Blissful Kiss

雪原歌乃

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Chapter.6 好きだから

Act.1

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 高遠さんには家の近くまで送ってもらった。さすがに例の男も私の家までは知らないと思ったから――もちろん、里衣さんも知らない――、最寄り駅でもいいと言ったのだけど、今回ばかりはダメだと断られてしまった。
 私は頑固だと言われるけれど、高遠さんもたいがい頑固だと思う。でも、やっぱりそれだけ私を心配してくれている証拠なのかもしれない。
 家に着き、お風呂を済ませてから、私はリビングに入ってパソコンを開いた。我が家にあるパソコンは家族で共有しているものだから、誰かが占領していれば当然使えない。でも、今は誰もそこにいない。両親はともかく、侑大は起きていても部屋で宿題でもやっているだろうから、しばらく階下に降りて来る心配もない。
 パソコンが立ち上がってから、私は早速料理レシピの検索を始めた。料理自体は嫌いじゃないものの、さすがに完全オリジナルを作ることは出来ないから、こうしていつもレシピを当てにする。
 高遠さんが食べたいものは何かと考えてみる。好き嫌いは特にないし、私が作ってくれるなら何でもいいと言ってくれたものの、悩んでしまう。むしろ、何が食べたいか指定してくれた方が本音を言えばありがたかった。
「男の人が好きそうなもの……」
 ひとりごちながら、マウスを動かし、ディスプレイと睨めっこする。ちょっと検索しただけでも色んな料理が出てくるし、どれも美味しそうで迷う。ただ、それを全て作れるわけでもない。
 一般的に、男の人は素朴な家庭料理に弱いと聞く。でも、それを鵜呑みにするほど私も単純ではないと思っている。
「無難に自分で作れて、あまり手間のかからないのが一番いいかな……」
 私は候補をいくつか探し当て、それを次々プリントアウトしてゆく。高遠さんの前で印刷したレシピを広げながら作るなんてちょっと恥ずかしい気がしたけれど、失敗して食べられないものを作るよりはまだマシだと自分に言い聞かせた。
 容赦ない私の印刷指定攻撃に、プリンターも忙しなく稼働する。ガーガー鳴り続けるプリンターが、「いつまで自分を働かせる気か?」と私にぼやいている気がしてくる。
 印刷は十枚強かけたと思う。ようやく過酷労働から解放されたプリンターは、やっと一仕事終えた、と安心しているように見えた。
 プリントアウトされたレシピ達は、とりあえず手近にあったクリップでひとつに纏めた。あとはパソコンの電源を落とし、クリップしたレシピを持って、一度部屋に戻った。

 ◆◇◆◇

 部屋に戻ってから、改めてじっくりとレシピ達を眺めた。さすがに全部作るわけにはいかないから、この中からさらにいくつか絞らないといけない。
「魚よりもお肉が楽かな、やっぱり……。あとはバランス良くサラダとか?」
 我ながら独り言が多過ぎる。ハッと気付いた時に口にチャックを締めるものの、少し気を抜くとまたボソボソ言っている。近くに侑大がいたら、『気色わりいな』と確実に冷ややかに突っ込まれていた。
 散々考え、ようやく作るものを決めた時には日付が変わっていた。勉強よりも凄い集中力だった。
「いい加減寝ないと……」
 私はレシピを机の上に置き、ベッドに潜り込んだ。興奮しているのか、なかなか深い眠りに入れない。
 ――早く明後日になればいいのに……
 そう思いながら、私は何度も寝返りを打った。
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