桜咲くあの日、僕らは淡い夢を見た

夕凪ヨウ

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12話 家族と友、幸福な時間

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「弥生。卒業おめでとう。希望の会社に就職が決まって‥‥本当によく頑張ったわね。」

 小春は、涙ぐみながらそう言った。
 卒業式を終えて、弥生と叔父夫婦が家に戻ってきた。1年生のため休業日だった咲也と、遊びに来ていた颯太を交えて、リビングで一息ついた。向陽が小春をなだめながら言う。

「いつでも帰って来なさい。咲也もまだ姉離れできてないだろうからな。」
「ありがとうございます。運転免許も取れたし、結構行き来しやすくなると思います。」
「本当に立派になったわ。咲也、あなたも何か言ってあげなさい。」

 向陽と小春の後ろにいた咲也は、気まずそうに顔を出した。拳を握りしめ、口を開く。

「卒業おめでとう‥‥姉貴。その‥‥えっと‥‥」
「遠慮する必要なんてないよ。言いたいことがあるなら、言ってごらん?」

 弥生の言葉に、咲也は顔を上げ、こう言った。

「あの約束、忘れてねえよな?3月の終わりには3人であの桜がある丘に行くってこと‥‥」
「忘れるわけないじゃん。ずーっと、楽しみにしてるよ。」

 弥生は笑ってそう言った。すると、颯太も顔を出した。

「弥生さん。ご卒業おめでとうございます。就職先も決まったとお聞きしました。」
「ありがとう、颯太くん。運良く叔父さんの所の下請け会社だから、働きやすいんだ。颯太くんもあと2年間、咲也と頑張ってね。」
「ありがとうございます。まあ咲也には勉強と運動の両方敵わなくなっちゃいましたけどね。」
「咲也はサボったら一瞬で落ちるから。あと2年間もサボらずにいけるかどうか‥‥」
「いけるっつーの!」
「あははは。よし、学年トップ奪還を目指して僕も頑張ります。‥‥さて、じゃあ僕はそろそろ失礼します。」

 咲也は颯太を玄関まで見送ると、リビングに戻ってきた。

「引っ越しは1週間後だったな。荷物の準備はもうできているのか?」
「はい。あとは納車を待って、新居に荷物を運ぶだけです。」
「ふふっ。今日は張り切って晩ご飯作らなきゃ。咲也、手伝ってね。」
「もちろんです!」

 弥生はいつも通り手伝うと言ったが、卒業祝いなんだから今日はゆっくりしてほしいと小春に言われ、休憩することにした。
 夕食の準備が始まると、咲也が小春の指示に従ってテキパキと動き始めた。

「でも驚いた。あの1週間で、叔母さんと一緒に台所に立てるほど成長したなんて。」
「ああ。姉貴のバイト先で働いてる時に、厨房の様子を見てたんだ。レストランだから色んな料理を作ってたしな。それに、颯太にも教えてもらった。結構色々覚えたんだぜ?」
「へえ~じゃあこれから家事の半分は咲也がやることになるね。」

 咲也は苦笑しながら、分かってると言った。しばらくして夕食が出来上がり、4人は席についた。

「美味しい‥‥!」
「美味い!」

 そう言いながら香ばしく焼けた鶏肉を頬張った弥生と向陽を見て、咲也と小春は笑った。すると、小春がぽつりと呟いた。

「どうしてあの時、2人は一緒じゃなかったのかしら‥‥‥」
「急にどうした?」
「あの日‥‥義兄さんと姉さんが丘の上の桜を見に行ったあの日、どうして咲也と弥生を連れて行かなかったのか、急に不思議に思えてきちゃったの。いつもは家族で出かけてたのに、まだ小学生だった2人をドライブに連れて行かないなんて。」
「‥‥誰かの所に預けたんじゃないのか?」
「そうだったのかしら‥‥」

 2人の話に、咲也と弥生は顔を見合わせ、首を傾げた。当の2人も、その時どこにいたのか、覚えていないのだ。弥生が口を開く。

「でも‥‥おじいちゃんとおばあちゃんは、私たちが生まれる前に亡くなったんですよね?」
「じゃあ俺と姉貴は、その時どこにいたんだ?」

 2人は不審な顔をしたが、小春と向陽は苦笑した。

「ごめんなさい。深く考えるのはよしましょう。もうずい分昔のことですものね。」
「そうだな。今日はめでたい日だ。過去より未来の話をしよう。」

 向陽の言葉に3人は頷き、食事を再開した。

                       * 

 その1週間後、弥生は新居へと引っ越し、咲也は残り少ない高校1年生の日々を過ごした。
 そして春休みに入り、桜開花のニュースをよく目にするようになってきた。

「咲也、もう少しで例のシカバネザクラの見頃の時期に入るね。弥生さんとは連絡取れてるの?」
「おう。明後日には帰ってくるって話だ。」
「そっか。楽しみだね。」
「ああ。」

 両親が突然死んでしまい、悲しみに満ちていた咲也の心を救ったのは、無二の親友である颯太と姉の弥生、叔父夫婦、そしてサクラだった。
 どこにいるのかも、なぜ姿を消したのかも、咲也には分からない。だが、ついに自分がその全ての謎を解き明かすことができる日が来るのだと思うと、自然と笑いがこみ上げて来た。

「嬉しそうだね、咲也。ご両親のことも花霞上さんのことも、ずっと気になっているんだろう?」
「ああ。あの図書館で見た伝説とスタッフの人の話が本当なら、親父とお袋は、それにならって死んだことになる。それにサクラの正体は死神だというけど、なぜか違う気がするんだ。」
「そうかもしれないね。彼女はあの桜がある場所へ、僕らを導いている気がする。彼女も、僕たちと同じように何か事情があるのかも。」
「だからこそ突き止めるんだ。それが俺の望みであり、サクラの望みだと思うから。」
「そうだね。きっと‥‥望みは同じだよ。」

 2人は、青空を見上げて笑った。幸福な時間の終わりを告げる時が、少しずつ近づいているとも知らずに。
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