Blissful Kiss

雪原歌乃

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Chapter.8 過去より今が大切

Act.2

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 次に目覚めた時は、カーテンの隙間からわずかに陽の光が漏れていた。今日は朝から快晴のようだ。
 気付くと高遠さんの姿がない。部屋も暖かくなっている。
 私はそろそろと起き出した。下着を探して身に着け、服も着る。
 隣室に行ってみると、微かにシャワーの音が聴こえてきた。どうやら、高遠さんはお風呂に入っているらしい。
 私は少し考えた。時刻は七時半。高遠さんがお風呂に入っている間に、朝ご飯の支度をした方がいいのだろうか。
 ただ、人の台所を勝手に使うのは気が引ける。どうしようかとまた悩んだけれど、高遠さんなら、遠慮はいらないから、と言ってくれるだろうと思い直した。
 台所へ向かい、冷蔵庫を開けてみる。何となく予想はしていたけれど、中はほぼ空だった。あるのは卵とハム、食パンとマーガリン。本当に最低限な朝食の材料のみだ。
 卵はまだ買って間もないらしく、賞味期限はまだ余裕がある。簡単だけど、卵とハムでハムエッグでも作ろう。パンはオーブントースターで焼けばいい。
 昨晩、何度も高遠さんに愛されたから、少し怠さを感じる。でも、ダラダラし続けるのもみっともない。
 お湯を沸かし、卵を焼いている間に、浴室から高遠さんが出てきた。浴室は台所と繋がっているから、どうしても湯上り姿をダイレクトに見てしまう。
 私は一度振り返ったものの、高遠さんの全裸姿に咄嗟に視線を逸らした。
「おはよう、絢」
 当の高遠さんは全く気にも留めていない。むしろ、私の反応を面白がっているに違いない。
「――風邪引きますよ。ちゃんと着て下さい……」
「大丈夫だよ。俺は風邪に嫌われてるって前にも言わなかったっけ?」
「――言ってましたけど……。でも、私も恥ずかしいですから……」
「ん? 意識しちゃったの?」
「ばっ、馬鹿言わないで下さい!」
 図星を指され、私は思わず声を荒らげてしまった。
「とにかくっ! すぐにご飯出来ますから!」
「はいはい」
 私に怯むどころか、笑いを噛み殺している。でも、変に落ち込まれるよりはいいのかな、と思い直した。

 ◆◇◆◇

 全ての支度が終わった頃には、高遠さんはちゃんと服を着て髪も乾かし終えていた。
「簡単なものですけど……」
 言いわけする私に、高遠さんは、「充分だよ」と嬉しそうに答える。
「しかし、綺麗な目玉焼きだ。さすが女の子」
「いや、女だからとかは関係ないと思いますけど……」
 また、可愛げのないことを言ってしまった。
「そういうトコは素直じゃないな」
 高遠さんは小さく溜め息を吐き、それからすぐに、ニヤリと不敵な笑みを私に向けてきた。
「まあでも、ベッドでは可愛い絢を存分に拝めたからそれで良しとしとこうか」
「ばっ、馬鹿っ!」
 恥ずかしいことを言ってのける高遠さんに、私は絶句したまま凝視してしまう。全身も火が点いたように熱い。
 高遠さんからクツクツと忍び笑いが聴こえてくる。どこまでも余裕な高遠さんがちょっと憎らしい。
「ほら、早く食べないと冷めますよ!」
 ムキになる私に、高遠さんはなおもニヤニヤしながら、「はいはい」と頷く。
「じゃ、冷めないうちにいただきます」
 高遠さんはご丁寧に両手を合わせ、目玉焼きに箸を入れる。
 私も少し遅れて、トーストに齧り付いた。こんがりと焼けたパンにマーガリンがほど良く染み込んでいる。
「絢、今日はどうする?」
 トーストをコーヒーで流し込んでから、高遠さんが訊ねてきた。
「これから特に用事がないなら、ちょっとどこか行かないか?」
「いいですけど、どこに行くんですか?」
「絢の行きたい所。バレンタインのお返しもまだだったからね」
 高遠さんに言われ、ホワイトデーが過ぎていたことを改めて想い出した。でも、別にお返しが欲しくて先月はチョコレートを渡したわけじゃないから、「それはいいです」と断った。
「バレンタインのは、高遠さんへの日頃の感謝のつもりでしたから」
「ダメだよ」
 何となく予想はしていたけれど、高遠さんは渋い表情で私を軽く睨んできた。
「一方的に貰うだけじゃ俺の気が済まない。それに、俺が絢に何かあげたいって思ってるんだ。その辺の気持ちは素直に受け取ってほしいね」
「――でも、悪いですから……」
「悪いとか悪くないとかじゃない。とにかく、欲しいものがあるなら言って?」
 ここまで言われてしまうと断る余地がない。特に欲しいものは今はないのだけど。
「――出かけてから考えるのでもいいですか?」
 苦し紛れな私の言葉に、高遠さんは、「もちろん」と頷いてくれた。
「それじゃ、食ったらすぐに出ようか?」
 高遠さんはそう言うと、食べるペースを少し速めた。
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