小説探偵

夕凪ヨウ

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Case210.運命が導いたもの②

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「幸せな未来、ね。悪いけど、私はもうそれを掴んだわ。警察官になって、私の家柄なんて気にしない人間と出会ったもの。」
「気にしないのではなく知らないだけでしょう。知れば今までのように・・・」
「決めつけないで。彼らはそんなことはしないわ。私が何者であろうと、何も変わらない。一緒に過ごしていれば分かることよ。」

 アサヒははっきりとそう言った。

「昔のことは忘れたいの。第一、私はもうあの男の手元にはいないわ。あの後、すぐに引っ越して偽の住所を奴らに教え、身を潜めている。警察官になっている以上、容易な手出しはしてこない。」
「そんなことはあり得ません。必ずお守りしますから、共に。」
「守るですって?言っておくけど、私は男が女を守るなんていう言葉は嫌いよ。女が弱いと決めつけているだけ。例え力が男より劣ろうとも、自分の身くらい自分で守れるわ。」

 アサヒはちらりと窓の外を見て、言った。

「狙撃班があなたたちを狙っている。殺しはしないけど、怪我をしたくないのなら投降して。お金を奪った代償に、命まで奪われたくはないでしょう?」

 則光の腕の中には、銃弾で怪我をした女性店員がいた。アサヒは息を吐く。

「5分。」
「えっ?」
「私たち警察が話し合いに当てた時間よ。今でも3分半。私たちが折れることはないから、あなたたちにおとなしく捕まってもらわなきゃいけないの。則光、もういいでしょう?今ならまだ引き返せる。真っ当に生きるチャンスがあるわ。」
「そんなものありませんよ。あの日から、私は自由を奪われた。なんの関係もない弟まで巻き込まれ、もううんざりだ。」

 則光はそう言うと、歪んだ笑みを浮かべた。

「私は分かったんですよ。生きるためには、金がいると。権力がなくても、金さえあれば人は付いてくる!」
「さあ、どうかしら?強盗をして盗んだ汚いお金を、欲しがる人なんているの?」
「普通ではあり得ないでしょうが、裏社会なら構わないんですよ。捕まりさえしなければ、こっちのものだ。」

 変わり切った則光を見て、アサヒはわずかに眉を顰めた。お互いにくだらない話をしていた頃が、夢のように感じられた。

「それがあなたの答えなの?」
「そうです。行きましょう、アサヒお嬢様。私なら、あなたを幸せにできる。」

 断言する則光に対し、アサヒは軽く溜息をついた。

「・・・・無理よ。あなたは、私のことを何1つ理解してくれていない。私が大切だと思う人たちのことを、知ろうともしない。そんな人間が、幸せにしてくれることなんてあり得ないわ。あなたは結局、父への恨みを私の愛情に変換しているだけ。私への愛情なんてない。話を聞いて、よく分かったわ。」

 アサヒはさっと右手を上げた。その瞬間、則光が持っていた銃が床に転がる。同時に、シャッターが蹴破られ、警察官たちが乗り込んできた。

「全員逮捕しろ!1人も逃すな!」

 龍と玲央は部隊の指揮を取り、刑事たちは則光の仲間たちに手錠をかけていった。

「人質、怪我こそしていますが全員無事です!」
「2人逃げたぞ!逃すな!」

 その瞬間、アサヒは則光が別の銃を人質にしていた女性店員に向けているのを見た。店員は気付いておらず、警察に保護されてホッとしている。

「危ない!」

 アサヒは叫びながら駆け出し、店員を突き飛ばした。同時に、銃声が響く。

「え・・・?」

 鋭い痛みを感じたアサヒは、自分の腹部に触れた。手が真っ赤に染まり、スーツに赤黒い染みが広がっていくのが見えた。

「アサヒ‼︎」

 倒れそうになったアサヒを、玲央が受け止めた。龍はすかさず銃を取り出し、2発目を撃とうとした則光の銃を撃ち落とす。

「救急車を!アサヒ!しっかりするんだ‼︎アサヒ!」

 客の悲鳴と、2人の名を呼ぶ声が聞こえ、アサヒは意識を失った。
                   
         ※

「・・・・“逮捕に夢中になっていたから、悪くない”。上司にも部下にも、そう繰り返された。だが、俺たちはどうしてもそう思えなかった。自分たちが手錠をかけていたわけじゃない。部下の指示をしていただけ・・・。気づけたはずだ、見えないはずがない・・・と、嫌になるほど頭を駆け巡ったことを覚えてる。」

 日菜は何も言わずに俯いてきた。海里も悔しそうに顔を顰める。

「今の状況を見ても分かる通り、アサヒは助かった。俺たちにとって、何よりも嬉しいことだったよ。でも・・・彼女の命と引き換えのように亡くなった命が、アサヒを後悔の渦に引き込んでしまった。」
「引き換えの命?」

 海里の疑問に、玲央は頷いた。

「アサヒの怪我は、見た目以上に酷かった。右の腎臓を銃弾が貫通していて、出血が酷かったんだ。輸血をして、臓器移植をしなければ助からなかった。」
「輸血と移植・・・。医療の中でも、難しい治療ですね。」
「うん。ドナーが合っていなければ弊害が出たりするからね。俺も龍もアサヒと同じ血液型だけど、事後処理が残っていて病院には行けなかった。そして運の悪いことに、病院にはドナーがいなかったんだ。臓器移植をしないと助からないのに、助けられないかもしれなかった。」

 海里は息を呑んだ。龍が続ける。

「そんな時、臓器移植を申し出た人がいた。銀行で犯人に怪我を負わされ、アサヒが銃弾から庇った、女性店員だ。」
「・・・臓器移植は危険。第一、生きている人間から移植なんて無理のはず。」

 日菜が呟いた。龍は頷く。

「女性店員の名前は岬友梨奈。当時23歳。彼女は生まれつき心臓に疾患があり、銀行強盗という極限的状況で重度なストレスに晒され、人質にされたこと・怪我をしたたことが原因で心臓に負担がかかっていた。そして発作を起こして、危険な状態になっていたんだ。」
                   
         ※

「今何と仰いました⁉︎」
「言葉通りの意味です。私の腎臓を・・先生たちが助けようとしている患者さんに移植してください。」
「馬鹿なことを!腎臓を1つ無くしても生きられるかも知れませんが、あなたは現在重篤です‼︎」

 大和は叫んだ。友梨奈は微笑を浮かべる。

「もう・・・助かりません。何度も発作を起こしているから、分かります。それに、その患者さんは、私の命の恩人なんです。」
「命の恩人?」
「はい。本来なら・・・私が撃たれていたんです。あの人は、私を守って撃たれた。そんな優しい人を、死なせるわけにはいかない。」

 友梨奈は胸を押さえ、荒い息を吐きながら半身を起こした。

「私はもう長くない。いっそ、人を守り、助けられる人に自分の命を差し上げたいんです。」

 友梨奈は過呼吸を起こし、ベッドに倒れ込んだ。

「患者さんの名前を、教えてください・・・‼︎死ぬ前に、それだけでも・・・!」

 大和は迷っていたが、時間も方法も無いと分かったのか、ゆっくりと口を開いた。

「・・・・西園寺、アサヒです。」
「アサヒ、さん。忘れ・・ません。絶対に・・・。」

 穏やかな笑みを浮かべてそう言った友梨奈は、ゆっくりと長い眠りについた。
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