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Case203.盗作者の遺書⑤
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「私たちが犯人⁉︎馬鹿なことを言わないでください!第一、江本さん。あなたに頼んだのは私たちの無罪を証明することですよ‼︎」
『ええ。確かに、そう頼まれましたね。でも、冤罪でもないのに無実を証明することはできませんよ。』
海里は笑った。電話の向こうで慌てふためく2人の声が聞こえる。
「私たちが犯人だという証拠は⁉︎どこにもありはしないわ‼︎」
『いいえ、ありますよ。無ければこんなこと言いません。』
「何ですって⁉︎」
『落ち着いてください。取り敢えず、証拠云々の前にあなた方の動機から整理しましょう。』
2人は苛立っていた。彼女たちの背後には龍と玲央、残りの家族が揃っており、海里の爆弾発言に家族は唖然としている。
『そもそも、お2人は浅村先生のことがお嫌いですよね?家庭を顧みず、仕事にしか興味を示してくださらないんですから。』
「今更よ!そんなこと、2人だって同じように思っていたわ‼︎」
『それはそうかもしれませんが、あなた方の怒りに拍車をかけた要因がもう1つあります。』
市夏の顔が強張った。海里は続ける。
『浅村先生の不倫です。次女の初音さん・三女の梓茶さんは、不倫相手の女性との間にできた子供でしょう?』
「なっ・・・⁉︎ち、違うわ!2人は夫の親戚の子で・・・‼︎」
『初めは、そう思っていたんでしょう?しかし本を好きになり、少しずつ先生に似ていく中であなたたちは疑い始めた。そしてこっそり血を抜き取って血液検査をして、先生を突き詰めて真相を知ってしまった。そしてその日から、あなたたちは先生を恨むように鳴ったんです。』
「バカなこと言わないで!第一、不倫相手の存在も分からないのに、夫を恨むなんて無理よ!」
『不倫相手なら目の前にいらっしゃるじゃないですか。』
2人は驚いた。海里ははっきりと告げる。
『お2人の前にいる小嶋真紀さんこそが、浅村先生の不倫相手であり、初音さん・梓茶さんの母親です。』
市夏と梓茶は愕然とした。市夏は叫ぶ。
「そんなわけないじゃない!小嶋さんが夫と2人でいたことはないわ!常に私が一緒にいるもの‼︎」
『しかし先生は1度入院なさったことがあるでしょう?病院ではなく、怪我で。小嶋さん、あなたは先生が入院した病院の元・看護師ですね?』
小嶋の顔がこわばった。
「ど・・・どうして私が看護婦だと⁉︎警察の方にはお話ししていません!」
『調べれば分かることと言えばそれまでですが、私はあなたが先日持って来た花束を見て確信したんです。』
「花束?」
『ええ。ほぼ無意識でしょうが、花束をまとめていた紐の結び方、あれは駆血帯と同じですよね?他の患者さんが採血している時、偶然手元が見えたので、医師に確認し、警察の方と話を統合して、間違い無いと思ったんですよ。』
海里の言葉に、小嶋は震えながら頷いた。市夏は凄まじい剣幕で小嶋を睨みつける。
『話を戻しましょう。あなた方の動機は、家族を省みない末の不倫。2人の子供を作っておきながら何食わぬ顔で仕事をしている先生が許せなかった・・・そんなところです。』
「なるほどね。確かに動機“らしい”話だわ。」
『まだお認めにならないんですね?』
「当然でしょ?第一、夫を殺すくらいなら、小嶋さんを殺した方が最もな理由じゃないの?何でそうしなかったのかしら。」
『曲がりなりにも、娘さんたちの母親だったからです。憎みながらも、あなた方は娘さんたちの本当の母親を殺すことができず、30年ほど勤めて来た彼女に恩義も感じていたのでしょう。』
市夏は唇を噛んだ。海里は軽い溜息をつく。
『あなた方は、普段から先生を殺そうとしていましたよね?食事に睡眠薬や下剤、毒を持って体調を悪化させ、より殺しやすい毒を探し求めて調べ物をした。先生は自覚がなかったようですが、確実に、しかし少しずつ、体調は悪化していたんです。痩せこけ、髪が抜け、食事の前でも嘔吐をすることがあったと主治医さんから聞いています。』
「・・・・それなのに、死ななかったわ・・!」
『先生は昔から習慣的に運動をされていましたから、年齢の割にお元気でした。胃腸も強いでしょうから、あまり薬が効かなかったのでしょう。あなた方は、着実に準備を進めていた。しかしこともあろうに、毒薬の検索履歴を先生が目撃してしまったことを知ったんです。』
海里は、履歴を発見したと言った時の昌孝の表情を思い出した。真っ青な顔、震える唇、隈が消えていない目。彼の言葉・態度の全てが、彼の現状を指し示していたのだ。
しかしそれでもなお、彼は警察に通報することを嫌った。理由は、明白だった。
『先生は体面を気にされていました。だからこそ、自分が身内に殺されるという“不祥事”を避けたかったんです。私に相談したのもそのため。レコーダーを用意していたのは、私への脅し。全ては、“体面”のため。先生にとって・・・周囲の人間はそのための布石です。』
余計なことを言ったと思ったのか、海里は咳払いをした。
『事件当日、あなた方は先生が処方されている精神安定剤を睡眠薬にすり替えた。素人に薬の違いなど分かりませんから、先生は2粒×3回飲んだ。そして亡くなったんです。』
