優しく繋がる赤い糸

雪原歌乃

文字の大きさ
上 下
6 / 14
1st side*Natsume

Act.3-02

しおりを挟む
 萌恵は瞠目した。いつも穏やかにやり過ごす夏目が苛立ちを露わにするなんて、考えもしなかったのだろう。
「――ごめんなさい……」
 萌恵は夏目から視線を外し、身を縮ませながら謝罪した。
「夏目さんに拒絶されたような気がして、酷いことを言ってしまいました……。夏目さんのような真面目な人が、他人をからかうようなことなんて絶対するはずないのに……」
 今にも泣きそうになっている萌恵を見下ろしながら、夏目の心が酷く疼いた。

 他人をからかう――

 この言葉は特に、夏目に重くのしかかってきた。萌恵に告白された時、夏目は、心の底からからかわれていると思ってしまったのだ。
 だが、萌恵と逢瀬を重ねるうち、萌恵が自分をからかったのではなく、むしろ誠実な気持ちで夏目を想い続けてくれていたことにようやく気付いた。
(酷いことをしていたのは俺だな……)
 嫌悪感を覚えた夏目は眉をひそめ、首を横に振った。むろん、萌恵の想いを踏みにじり続けてきた自分自身に、だ。
「君が謝る必要はない」
 夏目は口元に笑みを湛えながら、萌恵の頭を優しく撫でた。
「俺の方がきついことを言ってしまったんだ。年甲斐もなくムキになってしまって……。悪かった」
 萌恵は少しずつ頭をもたげると、目を何度も瞬かせた。茶味を帯びた双眸で真っ直ぐに夏目を見つめ、「怒って、ないんですか……?」とおずおずと訊ねてくる。
「それは俺の台詞だと思うけど?」
 夏目は肩を竦めながら続けた。
「普通に考えたら、俺のようにねちっこく細かいことを問い質そうとする男は嫌われるんじゃない? 現にこうして売れ残ってしまってる。その腐れる寸前の見切り品を君が買い取ってくれなきゃ、そのうち、誰からも見向きもされずに終わっていただろうね」
「――そんなこと言わないで下さい……」
 自分自身を卑下した夏目を、萌恵は恨めしげに睨んできた。
「夏目さんは売れ残りの見切り品なんかじゃないです。むしろ、私には夏目さんのような男性は新鮮で、自分にはもったいないほどだって思ってるんです」
「もったいない、って……。それこそ俺の台詞……」
「いいえ」
 夏目が言いかけた言葉を、萌恵が素早く遮った。
「誰がなんと言おうと、夏目さんは貴重な男性です。夏目さんのようにいい人を放っておくなんて、みんなの目は節穴ですよ。でも、だからこそ私にチャンスが回ってきたんでしょうけど」
 ここまで言うと、萌恵は悪戯っぽく笑った。
 夏目はしばらく呆気に取られた。確かに、『いい人』とはよく言われるものの、夏目を恋愛対象として見る女性は稀だ。ただ、また自虐的なことを口にしたら萌恵に怒られそうな気がしたから、曖昧に笑って誤魔化した。
「俺こそいい思いをしてるけどねえ」
 夏目が言うと、萌恵は不思議そうに首を傾げた。
「いい思いをしてるんですか?」
「そりゃそうだろ? だって君のような若い子が俺の相手をまともにしてくれてるんだ。誰だって羨ましく思うさ」
「そんなもんですか……?」
 どうやら、萌恵は自分自身のことには鈍感らしい。恋愛に疎い夏目でさえ、萌恵が彼女と同世代の男達にそれなりに人気があるのを知っているのに、本人はまるっきり気付いていない。元々、同世代に魅力を感じない、とはっきり言いきっていたから、彼らのことは眼中にないのだろうが。
 自分だけを見てくれるのは嬉しい。なのに、半面で萌恵に全く相手にされない男達にも少なからず同情してしまう。
「とにかく、そろそろ場所を移そうか?」
 夏目はそう切り出し、少し躊躇ってから続けた。
「俺のアパートだったら歩いてでも行ける。ふたりきりになれて酒も飲める場所となると、俺のトコぐらいしかないからね」
 萌恵をアパートへ連れて行くのは想定外だったものの、他に場所がない。
 萌恵の表情がパッと輝いた。まさかとは思うが、夏目のアパートに行くことを期待していたのだろうか。
「夏目さんのトコに行くの、初めてですね」
 嬉しそうに口にしてくる。ただ、危機感が全くなさそうなのが心配だ。もちろん、いきなり襲うつもりは全くないが。
(それとも、人畜無害と思われているか、だな)
 それもそれで複雑な心境だった。夏目は微苦笑を浮かべながら、「さ、行こうか?」と萌恵を促した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

秘密 〜官能短編集〜

槙璃人
恋愛
不定期に更新していく官能小説です。 まだまだ下手なので優しい目で見てくれればうれしいです。 小さなことでもいいので感想くれたら喜びます。 こここうしたらいいんじゃない?などもお願いします。

処理中です...