小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
上 下
230 / 230

Case229.タイムリミット③

しおりを挟む
 閉塞空間に耐えかねたのか、赤ん坊が泣き出した。犯人は母親を睨みつける。

「おい、黙らせろ‼︎」
「ま・・待ってください。ほら、いい子だから泣き止んで・・・。よしよし・・・。」

 赤ん坊は泣き続けていた。犯人は更に怒鳴る。

「黙らせろって言ってんだろ!殺されてえのか⁉︎うるせえんだよ!」
「この場で1番うるさいのはあなたです。」

 海里は言った瞬間しまったと思ったが、引き返すこともできず、続けた。

「子供は大人より敏感な所があります。こんな殺伐とした場所で、赤ん坊が泣くのは当たり前です。自分で原因を作っておきながら、人に当たらないでください。」

 犯人は大股で海里の元へやってきた。筆談をしていた女性はギョッとしている。

「お前から殺してやろうか⁉︎ああ⁉︎」
「怒鳴るだけで実行に移していないーーーー。そもそも、あなたの行動は全てが不自然なんです。」
「何だと?」
「警察と交渉もせず、金銭も要求しない。時限爆弾だなんて妙な物を持って脅しに来た、あなたの目的が分からない。おまけに、子供に怒鳴り散らす・・・。あなたが原因で乗客が怯えているのに、黙らせろ?殺してやろう?あなた、何様ですか?」

 海里は立ち上がった。わずかに光が差し込むカーテンの隙間から、彼は外を一瞥した。

「殺したいなら、殺せばいい。爆発させたいなら、させればいい。幸い、ここは大通りです。大勢の人が車で走り、歩道には多くの人がいる。あなたが望む殺人を、すぐに叶えられるんです。それが目的なら、今ここで私を殺したらどうですか?それだけで乗客は今まで以上の恐怖に陥り、あなたの言うことを聞く。願ってもない話でしょう?」

(ちょっと、ちょっと!江本海里・・・この人、何言ってんの⁉︎考えて言ってるのか、ただの馬鹿なのか、どっち⁉︎第一、何で犯人を挑発するようなことを・・・!)

「できませんよね?」

 出し抜けに言った海里の言葉に、隣にいる女性は目を丸くした。

「あなたから悪意は感じられても、殺意は感じません。そもそも、私がバスに乗る前に、あなたはバスに乗ってきていますよね?あなたが座っていた席は真ん中よりやや後ろ。あの時のバス停に停まって脅すには不自然な場所です。私が乗ったバス停から、あなたが行動に出るまで4つのバス停を通りました。場所と人口密度から考えて、4つのうち2つ目のバス停が1番助けが呼びにくい場所だった。にもかかわらず、あなたは“人が多いバス停で”行動を始めた。警察に通報されたくないのなら、人がたくさんいる場所は避けるべきではありませんか?私があなただったら、そうしますよ。」

 急に展開される推理に、乗客は釘付けになった。

「私がバスに乗った時、あなたはリュックを膝に置き、両腕で包み込むようにしていた。汗をかき、息も荒かった。空調が効いているバスでは、不自然です。体調が悪いのかと思いましたが、そんな素振りはない・・・。」
「お前、何言って・・・」
「あなたは迷っていた。」

 犯人の言葉を遮り、海里は断言した。

「本当にバスジャックをしていいのか、迷っていた。だから汗をかき、息が乱れ、不自然な場所まで行動を起こすのを待った。違いますか?」
「ばっ・・馬鹿なこと言ってるんじゃねえぞ!」

 犯人は銃を海里に向けた。

「あなたの最も不自然な点を言い忘れていました。」

 海里は犯人に近づいた。ゆっくりと右腕をあげ、運転席横に置かれているリュックサックを指さす。

「あれは女性もののリュックサックですよね?妹が同じ物を持っているので分かりました。成人した男性・・しかも、あなたのように割とがっしりした体型の方が持つには、あのリュックサックは小さ過ぎます。爆弾は割と大きいですし、かなりキツく入っていたはず。」
「だったら何だ⁉︎」
「あれはあなたの物ではない。女性の所有物です。かなり使い込まれていますが、綺麗なままです。手入れをしていたのでしょう?」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!何でそんな・・・」

 海里はするりと犯人の横を通り抜け、リュックサックの肩紐を掴んだ。すると、右肩の紐に、小さくA・Nと記されている。

「これはどなたのイニシャルなんでしょうね?」
「それに触るんじゃねえ!」

 犯人が飛びかかろうとした瞬間、海里は叫んだ。

「運転手さん!止めてください!」

 バスが止まると同時に、犯人が床にねじ伏せられた。海里の隣に座っていた女性が、突如飛び出したのだ。
 すると、パトカーのサイレンが聞こえ、一気にバスに近づいた。今度は女性が叫ぶ。

「運転手さん、扉開けて!乗客の皆さん、バスから出てください‼︎」

 扉が開くと同時に、乗客は雪崩のように外へ駆け出した。女性は反抗する犯人の両腕を固め、銃を奪う。

「バスジャックするなら、銃の扱い方は学習した方がいいよ。セーフティーが掛かったままで扱える銃なんて、ないんだから。」

 女性は笑ってそう言った。すると、龍が中に乗り込んでくる。

「東堂さん。ありがとうございました。気づいてくださったんですね。」
「ああ。怪我は?」
「大丈夫です。犯人の確保をお願いします。」

 龍は頷き、手錠を取り出しながら犯人を見た。そして、動きを止めた。

「・・・・何してんだ、お前。」
「久しぶり~龍!元気そーだね!」

 犯人は女性に腕を絞められ、泡を吹いていた。龍は溜息をつき、ゆっくりと犯人に手錠をかける。

「相変わらず容赦がないな。可哀想に見えてくる。」
「抵抗されたんだから仕方ないでしょ?」

 龍が犯人を起こすと、女性も埃を払いながら立ち上がった。息を吐きながら伸びをし、海里を見る。

「見事な推理だったね。さっすが小説探偵!」
「あの・・・失礼ですがなぜその名前を?江本海里が小説探偵だと知る人間は限られています。やはりあなたは警察の・・・?」
「お前、名乗ってなかったのか?」
「時間なかったんだもん。」

 女性は胸元を探り、警察手帳を開いた。

「初めまして!警視庁警備部警護課の、北条星子です!」
「警備部・・警護課・・・?それって・・・・」
「ああ。俗に言うSPだ。」

 龍の言葉に、海里は唖然とした。女性SPなど、聞いたこともなかったのだ。星子は海里を見ながら、ふふっと無邪気に笑う。

「龍たちから話を聞いてて、知ってたんだ~。銀髪に水色の瞳をした、美形だってね‼︎」
「しかしそれだけで・・・・」
「それだけじゃないよ?バスジャックが起こっているのに冷静だし、あんな状況で筆談できる、肝っ玉の座った人間なんてそういないだろなあ、って。」

(鋭い人だな。でも、どうして・・・。)

「どうして、バスジャック犯を見て笑っていたんですか?」

 海里の質問に対し、星子は不思議な答えを告げた。

「どうやって倒そうかなーって考えてたの。色々考えてたら、ついにやけちゃってさ。」
「ええ・・・?」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

バージン・クライシス

アーケロン
ミステリー
友人たちと平穏な学園生活を送っていた女子高生が、密かに人身売買裏サイトのオークションに出展され、四千万の値がつけられてしまった。可憐な美少女バージンをめぐって繰り広げられる、熾烈で仁義なきバージン争奪戦!

処理中です...