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1st side*Natsume
Act.3-02
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萌恵は瞠目した。いつも穏やかにやり過ごす夏目が苛立ちを露わにするなんて、考えもしなかったのだろう。
「――ごめんなさい……」
萌恵は夏目から視線を外し、身を縮ませながら謝罪した。
「夏目さんに拒絶されたような気がして、酷いことを言ってしまいました……。夏目さんのような真面目な人が、他人をからかうようなことなんて絶対するはずないのに……」
今にも泣きそうになっている萌恵を見下ろしながら、夏目の心が酷く疼いた。
他人をからかう――
この言葉は特に、夏目に重くのしかかってきた。萌恵に告白された時、夏目は、心の底からからかわれていると思ってしまったのだ。
だが、萌恵と逢瀬を重ねるうち、萌恵が自分をからかったのではなく、むしろ誠実な気持ちで夏目を想い続けてくれていたことにようやく気付いた。
(酷いことをしていたのは俺だな……)
嫌悪感を覚えた夏目は眉をひそめ、首を横に振った。むろん、萌恵の想いを踏みにじり続けてきた自分自身に、だ。
「君が謝る必要はない」
夏目は口元に笑みを湛えながら、萌恵の頭を優しく撫でた。
「俺の方がきついことを言ってしまったんだ。年甲斐もなくムキになってしまって……。悪かった」
萌恵は少しずつ頭をもたげると、目を何度も瞬かせた。茶味を帯びた双眸で真っ直ぐに夏目を見つめ、「怒って、ないんですか……?」とおずおずと訊ねてくる。
「それは俺の台詞だと思うけど?」
夏目は肩を竦めながら続けた。
「普通に考えたら、俺のようにねちっこく細かいことを問い質そうとする男は嫌われるんじゃない? 現にこうして売れ残ってしまってる。その腐れる寸前の見切り品を君が買い取ってくれなきゃ、そのうち、誰からも見向きもされずに終わっていただろうね」
「――そんなこと言わないで下さい……」
自分自身を卑下した夏目を、萌恵は恨めしげに睨んできた。
「夏目さんは売れ残りの見切り品なんかじゃないです。むしろ、私には夏目さんのような男性は新鮮で、自分にはもったいないほどだって思ってるんです」
「もったいない、って……。それこそ俺の台詞……」
「いいえ」
夏目が言いかけた言葉を、萌恵が素早く遮った。
「誰がなんと言おうと、夏目さんは貴重な男性です。夏目さんのようにいい人を放っておくなんて、みんなの目は節穴ですよ。でも、だからこそ私にチャンスが回ってきたんでしょうけど」
ここまで言うと、萌恵は悪戯っぽく笑った。
夏目はしばらく呆気に取られた。確かに、『いい人』とはよく言われるものの、夏目を恋愛対象として見る女性は稀だ。ただ、また自虐的なことを口にしたら萌恵に怒られそうな気がしたから、曖昧に笑って誤魔化した。
「俺こそいい思いをしてるけどねえ」
夏目が言うと、萌恵は不思議そうに首を傾げた。
「いい思いをしてるんですか?」
「そりゃそうだろ? だって君のような若い子が俺の相手をまともにしてくれてるんだ。誰だって羨ましく思うさ」
「そんなもんですか……?」
どうやら、萌恵は自分自身のことには鈍感らしい。恋愛に疎い夏目でさえ、萌恵が彼女と同世代の男達にそれなりに人気があるのを知っているのに、本人はまるっきり気付いていない。元々、同世代に魅力を感じない、とはっきり言いきっていたから、彼らのことは眼中にないのだろうが。
自分だけを見てくれるのは嬉しい。なのに、半面で萌恵に全く相手にされない男達にも少なからず同情してしまう。
「とにかく、そろそろ場所を移そうか?」
夏目はそう切り出し、少し躊躇ってから続けた。
「俺のアパートだったら歩いてでも行ける。ふたりきりになれて酒も飲める場所となると、俺のトコぐらいしかないからね」
萌恵をアパートへ連れて行くのは想定外だったものの、他に場所がない。
萌恵の表情がパッと輝いた。まさかとは思うが、夏目のアパートに行くことを期待していたのだろうか。
「夏目さんのトコに行くの、初めてですね」
嬉しそうに口にしてくる。ただ、危機感が全くなさそうなのが心配だ。もちろん、いきなり襲うつもりは全くないが。
