桜咲くあの日、僕らは淡い夢を見た

夕凪ヨウ

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5話 思い出の場所探し 

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「兄さんたちの思い出の場所?」

 咲也と颯太は、叔父夫婦の向陽と小春に、サクラに言われた通りのことを聞いていた。

「兄さんたちは色んなところに旅行に行っていたからな‥‥“思い出の場所”と言っても、かなりの数があると思うが。」
「アルバムを取ってくるわ。」

 小春が部屋を出て行って3人になると、室内が静まりかえった。咲也は向陽に感謝はしているものの、無口な向陽とは、あまり話をしていなかった。颯太はそれを知っているため、話題を探したが、珍しく向陽が口を開いた。

「‥‥この間来た女の子とは、どういう間柄なんだ?恋人か?」
「ち、違います!あいつが勝手に近寄ってきて、俺の過去の話をし始めただけです!友人とも言い難い関係ですよ!」
「分かった、分かった。何か事情がありそうな女の子だから、小春がずっと気にしていてな‥‥ところで、弥生は就職することを決めたらしいが、お前はどうするつもりなんだ?咲也。」
「まだ決めていません‥‥学びたいことが見つかったら、進学も考えます‥‥だけど、俺1人だけ大学に行くのも気が引けるので、姉と同じく就職しようかとも思っています。」
「弥生は気にしないと言ってたぞ。何より、お前は昔から大学に行きたいと言っていたじゃないか。」
「子供の頃の話です。忘れてください。」

 向陽は咲也の言葉を聞くと椅子から立ち上がり、本棚から何かを抜き出した。

「これを渡しておく。」
「何ですか?本…?」
「兄さんの草花帳だ。自分が訪れた草花の名称がメモされている。何かのヒントになるかもしれん。」
「‥‥!ありがとうございます!」
「良かったね、咲也。」

 咲也は満面の笑みを浮かべながら、草花帳をめくり始めた。すると、小春が10冊ほどのアルバムを抱えて戻って来た。

「これで全部よ。姉さんと義兄さんが付き合い始めた頃から、亡くなる直前まであるわ。まだ全部目は通してないから、見てみて。」
「ずい分あるんですね。家族旅行の写真が多い‥‥一番新しいのはこれか‥‥‥」

 数あるアルバムの中から、“No.10”と書かれた1冊を引き出して、パラパラとめくり始めた咲也の手が止まった。

「ん‥‥?叔父さん、この写真は?」

 咲也が目をつけた写真は、満開の桜の下で幸せそうに向かい合っている両親の写真だった。向陽が覗き込み、懐かしむように微笑を浮かべる。

「兄さんは草花が好きだったから、花見もよく行ったし、これも草花巡りの一環だろう。この写真は誰が撮ったのか‥‥」
「この時、私たちも行ったのかしら。怖いくらい綺麗な桜ね。見たことがあるような気がするんだけど‥‥」
「これ、どこなんだ?颯太分かるか?」
「んー‥‥確かに相当古くて大きな木だよね。有名な桜なのかなあ。咲也気になる?」
「ああ‥‥何だろう。気になって仕方がないんだ。」

 向陽と小春は、怪訝な顔をした。この場所を知っている気がするのに、この日のことが思い出せないらしい。

「2人は沢山の桜の名所に行ってるものね‥‥」
「だから候補が多すぎる。草花帳と照らし合わせたら見つかるかもしれんな。だが、私も仕事があるから、これ以上は付き合えんぞ。」
「これだけで十分です。後は俺たちだけでやります。」

 向陽は感慨深げに何度か頷くと、ゆっくりと言った。

「お前はずっと、兄さんと義姉さんの話をしようとしなかった。でも、あの女の子が来た夜を境に、様子が変わった。急に両親の思い出の場所を知りたいという。私にはよく分からないが、お前のためになるなら、できることは協力したいんだ。」
「‥‥ずっとずっと、感謝しています。」

 咲也が少し照れながら頭を下げると、向陽は椅子から立ち上がり、咲也の頭を撫でた。驚いた咲也が顔を上げると、向陽は優しく笑っていた。

「私と小春のことを本当の両親だと思わなくていい‥‥ただ私から見れば、お前も弥生もまだ子供だ。辛いことがあるなら、遠慮なく相談しなさい。兄さんのように明るく対処することはできないが、苦しみを和らげることくらいはできる。だから、抱え込むな。」

 咲也は自然に涙していた。両親が死んだ日以来、一度も涙など流したことがなかった咲也は、数年ぶりに泣いたのだ。そんな咲也をずっと側で見ていた颯太も、一緒に涙を流していた。

「お前は良い友人を持っている。颯太くん‥‥これからも咲也の側にいてくれないか。君だけが咲也の‥‥“息子”の支えとなれるだろうから。」
「勿論です。咲也は僕の恩人で生涯の友です。咲也の側にいて支えることが、僕の務めだと思っていますから。」

 咲也の家でカレーライスをごちそうになった日から、颯太にとって咲也は、誰よりも大切な友人になったのだ。

「そうか‥‥ありがとう。」

 向陽は安心したように笑い、小春と共に奥の部屋へ入って行った。優しい2人の背中を見ながら、咲也は深く頭を下げた。
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