桜咲くあの日、僕らは淡い夢を見た

夕凪ヨウ

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14話 悔やんでも、悔やんでも

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 4年前。咲也と颯太は、同じ小学校の6年生だった。

「咲也は今週末、家族で1泊2日の旅行に行くんだよね?」
「おう。春休み最後の週末だからな。颯太はいつも通り習い事か?」
「うん。帰ってきたら話、聞かせてね。」
「ああ!またな!」

 これが2人の最後の会話となった。そして週末、咲也は家族4人で旅行へ行った。事故が起きたのは、その日の帰り道だった。

「遅くなったなぁ。」
「いいんじゃない?明日もまだ2人とも春休みだし。」
「そうだな。おっと‥‥2人とも寝ているのか。」

 咲也と弥生は思う存分旅行を楽しみ、車の後部座席で熟睡していた。お互いにもたれかかって、気持ちよさそうに眠っている。

「弥生も咲也も立派に育った!将来が楽しみだよ。」
「あなたったら‥‥子供を褒めるのはいいけど、運転に集中して。」
「そうだな。近頃妙に疲れやすくて、困るよ。」

 それまでは、朝陽の運転は何も問題なかった。晴子も、助手席で朝陽が眠くならないように話をしながら、子供たちを見守っていた。

                      *

 夜になると、雨が降ってきた。朝陽は異常なほどの体のだるさを覚えたが、道が滑りやすくなったので、慎重に運転していた。視界の悪い中、カーブを曲がろうとしたその時、事故は起こった。

「父さん!前!」

 直前に眠りから覚めた咲也は、自分たちの車が対向車線にはみ出すのを見た。朝陽はハッとしてハンドルを切ったが、もう遅い。車は崖から真っ逆さまに落ちた。

「父さん‥‥母さん‥‥姉さん‥‥!」

 咲也は3人に比べて傷が浅く、地面を這って3人を見た。だが、朝陽と晴子はすでに息をしていなかった。弥生は咲也を庇ったが、まだ息があった。咲也は泣きながら弥生に手を伸ばした。

「姉さん‥‥姉さん‥‥!」
「咲‥‥也‥‥携帯‥‥使える‥‥?もう‥‥家‥‥近い‥‥から‥‥病院でも警察でも電話‥‥!」

 弥生は、震える手で自分の携帯を咲也に渡した。咲也は救急に電話をかけた後、颯太の家にも電話をかけた。しかし、運悪く留守電になっていた。何事かを言うと、咲也は力尽き、息を引き取った。

                      *

 颯太の耳に事故の話が入って来たのは、深夜だった。颯太は家族の制止を振り切り、病院へ走った。

「咲也!弥生さん!」

 颯太が病院に到着した時には、咲也を含め、4人とも顔に白い布がかけられていた。

「そんな‥‥どうして‥‥!」
「来てくれたのね。颯太くん。」
「小春おばさん‥‥向陽おじさん‥‥何で咲也たちがこんな‥‥!」

 涙を流す颯太を見ながら、向陽は苦しそうな声で言った。

「雨で滑ったのか、崖から転落したそうだ。慎重な運転をする兄さんが、一体どうしたんだろう。」

 すると、病院の看護師が部屋に入って来た。

「こちらをお渡ししておきます。」

 こう言って、向陽に弥生の携帯を渡した。画面には、血がこびりついている。

「警察が確認したところ、最後の発信履歴が今日の午後8時‥‥丁度事故に遭われたお時間です。“春風颯太”という方に、この携帯から電話をかけられていますが‥‥ひょっとして君?」
「はい、僕がそうです。」

 颯太は震えながら、向陽から渡された弥生の携帯を開いた。確かに、119番の後の発信履歴に、自分の名前があった。
 颯太はハッとして病院をかけ出し、急いで家に戻った。留守番電話を再生してみると、

「颯太‥‥事故に遭った‥‥姉さんだけなら助けられる‥‥叔父さん・叔母さんと一緒に来てくれないか?姉さんだけでも‥‥運ん‥‥で‥‥」

 録音はそこで途切れていた。苦しげな息遣いと、小さなうめき声が最後だった。咲也は、己も怪我をしていながら、家族の心配をしていた。そして、颯太たちに助けを求めていたのだ。
 颯太は床に崩れ落ち、大粒の涙をこぼした。自分は電話に気付かず、のん気に習い事の帰り道を鼻歌まじりに歩いていた。悔やんでも悔やみきれない。自分にとって一番大切な友達を助けられなかった。

「うっ‥‥ああ‥‥あああ‥‥‥!咲也‥‥ごめん‥‥ごめん‥‥!僕が習い事に行かなければ‥‥助けられたかもしれない!ごめん‥‥本当にごめん!」

                       *

「咲也くんと弥生さんは、この桜を見ていたんだよ。記憶に蓋をしていただけ。向陽さんと小春さんは来ていない‥‥だから、亡くなることはない。今3人が立っているのは、現実の世界ではないの。悲しみと苦しみに耐えられなかった颯太くんが、想像で作り出した2人の未来の姿。そして咲也くんと弥生さんは、彼を見守るうちに、作り物であるこの世界に同化してしまった。2人にも数え切れないほどの未練があったから。だからもう、ご両親がいるこちら側に来ることはできない。私の力ではどうにもならないの。作り物とはいえ、長い間颯太くんの側にいたせいで‥‥自分が死んだことすら忘れてしまっていたから。」

 颯太はガタガタと震え、咲也と弥生はひどく汗を掻いていた。もう、訳が分からない。サクラは、苦しそうな顔をしながら、声を絞り出す。

「でも‥‥そんな2人を救う方法が、1つだけある。本来なら、2人はもう、こちら側にいなくてはいけない。魂をあるべき場所に返すの。私は、そのためにあなたたちを‥‥ここに連れて来たんだから。」
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