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6話 消えてしまったあいつ
しおりを挟む「お花見、行かない?」
サクラがそんなことを呟いたのは、遅咲きの桜が咲き始めた、4月の末頃だった。
「花見?何でまた‥‥」
「遅咲きの桜が散っちゃったら、桜のシーズンは終わっちゃうのよ?」
「俺と颯太も行くのかよ?」
「もちろん3人で行くのよ。」
「まあいいんじゃない?最近ずっと、咲也のご両親について調べているだろう?息抜きもなかなかできないし、幸いテストまでは日にちがあるから。」
颯太の言葉に、咲也は止むなく頷いた。サクラはそれを見ると飛び上がって喜んだ。
「お前‥‥花見好きなんだな。でも俺たちとじゃなく家族と行けば‥‥」
そこまで言って、咲也はハッとした。この世に、死神である彼女の本当の家族がいるはずがないのだ。サクラは切なそうに笑って言葉を続けた。
「気にしないで。家族がいないのは事実。私‥‥本当は‥‥」
「本当は?何だよ?」
「ううん‥‥何でもない。それより、お花見の日程いつにする?」
その時のサクラの表情も、言いかけた言葉も、数日の間、咲也の頭から離れなかった。だが、サクラ自身が触れて欲しくなさそうだったので、忘れることにした。
*
花見の日程はその週の日曜日に決定した。
「こことかどうだ?」
「んーでも、歩き過ぎると帰りが疲れるからこっちでもいいんじゃない?」
「ここ毎年綺麗って有名だよ?」
学校帰りに咲也の家に集まって仲良く雑誌で花見スポットの情報を見続ける3人を、姉の弥生は微笑ましく見ていた。
日曜日、3人は咲也の家の前で待ち合わせをし、目的地へ向かった。そこは、山のふもとのまっすぐな坂道の両側に遅咲きの八重桜が並び、桜のトンネルができていた。
「すげえ‥‥!」
「すごい‥‥!」
「やっぱりここは綺麗よね。2人とも、早く行こう!」
坂道を駆け上がるサクラに、2人も続いた。休日だからか人も多かった。
「花見に来るのは数年ぶりだな。颯太は?」
「僕はほぼ毎年来てたよ。父さんは日本の桜が好きなんだ。」
数分坂を登り、最も満開に近い木の下に3人は座った。颯太が持ってきたバスケットを出し、サンドイッチとジュースを取り出した。
「すごーい。颯太くんって料理得意なんだ。」
「そうなんだよなあ。つーか、こんなにあるなら俺も持った方が良かったな。悪い。」
「大丈夫、大丈夫。それより2人とも食べて。」
『いただきます!!!!』
咲也とサクラは具沢山のサンドイッチを頬張り、ジュースを流し込んだ。
「美味い!」
「美味しい!」
嬉しそうな2人を見ながら、颯太もゆっくりと食べ始めた。
「花霞上さんの口にあったみたいで良かった。」
「さすがだな、颯太。俺は何年やっても料理音痴だっていうのに。」
「調理実習では不動の食器洗い担当だったもんね。」
「うるせえぞ!颯太!」
2人の会話にサクラは笑った。それを見た咲也が、ポツリと呟いた。
「‥‥そんな笑顔初めて見た。」
「え?」
「それが、お前の心の底からの笑顔なんだな。」
「ちょっと‥‥恥ずかしいこと言わないでよ。ていうか、咲也くんお前とかこいつとか‥‥名前で呼んでくれても良いじゃん。」
「ああ、悪い、悪い、 “花霞上”。」
「そうじゃなくて‥‥」
咲也はその言葉の意味が分からなかった。颯太は笑い、呆れ顔を見せた。
するとサクラは立ち上がり、桜の花びらに触れた。
「少し咲いてない花があるね。満開になったらもっと綺麗なんだろうなあ。」
「今でも十分綺麗じゃねえか。ぜいたく言うなよ。」
「ホントだよ。ところで、花霞上さん。こないだ言いかけたことは何?“本当は‥‥”って?」
「ああ‥‥あの話‥‥。忘れていいよ。わざわざ聞いてもらうようなことじゃないから。」
サクラはそう言うと、桜の木の周りをゆっくり歩き始めた。すると突然、肩越しに2人を見て、にっこりと笑った。花のように美しい、静かな笑みを浮かべて、彼女は口を開いた。
「次に満開の桜が見られるのは来年の春。それを逃したらもう見られないから、見ないとダメだよ。」
サクラがその言葉を言い終わると同時に強い風が吹き、桜の花びらが高く舞った。咲也と颯太は思わず目を閉じた。次に2人が目を開いた時、なぜかそこにサクラの姿はなかった。
「花霞上?どこ行ったんだおい!返事しろよ!花霞上!!!!」
その日、2人がいくら探しても、サクラはどこにもいなかった。
散りゆく花びらのように姿を消したサクラ。咲也は、再び謎の渦に巻き込まれる。
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