(それとも、人畜無害と思われているか、だな)
それもそれで複雑な心境だった。夏目は微苦笑を浮かべながら、「さ、行こうか?」と萌恵を促した。
「――ごめんなさい……」
萌恵は夏目から視線を外し、身を縮ませながら謝罪した。
「夏目さんに拒絶されたような気がして、酷いことを言ってしまいました……。夏目さんのような真面目な人が、他人をからかうようなことなんて絶対するはずないのに……」
今にも泣きそうになっている萌恵を見下ろしながら、夏目の心が酷く疼いた。
他人をからかう――
この言葉は特に、夏目に重くのしかかってきた。萌恵に告白された時、夏目は、心の底からからかわれていると思ってしまったのだ。
だが、萌恵と逢瀬を重ねるうち、萌恵が自分をからかったのではなく、むしろ誠実な気持ちで夏目を想い続けてくれていたことにようやく気付いた。
(酷いことをしていたのは俺だな……)
嫌悪感を覚えた夏目は眉をひそめ、首を横に振った。むろん、萌恵の想いを踏みにじり続けてきた自分自身に、だ。
「君が謝る必要はない」
夏目は口元に笑みを湛えながら、萌恵の頭を優しく撫でた。
「俺の方がきついことを言ってしまったんだ。年甲斐もなくムキになってしまって……。悪かった」
萌恵は少しずつ頭をもたげると、目を何度も瞬かせた。茶味を帯びた双眸で真っ直ぐに夏目を見つめ、「怒って、ないんですか……?」とおずおずと訊ねてくる。
「それは俺の台詞だと思うけど?」
夏目は肩を竦めながら続けた。
「普通に考えたら、俺のようにねちっこく細かいことを問い質そうとする男は嫌われるんじゃない? 現にこうして売れ残ってしまってる。その腐れる寸前の見切り品を君が買い取ってくれなきゃ、そのうち、誰からも見向きもされずに終わっていただろうね」
「――そんなこと言わないで下さい……」
自分自身を卑下した夏目を、萌恵は恨めしげに睨んできた。
「夏目さんは売れ残りの見切り品なんかじゃないです。むしろ、私には夏目さんのような男性は新鮮で、自分にはもったいないほどだって思ってるんです」
「もったいない、って……。それこそ俺の台詞……」
「いいえ」
夏目が言いかけた言葉を、萌恵が素早く遮った。
「誰がなんと言おうと、夏目さんは貴重な男性です。夏目さんのようにいい人を放っておくなんて、みんなの目は節穴ですよ。でも、だからこそ私にチャンスが回ってきたんでしょうけど」
ここまで言うと、萌恵は悪戯っぽく笑った。
夏目はしばらく呆気に取られた。確かに、『いい人』とはよく言われるものの、夏目を恋愛対象として見る女性は稀だ。ただ、また自虐的なことを口にしたら萌恵に怒られそうな気がしたから、曖昧に笑って誤魔化した。
「俺こそいい思いをしてるけどねえ」
夏目が言うと、萌恵は不思議そうに首を傾げた。
「いい思いをしてるんですか?」
「そりゃそうだろ? だって君のような若い子が俺の相手をまともにしてくれてるんだ。誰だって羨ましく思うさ」
「そんなもんですか……?」
どうやら、萌恵は自分自身のことには鈍感らしい。恋愛に疎い夏目でさえ、萌恵が彼女と同世代の男達にそれなりに人気があるのを知っているのに、本人はまるっきり気付いていない。元々、同世代に魅力を感じない、とはっきり言いきっていたから、彼らのことは眼中にないのだろうが。
自分だけを見てくれるのは嬉しい。なのに、半面で萌恵に全く相手にされない男達にも少なからず同情してしまう。
「とにかく、そろそろ場所を移そうか?」
夏目はそう切り出し、少し躊躇ってから続けた。
「俺のアパートだったら歩いてでも行ける。ふたりきりになれて酒も飲める場所となると、俺のトコぐらいしかないからね」
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「夏目さんのトコに行くの、初めてですね」
嬉しそうに口にしてくる。ただ、危機感が全くなさそうなのが心配だ。もちろん、いきなり襲うつもりは全くないが。
(それとも、人畜無害と思われているか、だな)
それもそれで複雑な心境だった。夏目は微苦笑を浮かべながら、「さ、行こうか?」と萌恵を促した。
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