事がハードになってるけどな」
そう言うと、彼は自分の左肩を回しながら右手で揉む仕草を見せる。
「だいぶ年取ったんじゃない?」
仕草がジジ臭いな、と思った私は、考えるよりも先に口に出してしまった。
案の定、私の言動に彼は溜め息交じりに突っ込みを入れてきた。
「失礼な。これでもまだまだ周りの若い連中には負けちゃいないと思ってるけど?」
「もう四十でしょ?」
「四十じゃない。まだ三十九だ」
「大して変わらないじゃない」
「三十代と四十代じゃ天と地の差がある」
些細なことでムキになるところも全く変わっていない。でも、こういう子供っぽさを見せるところもまた、私は好きだったのだけど。いや、今でも嫌いじゃない。
「弘尚さん、可愛い」
「オッサン相手に可愛い言うな」
「あら? 年寄り扱いされるのイヤじゃなかった?」
「それとこれは別」
ちょっと突くとすぐに反応してくれるから面白い。さっきまで感じた胸の痛みはどこへ消えたのだろう、と自分で自分に驚いている。
「さて、どうする?」
彼――弘尚さんは真顔で私を見つめてきた。
「気分が良くなったようだから帰る?」
こんな質問をしてくるのはどういうつもりだろう、と考える。
私が意識を失くしている間、弘尚さんはひとりでシャワーを浴びていた。そして、本当はどういう意図でここに運んで来たのか。
自惚れかもしれない。けれど、ほんの少しでも私を抱きたいと思ってくれたのか。
「帰らない、って言ったらどうする?」
今度は逆に私が質問した。
弘尚さんは必死で平静を装おうとしていたけれど、目が忙しなく泳いでいたから動揺しているのは一目瞭然だった。
「もう、私にその気はない?」
落ち着かなくなっている弘尚さんにさらに距離を縮め、私はそのまま彼の手に触れる。
「――君は男を誑かす天才かもな」
失礼極まりない言い回しだ。でも、それほど弘尚さんは自分の中で理性と感情と格闘しているのだろう。そう思うと、別に腹は立たない。
0
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説
Melting Sweet
雪原歌乃
恋愛
唐沢夕純は過去の経験から恋愛はほぼ諦めモード、仕事だけを心の拠り所にし続けてきた。
ところが、同部署の部下・杉本衛也の存在が、常に夕純を悩ませ続けて……。
十歳差の年下青年と年上女性、互いの酒好きがきっかけで距離が縮まる?
※※※
☆は愛ありなR18描写が含まれます。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
若妻シリーズ
笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。
気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。
乳首責め/クリ責め/潮吹き
※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様
※使用画像/SplitShire様
やさしい幼馴染は豹変する。
春密まつり
恋愛
マンションの隣の部屋の喘ぎ声に悩まされている紗江。
そのせいで転職1日目なのに眠くてたまらない。
なんとか遅刻せず会社に着いて挨拶を済ませると、なんと昔大好きだった幼馴染と再会した。
けれど、王子様みたいだった彼は昔の彼とは違っていてーー
▼全6話
▼ムーンライト、pixiv、エブリスタにも投稿しています
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ドブ川の宝石
のがれみすみ
恋愛
元お嬢様で現キャバ嬢大学生、イケメン御曹司と恋をする……?
過去、有名企業の社長令嬢だった主人公の香椎瑠理(かしい るり)。
両親が9歳の時に離婚してからというもの貧乏な日々を送っていた。
それから11年。生活費、母親への仕送り、そのすべてを支払うため昼夜バイトに明け暮れる苦学生である瑠璃は昼は時給の比較的良いカフェで勤務し、夜からはキャバクラで働いていた。
そんな瑠璃の通う大学の同じ学科には有名人がいた。
大学三年生の一条秀(いちじょう しゅう)。実家が超資産家である彼は、物腰も柔らかく容姿端麗で成績優秀なため、誰にでも好かれる完璧な人間であったが、瑠璃は昔そんな一条に未だ思い出すトラウマを残されていた。
しかしその一条が、今年に入ってから瑠璃に急に近づいてくるように。
昔のことを覚えていないかのようなその態度に瑠璃は困惑するが、一条はそんな瑠璃に対して気づいていないかのように何度も声をかけてきた。
そんな中、キャバクラのアルバイト先で西川仁(さいかわ じん)という男と出会う。
粗野な言動をするが、瑠璃のことを何かと構ってくる西川の優しさに触れ、瑠璃の心は揺れ動いていく。
※夜の仕事に詳しくないのですべてファンタジーです
色んなところに載せております
かんたん表紙メーカー様の表紙画像使用中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる