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Chapter.2 もっと知りたい
Act.2-03
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「高遠さん、ですか……?」
つい、間の抜けた問い方をしてしまった。
そんな私にその人――高遠さんは、「高遠です」と相変わらず笑顔を絶やさずに返してきた。
「良かった。憶えててくれたんだね?」
「あ、はい。忘れようにも忘れられませんし……」
「そっか」
可愛げのない言い方をする私にも、高遠さんは嫌な顔ひとつ見せない。本当にいい人にもほどがある。
「今日は本を買いに来たんですか?」
仕事中とはいえ、それほど忙しくないからと私から質問してみる。
高遠さんは、「そうだね」と答えてから、悪戯っぽく白い歯を見せて笑う。
「何かあればと思ってついでに見ようと思っただけだよ。一番の目的は、実は君」
「私、ですか……?」
「うん。こっちから連絡しようと思ってはいたんだけど、さすがにちょっと躊躇ってしまってね。でも、黒川さんに逢いたかったから思いきってここに来てみた」
臆面もなく言われて、私は嬉しさよりも戸惑ってしまう。答えに窮していると、高遠さんが、「ごめんごめん」と慌てて謝罪してきた。
「これじゃあただのストーカーと変わりないよね。君の気持ちを全く考えずに来ちゃったんだから」
私は黙って首を横に振る。迷惑だと思っていないのは本音だし、私も高遠さんに逢えたことに少しだけでもホッとしている。
「迷惑ついでに、これからの予定とか訊いて平気?」
高遠さんに問われ、私は今度は頷いてみせる。そして、「閉店まで仕事ですけど」と答えた。
「バイト終わったらあとは帰るだけです」
「ここって十時閉店だよね。そうなると帰りは……」
「三十分ぐらいでしょうか。レジを閉めたり店のお掃除もあるので」
「そっか……。時間があればメシでもどうかと思ったけど……」
残念そうに言う高遠さんに、私の心がチクリと痛む。仕事終わりの時間が事実とはいえ、罪悪感を覚える。
「――すいません……」
思わず頭を下げた私に、高遠さんは、「いいから」と穏やかに返してくる。
「むしろ無理を言ってるのは俺なんだし。俺こそ気を遣わせてしまってすまない」
高遠さんの優しさが、また私に小さな痛みを感じさせる。せめて別の形で高遠さんに返さないといけない。そう思った瞬間、咄嗟に私の口から、「電話なら」と出ていた。
「――電話?」
高遠さんは瞠目している。
驚いた高遠さんを目の当たりにして、私は慌てた。
「あ、いえ! えっと、無理にとは言ってないんです!」
「いや、俺は全然構わないよ?」
今度は私が目を見開く番だった。
「君さえ良ければ電話するよ。時間も合わせよう。何時なら平気?」
ここまでくると引っ込みが付かない。というより、そもそも電話を誘ったのは私だ。
私は少し間を置き、「日付が変わるちょっと前ぐらいなら」と答えた。
高遠さんはニッコリと頷く。
「分かった。じゃあ、十二時十分前ぐらいに電話するよ」
「高遠さんからですか?」
「もちろん。君からかけたら電話代がかかるだろ?」
「でも、電話代がかかるのは高遠さんも同じだと……」
「ここは年上に甘えなさい」
私に有無を唱えさせる気はないらしい。年上、などと言われてしまうとこっちが引き下がるほかない。
「じゃあ、待ってます」
「うん、そうしてくれ」
ここまで高遠さんと話し込んで、ハッと気付く。作業の手もすっかり止まっていた。
「すみません。仕事が……」
気まずい思いで告げると、高遠さんも察してくれたらしい。
「ああ、そうだよね。ごめんね、仕事中に引き留めてしまって……」
「いえ、私こそごめんなさい」
「じゃあ、邪魔にならないように退散するよ。今夜、電話するから」
「はい」
高遠さんはにこやかに手を振り、私に背を向ける。
