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1st side*Natsume
Act.3-01
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約束の日――萌恵の誕生日当日となった。
あれから夏目は萌恵に好んでもらえそうな飲み屋を探し、自分の中でいくつか候補を挙げた。ただ、萌恵自身にも選んでもらった方が良いと思い、夜七時、待ち合わせに指定した職場の最寄り駅で萌恵と落ち合い、そこで話を切り出した。
「とりあえず、この辺で良さそうな店は三軒あったよ。全部飲み屋街に集中しているから、とりあえず見てから決めようか?」
萌恵はここで、素直に頷くと思った。ところが――
「飲み屋、ですか?」
不満を露わにしてポツリと漏らした。
萌恵の予想外の反応に、夏目は面食らった。
「もしかして、飲み屋はイヤなの?」
まさかと思い訊ねると、萌恵は、「イヤじゃ、ないですけど……」と煮えきらない返答をしてきた。
夏目は頭をかきながら眉根を寄せた。
「嫌ならはっきり言っていいんだよ? 今日は水島のハタチの誕生日なんだ。せっかくの記念日がつまらない想い出になったんじゃ、俺としても申しわけない……」
やんわりと、けれども夏目の本心をそのまま萌恵に伝えた。
萌恵はやはり、「でも……」と言葉を濁す。何がここまで萌恵を躊躇わせるのだろうか。普段は二十以上も離れている夏目を振り回してしまうほどなのだが。
夏目は辛抱強く待った。本当はすぐにでも場所を移したかったが、萌恵が何も言わない限りは身動きが取れない。
萌恵は俯き、しばらく考え込んでいた。だが、そのうちにゆったりと顔を上げ、思いきったように口を開いた。
「夏目さんと……、ふたりきりで過ごしたいんです……」
萌恵の言葉に、夏目は怪訝に思いながら首を傾げた。
「ん? 君と逢う時はいつもふたりだけだったはずだけど?」
「いえ、そうじゃなくて……」
萌恵はじれったそうに続ける。
「――私と夏目さん以外、誰もいない場所で、ってことです」
そこでようやく、萌恵がやたらと逡巡した理由を悟った。同時に、夏目は仰天した。
「えっと……、つまり君は、人気のない場所に行きたい、と?」
動揺している夏目は、たった今、萌恵が口にしたのと同じようなことを繰り返してしまった。
萌恵はゆっくりと頷き、上目遣いで夏目を覗う。
「それは……、ちょっと拙いんじゃない……?」
恐る恐る口にする夏目に、「何故ですか?」と萌恵が不思議そうに訊き返してくる。
「拙い理由なんて何もないと思いますけど? 先週も言ったじゃないですか。私はもう未成年じゃなくなるから干渉されるいわれはない、って。それとも、夏目さん自身に疚しいことがあるんですか?」
「疚しいこと……?」
心外な発言に、さすがの夏目も眉間に深い皺を刻んだ。
「ちょっと訊くけど、君の言う『疚しいこと』とはどういうこと?」
いつになく棘を含んだ言い回しだと自覚していた。だが、萌恵の言葉に気分を害したのは確かだった。
あれから夏目は萌恵に好んでもらえそうな飲み屋を探し、自分の中でいくつか候補を挙げた。ただ、萌恵自身にも選んでもらった方が良いと思い、夜七時、待ち合わせに指定した職場の最寄り駅で萌恵と落ち合い、そこで話を切り出した。
「とりあえず、この辺で良さそうな店は三軒あったよ。全部飲み屋街に集中しているから、とりあえず見てから決めようか?」
萌恵はここで、素直に頷くと思った。ところが――
「飲み屋、ですか?」
不満を露わにしてポツリと漏らした。
萌恵の予想外の反応に、夏目は面食らった。
「もしかして、飲み屋はイヤなの?」
まさかと思い訊ねると、萌恵は、「イヤじゃ、ないですけど……」と煮えきらない返答をしてきた。
夏目は頭をかきながら眉根を寄せた。
「嫌ならはっきり言っていいんだよ? 今日は水島のハタチの誕生日なんだ。せっかくの記念日がつまらない想い出になったんじゃ、俺としても申しわけない……」
やんわりと、けれども夏目の本心をそのまま萌恵に伝えた。
萌恵はやはり、「でも……」と言葉を濁す。何がここまで萌恵を躊躇わせるのだろうか。普段は二十以上も離れている夏目を振り回してしまうほどなのだが。
夏目は辛抱強く待った。本当はすぐにでも場所を移したかったが、萌恵が何も言わない限りは身動きが取れない。
萌恵は俯き、しばらく考え込んでいた。だが、そのうちにゆったりと顔を上げ、思いきったように口を開いた。
「夏目さんと……、ふたりきりで過ごしたいんです……」
萌恵の言葉に、夏目は怪訝に思いながら首を傾げた。
「ん? 君と逢う時はいつもふたりだけだったはずだけど?」
「いえ、そうじゃなくて……」
萌恵はじれったそうに続ける。
「――私と夏目さん以外、誰もいない場所で、ってことです」
そこでようやく、萌恵がやたらと逡巡した理由を悟った。同時に、夏目は仰天した。
「えっと……、つまり君は、人気のない場所に行きたい、と?」
動揺している夏目は、たった今、萌恵が口にしたのと同じようなことを繰り返してしまった。
萌恵はゆっくりと頷き、上目遣いで夏目を覗う。
「それは……、ちょっと拙いんじゃない……?」
恐る恐る口にする夏目に、「何故ですか?」と萌恵が不思議そうに訊き返してくる。
「拙い理由なんて何もないと思いますけど? 先週も言ったじゃないですか。私はもう未成年じゃなくなるから干渉されるいわれはない、って。それとも、夏目さん自身に疚しいことがあるんですか?」
「疚しいこと……?」
心外な発言に、さすがの夏目も眉間に深い皺を刻んだ。
「ちょっと訊くけど、君の言う『疚しいこと』とはどういうこと?」
いつになく棘を含んだ言い回しだと自覚していた。だが、萌恵の言葉に気分を害したのは確かだった。
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