小説探偵

夕凪ヨウ

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Case227.タイムリミット①

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「お、お嬢様・・・どうされますか?今すぐ旦那様にーーーー」
「必要ないわ。」

 アサヒはメイドの言葉を遮ってそう言った。上着を羽織り、踵を返す。

「お嬢様、どちらへ⁉︎」
「現場に決まってるじゃない。爆発が起こった以上、鑑識として調べなきゃならないことがあるのよ。」
                    
         ※

「アサヒ、お前わざわざ・・・・。」
「気にしないで。見届けなきゃいけないのよ。」

 龍の腕を振り払い、アサヒは炭と化した建物に足を踏み入れた。焦げ臭い匂いはするが、死臭などは一切ない。壊れた階段をロープを使って登り、数分かけて最上階に到着した。

「爆弾が設置されたのはここね。見事に黒焦げ・・・。死んだことを演出したかったのね。随分と下手だけど。」

 アサヒに続いて龍と玲央も登ってきた。窓ガラスは割れ、扉は全焼。床も所々が抜けており、立っていられるスペースは少なかった。

「ん?あれ、何だろう。」

 玲央が示す先には、黒い物体が見えた。瓦礫に埋もれているが、焼けているようには見えない。龍が近づいて瓦礫を退かすと、そこには、小さな金庫があった。

「そういえば・・・昔メイドたちが“旦那様は大事なものを金庫に仕舞われる”って言ってたわ。何か入ってるかもね。」

 警視庁に行って金庫を開けると、そこには色んなものが入っていた。

「結婚指輪、写真・・・これは折り鶴か?何でこんなに大事に保管してあったんだ?」
「母は折り紙が好きだと使用人が言っていたわ。多分、父にプレゼントしたんでしょう。赤色が好きな母と橙色が好きな父の好みを合わせた紅葉柄の折り紙だもの。」
「まだ何か入ってるよ。ファイル?」

 玲央はファイルを開くと、息を飲んだ。彼は無言でアサヒにファイルを差し出す。

「これって・・・新聞記事?母が死んだ時のーーーー」

 記事には線や印がいくつもつけられ、文字が書かれていた。走り書きで何が書いてあるのかは分からなかったが、所々文字が滲んでおり、涙の跡だと思った。

「こんなに調べていたのね。でも犯人は分からず、調査も断念しているわ。」
「なるほどな。その断念の結果、警察が事実を隠蔽していると知り、テロリストへと変わったわけだ。江本の父親と出会ったのがあいつが12の頃となると、長い時を要したのは間違いない。」

     アサヒは無意識にファイルを強く握っていた。すると、龍が金庫の奥から何かを取り出す。

「この女性、お前の母親じゃないのか?よく似ている。」

 龍が見せた写真には、母親の腕の中で眠る赤子のアサヒと、父親の隣で笑顔を浮かべる幼い克幸と日菜がいた。茂と妻・凛子は優しく笑っている。

「こんな幸せな時間が、この家にあったなんて、信じられない。母がいないだけで、全てが変わったのね。」

 アサヒは目に溜まった涙を拭おうとした。龍はそっとそれを止め、口を開く。

「泣けるうちに、泣いておくべきだ。お前の子供時代には幸せな時間があって、優しかった父母がいた。その事実は揺るがない。それをお前が覚えていようがいまいが、泣く権利はある。誰だって、大切な者の死を悼むのだから。」

 龍の言葉に、アサヒは堰が切れたように大粒の涙を流した。ファイルを胸に抱き、縋り付くように龍の胸に顔を埋めた。かすかな嗚咽が部屋にこだまする。

「大丈夫だ、アサヒ。今までもこれからも、俺たちはお前の力になるし、側にいる。1人にさせない。最後まで共に戦う。だから・・・今だけは泣いてろ。今まで泣けなかった分、泣いたらいいんだ。」

         ※

 都内の墓地・・・浩史たちが眠るこの場所に、茂は拓海たちと来ていた。手を合わせる茂の前には、凛子の墓石がある。

「茂、本当にいいんですね?」
「ああ。もう決めた。警察に娘がいようが、今の警察が善良だろうが、関係ない。私たちが警察という組織を信じることは、もうできないんだ。悪人と言われようと、お前たちと共に進む。あの日、そう約束しただろう?」

 拓海は笑って頷いた。茂は墓石を見、遠くにある今はもう無き家を見た。

「行こう、拓海。警察と東堂信武・・・2つの組織を潰すために。」
                    
         ※

 その日、海里は少し遠方に行く用事があり、バスに乗った。

「混んでいますね・・・。寒い時期ですし、皆さん歩くのを避けられるのでしょうか。」

 バスが動き始め、いくつめかのバス停に止まったその時、事件は起こった。

「全員大人しくしろ!」

 本を読んでいた海里が顔を上げると、そこには銃を持った男が1人、立っていた。

「おい運転手!無線機から手を離せ‼︎警察に連絡なんてしやがったら、承知しねえぞ!」

 男は大声で恫喝した。運転手はびくりと肩をすくめ、震えだす。

「お前ら携帯を寄越せ!連絡が取れる機器、何もかもだ!」

 乗客は震えながら携帯を出して行った。最後尾に座っている海里も、渋々携帯を渡す。

「最後はお前らだ!早くしろ!」

 海里の隣には、2人の女性が座っていた。1人は着物を着た海里くらいの年頃の女性、もう1人は、ショートヘアーのスーツを着た、龍と同じ歳くらいの女性だった。
 すると、ショートヘアーの女性が笑って答える。

「すみません。私たち、携帯持ってないんですよ~。心配しなくても隠し持ってたりなんてしませんから、大丈夫です。」

 バスジャックが目の前にいるのに、気丈な女性だと海里は思った。男は舌打ちをして運転席の近くへ歩いて行く。

「大丈夫ですか?犯人を怒らせるようなことを言って。」

 たまらず海里はそう言ったが、女性は明るく大丈夫だと言った。強がっているようには見えず、むしろ、この状況を楽しんでいるように見えた。

「ああいう人は怒っていても撃ってくることはあまりありません。それより、気になるのはあっちなんだよなあ・・・。」

 女性が視線を移したのは、男が持っているリュックサックだった。海里は不思議そうに首を傾げる。

「いいか、俺のいう通りに走れ。さもないと・・・」

 男はリュックサックのチャックを開け、黒い塊を取り出した。そこには、03:00とあり、海里は瞬時に意味を悟った。

「こいつのスイッチを押す!死にたくなけりゃ、大人しくしていろ!いいな!」

 海里は唖然としたが、女性は乗客の中でただ1人、動じていなかった。それどころか笑み浮かべ、小馬鹿にするように犯人を見ている。すると、女性は海里の方を向かず、小声で言った。

「江本海里さん。」
「なぜ私の名前を・・・⁉︎」

 驚く海里だったが、女性は笑みを浮かべたまま言葉を続けた。

「それは後々。この状況を乗り切るために、力貸してくれない?」
「はあ・・・?」
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