Blissful Kiss

雪原歌乃

文字の大きさ
上 下
63 / 67
Chapter.8 過去より今が大切

Act.3

しおりを挟む
 外は見事な快晴だった。でも、カレンダー上は春でも、雪はまだ残っているし、刺すような寒さが露出した肌に纏わり付く。
「さ、乗った」
 高遠さんに促され、私は助手席のドアを開く。早めに暖気をしていてくれたから、車の中は外とは対照的にとても暖かい。むしろ、コートを着ていると少し暑いぐらいに感じる。
「適当に行くけど、いい?」
 運転席に座った高遠さんが訊ねてくる。
 私は高遠さんに委ねるつもりでいたから、「いいですよ」と答えた。
「高遠さんの行きたいトコに連れてって下さい」
「俺も絢の行きたいトコでいいんだけどね……。まあ、いいや」
 高遠さんは微苦笑を浮かべ、アクセルを踏み込んだ。ゆっくりと車が動き出す。
 高遠さんの車では、いつもラジオが流されている。それも必ずFMで、何か拘りでもあるのかと今さらながら気になり、訊いてみた。
「別に拘りとかはないよ」
 高遠さんは笑いながら続けた。
「適当に流してるだけ。ラジオだったら音楽もよく流れるから、いちいちCDを入れ替える手間もないしね」
「確かに。じゃあ、車でCDを聴くことってないんですか?」
「そんなこともないよ。CDはそこに入ってるし」
 そう言いながら、高遠さんはダッシュボードを指差した。
「もしも気になるのがあるならそこから適当に出していいよ。絢の好みに合うかどうかは分からないけどね」
「――いいんですか?」
「もちろん。別に見られて拙いもんなんてないしね」
「じゃあ……」
 私は高遠さんに言われるがまま、ダッシュボードを開けた。そして、冊子タイプのCDケースを取り出す。
 パラパラと捲ってみると、ありとあらゆるジャンルのものがぎっしりと入っている。洋楽から邦楽、サウンドトラック、全部ではないけれど、私が知っているアーティストやタイトルのCDもあった。
「どう? 絢のお気に召したものはあった?」
「これとかなら知ってます」
 私は某有名アーティストのCDを指差した。
 高遠さんは運転しながら、チラリとこちらを一瞥する。
「ああ、それか。昔から有名なアーティストだからね」
「高遠さん、好きなんですか?」
「結構好きだよ。そのグループのCDは家にもほとんどあるしね」
「ほんとですか? ちょっと意外かも……」
「意外?」
「はい。高遠さんって、しっとりとクラシックを聴いてそうなイメージがありましたから」
「あっははは! クラシックも嫌いじゃないけど。そっか、ロック系は聴きそうなイメージはなかったか」
 悪気はなかったけれど、ずいぶんと失礼なことを言ってしまった気がする。高遠さんは笑っているけれど、実は気分を害してしまったのではないだろうか。
「――すいません……」
 謝ってしまった。私は謝る癖がすっかり付いてしまったな、と思ったけれど、案の定、また高遠さんに指摘された。
「出たな、絢の謝り癖」
「だって、つい……」
 恐る恐る高遠さんを覗ってみると、高遠さんは前を向いたまま口元を歪ませている。
「今度また謝ったら罰ね」
「罰、ですか……?」
「うん」
「――どんな罰……?」
「さあねえ」
 高遠さんはなおもニヤニヤしている。いったい、何を企んでいるのだろう。
「――あまり酷いことはしないでもらいたいです……」
 高遠さんの不敵な笑いが怖くて、私はやんわりと、だけど心の底から懇願した。
「酷いことはしないよ。――多分ね」
 含みのある言い回しに、私はなおさら不安を煽られた。高遠さんの言う『罰』が何なのか、想像出来るような気がしなくもなかったけれど、あまり深く考えないようにしようと思った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...