私は高遠さんを少しだけ見送った。そして、すぐにやるべきことを再開した。
つい、間の抜けた問い方をしてしまった。
そんな私にその人――高遠さんは、「高遠です」と相変わらず笑顔を絶やさずに返してきた。
「良かった。憶えててくれたんだね?」
「あ、はい。忘れようにも忘れられませんし……」
「そっか」
可愛げのない言い方をする私にも、高遠さんは嫌な顔ひとつ見せない。本当にいい人にもほどがある。
「今日は本を買いに来たんですか?」
仕事中とはいえ、それほど忙しくないからと私から質問してみる。
高遠さんは、「そうだね」と答えてから、悪戯っぽく白い歯を見せて笑う。
「何かあればと思ってついでに見ようと思っただけだよ。一番の目的は、実は君」
「私、ですか……?」
「うん。こっちから連絡しようと思ってはいたんだけど、さすがにちょっと躊躇ってしまってね。でも、黒川さんに逢いたかったから思いきってここに来てみた」
臆面もなく言われて、私は嬉しさよりも戸惑ってしまう。答えに窮していると、高遠さんが、「ごめんごめん」と慌てて謝罪してきた。
「これじゃあただのストーカーと変わりないよね。君の気持ちを全く考えずに来ちゃったんだから」
私は黙って首を横に振る。迷惑だと思っていないのは本音だし、私も高遠さんに逢えたことに少しだけでもホッとしている。
「迷惑ついでに、これからの予定とか訊いて平気?」
高遠さんに問われ、私は今度は頷いてみせる。そして、「閉店まで仕事ですけど」と答えた。
「バイト終わったらあとは帰るだけです」
「ここって十時閉店だよね。そうなると帰りは……」
「三十分ぐらいでしょうか。レジを閉めたり店のお掃除もあるので」
「そっか……。時間があればメシでもどうかと思ったけど……」
残念そうに言う高遠さんに、私の心がチクリと痛む。仕事終わりの時間が事実とはいえ、罪悪感を覚える。
「――すいません……」
思わず頭を下げた私に、高遠さんは、「いいから」と穏やかに返してくる。
「むしろ無理を言ってるのは俺なんだし。俺こそ気を遣わせてしまってすまない」
高遠さんの優しさが、また私に小さな痛みを感じさせる。せめて別の形で高遠さんに返さないといけない。そう思った瞬間、咄嗟に私の口から、「電話なら」と出ていた。
「――電話?」
高遠さんは瞠目している。
驚いた高遠さんを目の当たりにして、私は慌てた。
「あ、いえ! えっと、無理にとは言ってないんです!」
「いや、俺は全然構わないよ?」
今度は私が目を見開く番だった。
「君さえ良ければ電話するよ。時間も合わせよう。何時なら平気?」
ここまでくると引っ込みが付かない。というより、そもそも電話を誘ったのは私だ。
私は少し間を置き、「日付が変わるちょっと前ぐらいなら」と答えた。
高遠さんはニッコリと頷く。
「分かった。じゃあ、十二時十分前ぐらいに電話するよ」
「高遠さんからですか?」
「もちろん。君からかけたら電話代がかかるだろ?」
「でも、電話代がかかるのは高遠さんも同じだと……」
「ここは年上に甘えなさい」
私に有無を唱えさせる気はないらしい。年上、などと言われてしまうとこっちが引き下がるほかない。
「じゃあ、待ってます」
「うん、そうしてくれ」
ここまで高遠さんと話し込んで、ハッと気付く。作業の手もすっかり止まっていた。
「すみません。仕事が……」
気まずい思いで告げると、高遠さんも察してくれたらしい。
「ああ、そうだよね。ごめんね、仕事中に引き留めてしまって……」
「いえ、私こそごめんなさい」
「じゃあ、邪魔にならないように退散するよ。今夜、電話するから」
「はい」
高遠さんはにこやかに手を振り、私に背を向ける。
私は高遠さんを少しだけ見送った。そして、すぐにやるべきことを再開した。
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