13 / 66
Chapter.2 もっと知りたい
Act.2-02
しおりを挟む
戦場から脱した私達は、それぞれが決められた仕事へ戻る。
私は二十一時からレジの担当になっているから、その間は本の整理をしたリ、裏で返品の作業をする。
そのうち、早い時間から入っていた雪那さんが上がった。彼女の機嫌が悪かったのは恐らく、帰り間際に図書カードの大量注文が入ったからだったのだろう。とにかく、帰る頃には雪那さんの機嫌はすっかり直っていた。
「そんじゃ黒川ちゃん、頑張ってねー!」
上機嫌な雪那さんに挨拶され、私も、「お疲れさまです」と返す。
雪那さんは私の挨拶を聴く間もなく、速足でその場を去って行ってしまった。
「これからデートだってさ」
いきなり背後から声が聴こえ、私の心臓は一気に跳ね上がった。振り返ると、苦虫を嚙み潰したような表情の里衣さんと目が合った。
「今日は特に帰りたい病が酷かったからね、あの子。まあ、今からだったら待ち合わせに間に合いそうだけど」
「大変ですね……」
何と言っていいのか分からず、当たり障りのない言葉を漏らしてしまった私に、里衣さんは、「ねえ」と同調してくれた。
「ま、私らは私らで頑張ろ! 黒川ちゃんも閉店まででしょ? よろしく!」
里衣さんは私の肩を軽く叩き、「仕事仕事」とまるで自己暗示でもかけるように声に出しながら持ち場へ戻った。
残された私は、とりあえずその辺の雑誌の整理をする。そこにはお客さんがいなかったから、ハンディモップで埃を拭いつつ、雑誌裏を見て期限チェックする。
それにしても、佳奈子だけではなく、雪那さんもデートだったとは。確かに、この狭い世の中だ。他にもデートに時間を費やしている人は知らない所でたくさんいるはず。私は羨ましいとは思わないけれど、もしかしたら、里衣さんは彼氏がいる雪那さんに多少なりとも嫉妬していたのかもしれない。だからこそ、さっきのような苦々しい表情に加え、自己暗示をかけていたのだろう。同年代で仲が良さそうでも、案外、あのふたりには暗くて深い溝があるのかもしれない。そんなことを不意に考えてしまう私もどうかと思うけれど。
――ああ、やだやだ……!
真っ黒になりつつある思考を振り払おうと、何度も首を横に振る。他人のことを気にするより、まずは目の前のことに集中しないと。
とはいえ、単純作業が続くとよけいなことを考えてしまう。さすがに、雪那さんと里衣さんのことは頭から離れたけれど、今度は高遠さんのことが浮かんでくる。
あの時、迷惑ならば着信拒否してもいいと言っていた。でも、着信拒否どころか、連絡を待っている私。それなのに、警戒心を拭いきれず、連絡がくることを恐れている。
結局、今、自分がどうしたいのか分からない。連絡がきたとしても、まともに話せる自信もない。
考え過ぎて、注意力が完全に欠けていた。その時、うっかり誰かの足を踏んでしまった。
慌てて気付いて足を上げるももう遅い。とんでもない人だったら、クレームでは済まされない。
「すす、すみません……!」
どちらにしても怒られるのは同じだと分かりつつ、謝罪する。血の気が引いてゆく。どんな怒鳴られ方をするだろう、と必死で身体を強張らせていたのだけど――
「大丈夫ですよ」
思いのほか、落ち着いた声音が返ってきた。しかも、何となく聞き覚えがある気がする。
私は期待と不安、半々の気持ちを抱えながら恐る恐る顔を上げる。
「こんばんは」
私と目が合うなり、にこやかに挨拶してきたのは、つい先ほどまで私の頭の中を占領していた人だった。
私は二十一時からレジの担当になっているから、その間は本の整理をしたリ、裏で返品の作業をする。
そのうち、早い時間から入っていた雪那さんが上がった。彼女の機嫌が悪かったのは恐らく、帰り間際に図書カードの大量注文が入ったからだったのだろう。とにかく、帰る頃には雪那さんの機嫌はすっかり直っていた。
「そんじゃ黒川ちゃん、頑張ってねー!」
上機嫌な雪那さんに挨拶され、私も、「お疲れさまです」と返す。
雪那さんは私の挨拶を聴く間もなく、速足でその場を去って行ってしまった。
「これからデートだってさ」
いきなり背後から声が聴こえ、私の心臓は一気に跳ね上がった。振り返ると、苦虫を嚙み潰したような表情の里衣さんと目が合った。
「今日は特に帰りたい病が酷かったからね、あの子。まあ、今からだったら待ち合わせに間に合いそうだけど」
「大変ですね……」
何と言っていいのか分からず、当たり障りのない言葉を漏らしてしまった私に、里衣さんは、「ねえ」と同調してくれた。
「ま、私らは私らで頑張ろ! 黒川ちゃんも閉店まででしょ? よろしく!」
里衣さんは私の肩を軽く叩き、「仕事仕事」とまるで自己暗示でもかけるように声に出しながら持ち場へ戻った。
残された私は、とりあえずその辺の雑誌の整理をする。そこにはお客さんがいなかったから、ハンディモップで埃を拭いつつ、雑誌裏を見て期限チェックする。
それにしても、佳奈子だけではなく、雪那さんもデートだったとは。確かに、この狭い世の中だ。他にもデートに時間を費やしている人は知らない所でたくさんいるはず。私は羨ましいとは思わないけれど、もしかしたら、里衣さんは彼氏がいる雪那さんに多少なりとも嫉妬していたのかもしれない。だからこそ、さっきのような苦々しい表情に加え、自己暗示をかけていたのだろう。同年代で仲が良さそうでも、案外、あのふたりには暗くて深い溝があるのかもしれない。そんなことを不意に考えてしまう私もどうかと思うけれど。
――ああ、やだやだ……!
真っ黒になりつつある思考を振り払おうと、何度も首を横に振る。他人のことを気にするより、まずは目の前のことに集中しないと。
とはいえ、単純作業が続くとよけいなことを考えてしまう。さすがに、雪那さんと里衣さんのことは頭から離れたけれど、今度は高遠さんのことが浮かんでくる。
あの時、迷惑ならば着信拒否してもいいと言っていた。でも、着信拒否どころか、連絡を待っている私。それなのに、警戒心を拭いきれず、連絡がくることを恐れている。
結局、今、自分がどうしたいのか分からない。連絡がきたとしても、まともに話せる自信もない。
考え過ぎて、注意力が完全に欠けていた。その時、うっかり誰かの足を踏んでしまった。
慌てて気付いて足を上げるももう遅い。とんでもない人だったら、クレームでは済まされない。
「すす、すみません……!」
どちらにしても怒られるのは同じだと分かりつつ、謝罪する。血の気が引いてゆく。どんな怒鳴られ方をするだろう、と必死で身体を強張らせていたのだけど――
「大丈夫ですよ」
思いのほか、落ち着いた声音が返ってきた。しかも、何となく聞き覚えがある気がする。
私は期待と不安、半々の気持ちを抱えながら恐る恐る顔を上げる。
「こんばんは」
私と目が合うなり、にこやかに挨拶してきたのは、つい先ほどまで私の頭の中を占領していた人だった。
0
お気に入りに追加
354
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡
雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる