5 / 66
Chapter.1 告白は突然に
Act.3-02
しおりを挟む
「あ、ちゃんと素性を明かした方がいいね」
私の視線に気付いたのか、男性は少し慌てた様子でジャケットの内ポケットを探る。そして、そこからパスケースを取り出し、私に名刺を一枚差し出してきた。
「高遠征司さん、ですか?」
名刺にあった名前を読み上げると、男性――高遠さんは、「そう」とにこやかに頷く。
「名刺は本物だし、怪しいモンじゃないから、俺は。何ならそこに問い合わせてくれても構わないよ」
「いえ、そこまでするつもりはないですよ!」
「良かった。信じてくれるんだね?」
「はい」
私も頷いてから、「あ、私の名前は」と言いかけた。
「黒川絢さん、でしょう?」
先手を打つように高遠さんが私の名前を言ってきた。
何故、私を知っているんだろう、と怪訝に思いながら高遠さんを見つめていたら、「こういうこと」と、さらにパスケースから一枚の紙切れを取り出した。
それはレシートだった。私のアルバイト先の書店名が一番頭に、一番下には私の名前がフルネームで印字されている。
「俺、一応ここの常連だから」
「えっ、そうだったんですかっ?」
大学生という立場上、バイトもしょっちゅう出られるわけではないけれど、それにしても常連さんの顔を全く憶えていなかったというのは不覚だった。
「すみません……。常連さんとは知らずに……」
恐縮せずにはいられない。
でも、高遠さんは全く気にしている風ではなかった。
「仕方ないよ。君はたくさんの人を相手にしてるんだし、こういうただのオッサンのことをいちいち把握出来るわけないよ」
「え、オッサン……?」
「うん、オッサンだよ。今三十五だから」
「嘘っ?」
声を上げたのとほぼ同時に、注文していたものが運ばれてきた。コーヒーはそれぞれの前に、ミックスサンドは真ん中に、フルーツパフェは私の前に置かれた。
「ごゆっくり」
特に愛想を振り撒くこともなく、マスターはさっさとカウンターへと戻った。そして、そのタイミングを見計らったかのように、ドアのベルが鳴る。中年の男性客がひとり入って来て、迷わずカウンター席に落ち着いた。
「もしや、年相応には見えなかった?」
高遠さんの声に、私はハッと我に返る。
「あ、はい。二十代後半か三十ぐらいかな、って」
「へえ。若く見られるのは悪い気がしないな」
高遠さんは無邪気に喜び、コーヒーを啜った。
私も高遠さんに倣って、コーヒーに口を付ける。期待を裏切らない、コーヒー豆のいい香りがする。コーヒーにそんなに詳しくない私でも、チェーン店のものより格段に美味しいと感じる。
コーヒーを二口ぐらい飲んでから、私はパフェ用の長いスプーンに手をかける。チラリと高遠さんを覗ってみると、高遠さんは片肘を着いた姿勢で私をジッと見つめていた。
私の視線に気付いたのか、男性は少し慌てた様子でジャケットの内ポケットを探る。そして、そこからパスケースを取り出し、私に名刺を一枚差し出してきた。
「高遠征司さん、ですか?」
名刺にあった名前を読み上げると、男性――高遠さんは、「そう」とにこやかに頷く。
「名刺は本物だし、怪しいモンじゃないから、俺は。何ならそこに問い合わせてくれても構わないよ」
「いえ、そこまでするつもりはないですよ!」
「良かった。信じてくれるんだね?」
「はい」
私も頷いてから、「あ、私の名前は」と言いかけた。
「黒川絢さん、でしょう?」
先手を打つように高遠さんが私の名前を言ってきた。
何故、私を知っているんだろう、と怪訝に思いながら高遠さんを見つめていたら、「こういうこと」と、さらにパスケースから一枚の紙切れを取り出した。
それはレシートだった。私のアルバイト先の書店名が一番頭に、一番下には私の名前がフルネームで印字されている。
「俺、一応ここの常連だから」
「えっ、そうだったんですかっ?」
大学生という立場上、バイトもしょっちゅう出られるわけではないけれど、それにしても常連さんの顔を全く憶えていなかったというのは不覚だった。
「すみません……。常連さんとは知らずに……」
恐縮せずにはいられない。
でも、高遠さんは全く気にしている風ではなかった。
「仕方ないよ。君はたくさんの人を相手にしてるんだし、こういうただのオッサンのことをいちいち把握出来るわけないよ」
「え、オッサン……?」
「うん、オッサンだよ。今三十五だから」
「嘘っ?」
声を上げたのとほぼ同時に、注文していたものが運ばれてきた。コーヒーはそれぞれの前に、ミックスサンドは真ん中に、フルーツパフェは私の前に置かれた。
「ごゆっくり」
特に愛想を振り撒くこともなく、マスターはさっさとカウンターへと戻った。そして、そのタイミングを見計らったかのように、ドアのベルが鳴る。中年の男性客がひとり入って来て、迷わずカウンター席に落ち着いた。
「もしや、年相応には見えなかった?」
高遠さんの声に、私はハッと我に返る。
「あ、はい。二十代後半か三十ぐらいかな、って」
「へえ。若く見られるのは悪い気がしないな」
高遠さんは無邪気に喜び、コーヒーを啜った。
私も高遠さんに倣って、コーヒーに口を付ける。期待を裏切らない、コーヒー豆のいい香りがする。コーヒーにそんなに詳しくない私でも、チェーン店のものより格段に美味しいと感じる。
コーヒーを二口ぐらい飲んでから、私はパフェ用の長いスプーンに手をかける。チラリと高遠さんを覗ってみると、高遠さんは片肘を着いた姿勢で私をジッと見つめていた。
0
お気に入りに追加
353
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる