ダークサイド・クロニクル

冬青 智

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現代篇

01

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美形な横顔はポーカーフェイスだったが、ドアが締まるほんの一瞬に垣間見た表情かおは悲しみを含んで歪んでいるようにも見えた。

【ッチ。おい、待て待て待て待て…っ】

掻きむしりたくなるような感情に駆られた啓司は、泡食って玄関扉をすり抜け後を追いかける。
華奢な背中は、今まさに足早にマンションを出ていこうとしていた。

自分が自由に行動できるのはこのマンション敷地内だけなのに案の定追い付けず、まるで追い風のように足が早いソラを見失った啓司は、自身の情けなさにほぞを噛んだ。

【クソ……俺はバカか】

《……これで懲りただろ。もう二度と関わるなよ》

ポーカーフェイスを装っていたが、あれは明らかに傷ついた表情だった。
否定され、忌み嫌われることに慣れた冷めた目で、諦めたように儚く目元を弛ませる…あんな顔をさせるつもりじゃなかった。
もしかしたら本当にここから遠く去って、もう二度とあの菫色の瞳をした麗人…彼女には会えないかもしれない。 
……いや、可能性の話ではなくて本当に一度縁が切れてしまえば、何億もいる人間の中から探し出すことは不可能だ。

会ってからまだ日が浅いのにとても、とても彼女が好ましい。
なぜかあの華奢な背中を無性に追いかけたい、だなんて。
自分の内部なかに見知らぬ感情が割り込んで生まれる感覚が妙にくすぐったいのは一体、いつ振りだろう?
晩冬の風に吹かれながら、啓司はみなぎる感情を認めて顔を歪める。

【あーー、もう…俺…何やってんだろ…】

男だとか女だとかの性別もちろん、ましてや人間でなくても関係などない。
ソラが刹那にみせた表情が脳裡から消えなくて… 啓司は堪らなくなった。
手立てなくマンション敷地内に立ち尽くす背中に、冷たい突風が容赦なく吹き付ける。
本当に、もう戻ってこないのだろうか?
余計な世話かもしれないが、こんな冷たい風の中にゆく宛などあるのだろうか…。
空々しく吹き付ける寒風の中に悄然と佇む前傾気味な背中は、微かにふるりと震えた。

「おい」

ふいにかけられた声に、啓司は尋常なく胸が…感情が引き絞られる。
勢いよく背後を振り返ると、何処かの制服に見えなくもない、全身が黒で統一された少し変わった服を纏う麗人…相変わらず無感情だが、心做しか皮肉げな表情のソラが佇んでいた。

「そんな処で何をしている。…貴様の阿呆は今さらではないか。どうした神妙な顔をして。記憶の欠片でも思い出したか?」

だいぶ遠ざかって影も形も見えなかったのに、いつの間に戻ってきたのだろうか。
まさか、近くに潜んで成り行きを見ていたのではないだろうか…とも一瞬考えたが、いざ本人を前にしてみたら益体もない疑心なんて呆気なく吹き飛んでしまっていた。
また逢えたのが嬉しい。嬉しくて、どうにかなってしまいそうだ。

【ソラ…。すまねえ、俺…お前にヒデェ態度しちまった】

「な…」

きっちり90°に頭を下げた啓司の謝罪に、ソラは虚を突かれて紫灰色アッシュ・モーヴの目を瞠る。
まさか、正面切って謝られるだなんて思いもしなかったのだ。

「なんだ……それを伝えるために、わざわざ追いかけてきたのか」

やや笑いを含んだ口調にほんの少しバツが悪くなった啓司は、ムッと口を尖らせる。

【お前に、どうしても謝りたかったんだ……ダメだったか?】

イタズラを詫びる仔犬のような、寂しげで不安そうな表情をする青年霊に、ソラは閉口した。
異形にだって感情があって、ちゃんと傷付くのだ。

「断る。……私はかなり執念深いんだ」

忌避されても仕方のないことだと理解しているが、啓司には何故か忌避されたくなかった。
あんな風に、怯えた顔をさせるつもりはなかったのだけれど、そうさせてしまう自分自身が本当に嫌いだ。
こんな性格さがが、本当に腹立たしい。

【なあ、さっきは悪かった。頼む……許してくれよ】

お前に嫌われたら生きていけない。そんなことを口吟くちずさまれてしまったソラは、よく分からない熱が背中を這い上がってくる感覚に苛まれて立ち竦む。
全身が熱く滾る感情に篭絡され、足元から崩れ去るような錯覚は驚くほどに心地がよかった。
しかし、そう簡単に許せる訳もないのでもう一度表情筋を「無」に戻す。

「…まったく、可笑おかしな奴だな。普通、恐怖を覚えた相手を追いかけようなど、考えないだろうに」

【…っ】

突き放す意図を隠さない冷笑を向けられた
啓司はやや暫く棒立ちになった後、かける言葉も見つからないまま悄然と俯いた。
沈黙が、不可視の針ように刺さってくる度に鼓動のないハズの心臓が馬鹿みたいに早鐘を打っていて、苦しくて堪らない。

【あの、さ。さっきの事だけど…悲しい気持ちにさせて、ごめん】

「……そうだな、私だって楽しければ笑うし、悲しければ泣く。ちゃんと感情があるのだ」

【ごめん…】

「やれやれ…そんな処に突っ立っていないで、その、座らないか?」

【お、おう。それもそうだな…】

◆❖◇◇❖◆

マンションは、小さな公園を挟んで向かい合って建っている。
設置されているベンチにどちらからともなく座った2人は、改めて互いに笑う。

【…わりい。俺、イヤな思いさせちまったろ】

「こっちこそ悪かったな、私もお前を試していたんだ」

啓司の澄んだ茶色の目が、真摯にソラを捉える。目は心を映す鏡だ、彼の瞳はまじりけのない誠実さを示していた。

「先に試したのは私だ。私こそ…すまない」

【なっ、おい…頭上げろって!……そんならよォ、ちっと歩み寄りとか…してみねえ?】

きっちりと腰を折って謝罪するソラを初めこそ慌てて止めた啓司だったが、すぐに不埒めいた表情を浮かべた。

───きゅ…っ

「っ!」

少しだけ調子に乗った啓司が、隣に座る麗人の腰に腕を回しながら鼻の下を伸ばす。
「ぶん殴られて、逃げられるかも…」とドギマギするが、意外にもソラは逃げも怒りもしなかった。

(……ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ……)

互いに無言のまま、やけに遅く時間が過ぎていく。
腰を抱かれることを既に予期していたソラだが、意外にも彼の傍に寄り添うのが心地よくて…数秒後には目を閉じて身体を預けていた。

(温もりがないだけで、彼は厚い胸板をしている。包容力というのだろうか、大木のような安心感があって…とても心地がいい)

《ドグ…ッ。ドグッ、ドグッ…ドグッ、ドグッ!》

「…っ!! バカな…。私は、なにを…」

(…バカな。こんな変性ことが、有っていいハズがないっ)

※元々は女性です。

未分化でしかないはずの身体の造作が勝手に女性に傾いていく「異変」を察したソラは、薄らと込み上げたよく分からない羞恥に頬を染めた。

「私としたことが…すまない。いま離れる」

【ちょい待ち…】

慌てて胸許から離れようとしたソラの細い肩を、啓司の大きな手が咄嗟に触れる。

【待てよ…。そんな急に、離れなくてもいいじゃねえか。……な?】

掴むほど大袈裟ではなく、かといって弱すぎない触れ方にソラは小さく息を詰め……やがてゆっくりと目をつむった。
こんな益体もない問答をしている場合ではないと、理解しているのに何故か、心が震える。

甘くて柔らかい、温もりを覚えずには居れない感情が脳裡にたれ込めていく…。

(……ダメだ、それに触れてはいけない。触れてしまったら最後、後には戻れなくなる!)

ソラは息を屈めて歯を食いしばった。
未分化の身体がまるで芽吹くように女性に変化していくのを感じながら、抵抗のつもりで下腹に力を入れる。
だが意図していないのにも拘わらず、依然として女性への「分化」は止まらない。

「離せっ!! ……懲りない奴だ。また、恐ろしい目に遭うぞ」

強制で未分化の状態に止めようとしているのに、自分の意思が全く働かないのが不安で、底知れない恐怖が迫り上がる。
不安への苛立ちを乗せてソラはきつく厳しい口調で啓司を突き放し、ぞんざいに言い捨てた。
そうすれば大抵の人間や霊魂は気分を害して離れていき、リスクは侵されない。

…これは予防線で、防波堤なのだ。
身体が、完全に女性として形成されてしまったら…なにが起きるか想像しただけでも恐ろしい。
居場所を得たとしてもソラ自身は人ではない上に、異形と人間がともに歩むには余りにも深すぎる溝がある。

予め決められた“別れ”を知りながら過ごすくらいならば、最初から手にしなければよいのだ。
これ以上、関わり合ってはならない。
……どうか、触れようとしないで。……

【な…んだよ。…んな急にデカい声で言わなくてもいいじゃねえかよ…】

「ふん。…不用意に触るな。また燃えたらどうするんだ」

気分を害したなら、それでよい。どうかそのまま嫌いになって、離れていけばいい。
口を尖らせて手を引っ込める仕草をする啓司を睨みながら、ソラは軽く全身を身繕いする。

「~~~~~~~~~っ!」

せっせと身繕いグルーミングして、何とか気を鎮めようと努めるが…その度、余計によく解らない感情がモヤモヤと思考を侵食していく。
それが理解できていない自身が不快で、理不尽に気ばかりが立ってゆく。

【それだって構わねえ。そうなったらお前が消してくれるだろ?】

「は?」

なぜ。なぜ笑う? 気分を害したなら、離れろ。
どうして思惑どおりにいかない?!

「……まったく…。貴様という奴は、簡単に相手…それも他人を簡単に信用するばかりか、物事を楽観に考えすぎる…」

【そうかあ? 俺はお前のがカッテェ頭だと思うぜ。お前の場合、~~すべき! が多すぎんだよ。もうちっと、楽に物事考えようぜ】

「はあ、埒が明かない。頭が痛くなりそうだ…」

ソラは元来几帳面で、冷徹な性格である。啓司の楽観な人生観とは、どうにも反りが合わない。
それなのに不快ではないのだから、不思議なものだ。思わず眉間に寄ったシワを指先でならしながら、ソラは深く溜息をついた。

【俺さあ、絶対に体も記憶も取り返したら、お前と一緒に行きてぇ場所あるんだよ…】

「…なんだ、突然どうした。…一緒に、行きたい場所? お前のことだ、怪しい場所ではなかろうな…」

【まあまあ。それはそん時の“お楽しみ”だ。すぐ判っちまったら意味ねえだろ?】

不機嫌、しかも怪訝も露わに双眸をすがめるソラの態度にもめげず、啓司は飽くまでの希望をうそぶく。
そうでもして引き留めておかなければ、彼女が掻き消えてしまいそうだったから…啓司は苦い感傷を笑顔で誤魔化した。

「……そうか」

…ほんの少しだけでも腹を割って話ができたことを密かに喜んでいたソラは、胸に詰まっていた苛立ちがいつしか霧散している「理由」を不意に悟って、猛烈な羞恥にみまわれる。
しかし、曲がりなりにも気分が浮上したソラは謎の追求を一時的に諦めた。
女寄りの思考をいだくことに対して、僅かな嫌悪が浮いては溶けていくが身体は依然として女性に分化しつつある。
未だ嘗てない性別の暴走に、不安は募っていくばかりだ。

「それも…そうだな。では、期が熟するまで楽しみに待つとしよう」

【そうそう。果報は寝て待て…って昔の諺にもあるだろ】

「…意外だな。コトワザを知っていたのか」

【いやいやいや、それくらい誰でも知っとるわ!】

「ああいや、莫迦ばかにしたんじゃないぞ? 純粋に驚いてだな…」

快活に笑う啓司の表情に危うく引き込まれかけて、ソラは内心慌てながら軽口を返す。

【ぬぁんだとう! なお悪いわっ】

「…だから、謝ったではないか。ヒトの話は最後まで聞……しっ……啓司、待て。静かにしろ…」

【お、おう…】

ようやく警戒心も薄れ、いつしか心地のよい応酬にすっかり馴染んでいたソラだったが、唐突に猛然と接近する「敵」の気配を感知し、左手で啓司を制した。

「口を閉じていろ、そのまま動くな」

じわり…紫灰色の双眸が猛禽の金碧こんぺきにゆっくり変化していく中で、ソラは毅然と彼方の虚空を睨む。臨戦態勢をとる彼女の横顔をかんがみながら、啓司は受けた「指示」に固唾を呑んだ。

【うげえっ、臭え! なんだこりゃあ……まるで腐った下水に、生ゴミを混ぜたみてェな匂いだ…】

ゆっくりと空には暗雲が立ち込め、えた臭気が冷たい風に乗って充ちていく。
(※饐えた=腐って酸っぱい悪臭の意味。)

「下がれ」

逸早く汚臭と寒気を感じ取った啓司が、怯えた眼差しでソラを見つめた。

「…判ったか。そうだ、これがお前たちのような幽魂を食らう捕食者アン・シーリーの気配だ。避難する。とりあえず舌を噛まんように、しっかり掴まっておけ」

【は? ええ?! ふが…っ!?】

──ズオオオォン…ッ!!

視界を巨大すぎる残像が高速で横切った瞬間、ソラと啓司が座っていたベンチが細切れになり飛散する。
急遽来襲した「脅威」に色ボケた顔を打って変わって青くさせている啓司を咄嗟に肩に担いだソラは、軽やかな身さばきで攻撃を避けて水銀燈の傘に着地した。

◆❖◇◇❖◆


【いぎぃい゛い゛い゛いぃいいぃ…っ!】

舞いあがる木っ端の粉塵を突き破って現れたのは、赤錆色と茶が斑になった毛皮を振り乱す異形の悪霊・堕落者アン・シーリーだった。
元は茶色だったのだろう、血泥まみれの体は不恰好で、醜悪に隆起している。

【ウううううぅぅうぅぅうぅぅうぅぅ…ッ】

眼下で全身の毛を逆立てて哭く堕落者アン・シーリーを見定めていたソラは、件の異形の容姿にワタリギツネのヒョーゴから伝え聞いていた「亡き孫娘」の特徴を見付けて顔を顰めた。

「なるほど……自ら変異した、という訳ではないようだ。……そうか、他の悪霊に喰われて、まだ日が浅いから吸収しきれていないのだな。…ならば、或いは離断できるかもしれないな」

堕落者アン・シーリーの巨大な頭部に「瘤」として僅かに癒着が残る幼児の頭部、その小さくあどけないお下げに、目印である赤いリボンの髪飾りが揺れている。
ほんの僅かにだが、生前の面影を残すワタリギツネの子供を、ソラは哀れんだ。

幼い子供の霊力は年齢と比例しているため、彼女の場合はそれほど強くはない。
まだ、3歳の幼児だったのだ。食い殺された時点で子供の魂魄は完全に吸収されてしまうのだが、彼女は抗って留まり続けた。
それほどに家族が恋しく、母親のもとに帰りたかったのだろう。

「とはいえ、な。先ずはコイツを捌かねば」

【!!】

あちらこちらに生々しく鉤裂きの傷跡が刻まれている堕落者アン・シーリーは、音も気配もなく刀の切っ先を向けられた瞬間、本能的に後ずさった。
堕落者アン・シーリーは基本的に沸点が低く、自身の危機に直結する行動を受けると襲いかかってくるのだが…。
どういう訳なのか、ワタリギツネの子供を喰い殺したこの個体は沈静を保ちながら寧ろ此方の出方を窺ってさえいる。
明確な知性を宿す眼差しを受けたソラは一度刀身を鞘に収め、距離を空けて膝を折った。

「おまえ……まだ自我があるのだね。人の言葉は覚えているか?」

汚れて毛羽立った鼻にソラが掌を押し当てると、堕落者アン・シーリーは深く息を吐き出してから、ゆっくりとだが確かに頷いて応えた。

【………はイ。話せ、ます】

「己がどこの誰か、思い出せるかね?」

【私ハ、こノ近くの病院デ、1週間前に死んだ者でス。……自分ガ死んでしまッただなんて認めたくなくて、悲シクて、寂しクて寂しくて漂っている内ニ、気ガ付いたら、こんな姿になっていました……】

堕落者アン・シーリーの処分方法は2つある。
意思疎通が不可能なものが大半だが、稀に生前から継続して自我を持っている場合は未練を解いて解脱げだつを促すのだ。

【ゴメンなサい…。ごめんなさい、コンナ酷い事をして。ワたし、せイ前は娘がいたんです……ニたような年格好デ、まだかわいい盛りで……】

「だから近付いた」

畳み掛けたソラに対して、堕落者アン・シーリーは鋭利な歯牙が並ぶ口を震わせる。

【ハイ。……寂シさでウツろな意識の片隅で…子供ノ断末魔ヲ、聞いタような気がシマす。それでも、私ガ寂しくなけレば、いいなと思いました】

「子に、会いたかったお前の未練は理解した。だが他人を道連れにしたお前の所業を、許すわけにはいかん。ここで断罪されるか、自ら逝くかを選ぶといい」

【分かッて欲シイ…。ワタシはただ、ホントウに寂しかっただけなんデす。ソバにいるのに、ダレも私に気付カないノ。こんなニ叫んデるのに、どうしてワタシだけ? どうして、シんじゃっタりなんかしたんだろう。会いたいよぉ……娘に会いたいぃ…っ】

うずくまって啜り泣く堕落者アン・シーリーに向けて、ソラは帯刀していた破魔刀を高らかに振るいあげる。

─────シャン、シャン、シャリンッ!!

風を裂いてひるがえった刃は、五色の緒が付いた鈴…五箇鈴ごこれいへと変じていた。

「荒御魂、幸御魂、どうか、どうか聞こし召せとる……さあ、ゆっくりと目を閉じなさい」

神鈴の浄めに打たれた堕落者アン・シーリーは初めこそ戸惑ったものの、後押しする声に従ってゆっくりと双眸を閉じた。

「光が、見えるか」

【はイ……】

「ならばそのまま、明るい方へ、明るい方と進んでいきなさい。迎えも、来ているはずだ」

【ああ……】

泣き震えながら、アン・シーリーの身体から肉が次々に剥がれ始める。
まるで腐敗が進むかのように赤々しい断面を露わにしながら剥がれ落ちた肉は、暖色の光を撒いて崩れては霧散していく。

「輪廻に還りたまえ。次は、選択を間違えるなよ…」

【はい…】

完全に悪霊の肉が剥がれ落ちると、浄化の光の中には入院着を着た若い女性が佇んでいた。
彼女は深く頭を下げると、やがて斜陽の中に霞んで消えていった。

「自分から上がれば次の転生も早いだろう。さて、私達も帰ろうか…」

『きゅおん!』

おもむろに抱き上げられた小動物ワタリギツネの仔は、うるうるの両目でソラを見上げると甲高い声で鳴いた。

【あの~~~…もしもーし、何か忘れてませんかねえ?】

一件落着、とばかりに踵を返そうとしたソラの背中に、恨めしげな抗議が伸し掛る。
声の主を見遣ると、水銀燈の上に取り残されている啓司が心許なげな眼差しを寄越していた。

「お前は、曲がりなりにも霊体だろう。まあいい、仕方ないから降ろしてやる。ほら、しっかり掴まってろ」

【な、なんか思ってたのと違うけど…まあいいや。あ、でもやっぱりおんぶでお願いします。…大の男が細腕にお姫様抱っこはちょっと…】

麗人の細腕に軽々と抱え上げられた啓司はというと、よく分からない羞恥心に駆られてウネウネと身悶えていた。
照れ臭いのだろうが、これから帰投しようという時にゴタゴタと言い訳を捏ねくり回されるのも面倒なので、ソラは無言で日暮れの帰路を歩く。
どちらも無言だったが、悪い雰囲気ではなかった。
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