あまりにあっさりとした死因だった。海里は、昌孝は眠るように亡くなったと思うと言った。
「まだよ!私たちが犯人である理由は何⁉︎無いなら犯人じゃ無いわ!」
『・・・東堂さん。“あの画面”を見せてください。』
海里の指示に従い、龍は鑑識から借りた昌孝のパソコンの画面を見せた。そこには、彼の小説のレビューが書かれてあった。
「この中にある批評的なコメント。調べたらあんたのアカウントだったよ、浅村梓茶。あんたはこのレビューを通して父親に精神的なダメージを与えようとしたんだろう?生憎、評価を気にしていない被害者には無意味だったが。」
梓茶は歯軋りをして怒鳴った。
「・・・そうよ!何が悪いの⁉︎あんな男が書く小説なんて、くだらない‼︎家族と引き換えに得た地位と名誉なんて不要だわ!」
「不要、か。考え方は勝手だが、あんたたちのやったことは名誉毀損に値する。本人が気にしているか否かは関係ない。」
市夏は舌打ちをした。海里は続ける。
『闇市場で毒薬を購入した履歴を見つけました。市夏さん、梓茶さん・・・あなたたちの名前です。言い逃れはできませんよ。』
龍と玲央は頷きあい、2人に手錠をかけた。すると、梓茶が口を開く。
「待って。あのパソコンのメッセージは何?私たちはあんなもの打っていないわ。父が死ぬ瞬間だって目撃した・・・!」
『あれを書いたのは小嶋さんです。キーボードの間からあなたが家事の最中に身につけていたゴム手袋と同じ繊維が発見されています。』
小嶋はわずかに頷いた。
『お2人は気がつかなかったのでしょうが、先生が亡くなるところを、小嶋さんは目撃しているんですよ。』
「え・・・⁉︎」
2人は信じられないという顔をした。海里は続ける。
『彼女は自分の不倫が知られた末に殺されたと感じ、嘆いた。しかし、業界にライバルの多い先生は自殺や外部による殺人と判断されてしまうかもしれない。
そう感じた彼女は、あのメッセージを打ち込み、“内部に犯人がいる”ということを私たちに知らせたんです。先生が家族に受けた扱いを公にし、家族を罪に問うために。』
「そんなの・・・無茶苦茶よ!元はと言えば、不倫した父が悪いんじゃない!なぜ私たちが横柄な態度を取ってはいけないの⁉︎不倫相手とその子を堂々と家に連れ込んでいるくせにちゃんと働け?馬鹿馬鹿しい!父親の役割すら果たさなかった男を殺して、何が悪いと言うのよ!」
『先生は家族を愛していなかったわけではありませんよ。』
海里はやや強い口調でそう言った。
『本当に愛していないならば、市夏さんと離婚するなり家から追い出すなり、方法はあった。しかし先生は何もせず、仕事をやり続けた。不器用でも、それが先生の愛情だったんです。小嶋さんを迎え入れたのも愛情のある無しではなく、家族に何か起こっても対処してくれるであろう看護師の立場を考えてのこと。自分の孫に家庭教師まで付ける人が、家族を愛していないと本当に思うのですか?』
「でも!」
『先生は小説家です。本を書き、売れなければ生活すらできない。家族に楽をさせるためには、家族と過ごす時間を減らしてでも本を書く必要があったんです。それを承知した上で、結婚されたのではないのですか?不倫を許せとは言いませんが、自分の娘に先生が好きな歴史を絡ませるのも、先生の愛情の印・・・私は、そう思います。』
※
「大和先生!江本さんがいません‼︎」
「絶対安静と言ったはずだが・・・どこに行ったんだ?」
「分からないんです!“出かけて来ます”と書き置きだけあって・・・!」
「全くあの人は・・・。探してくれ。」
病院が慌ただしく動いている頃、海里は浅村昌孝の墓参りに来ていた。
「絶対戻った方がいいよ、海里兄さん!怒られるよ?」
「構いませんよ。退院したら時間がなさそうなので、今来ておきたかったんです。」
海里は花を添え、手を合わせた。彼は車椅子に乗っており、後ろに真衣がいる。
「兄さんは、浅村さんのこと尊敬してたの?」
「もちろんです。小説家としての腕だけではなく、仕事に対する真摯な姿勢も尊敬に値しました。家族を大切に思っていることは分かりましたが、先生の場合あまりに極端だったので、身近にいる方には伝わりにくかったのでしょう。」
「じゃあ、浅村さんが本当の気持ちを伝えていたら、今回の事件は起こらなかったの?」
真衣の質問に、海里は少し考え、困ったように笑った。
「どうでしょうね。市夏さんや梓茶さんにとっては、家族を顧みないことよりも不倫したことが許せなかった。事件は起こっていたかもしれません。」
「そっか・・・。何だか、やるせないな。どうして浅村さんは不倫なんてしちゃったんだろ。大切に思っていたはずなのに・・・・。」
「・・・・先生自身も、傷ついていたのではないでしょうか。」
真衣は首を傾げた。海里は続ける。
「家族のために仕事に打ち込んでいるのに、その家族からは構ってくれないと愚痴をこぼされる。自分の選んだ道の正しさが分からなくなり、小嶋さんと関係を持った・・・。
まあ、あくまで想像ですよ。結婚はおろか恋人すらいない私に、先生の気持ちは理解しきれません。」
「随分と投げやりだね。」
「仕方ないと思ってください。さあ、帰りましょう。怒られる準備はできてますから。」
「怒られるのは海里兄さんだけじゃなく私もだと思うんだけど・・・。」
文句を言いながら、2人はゆっくりと墓場を後にした。
『ええ。確かに、そう頼まれましたね。でも、冤罪でもないのに無実を証明することはできませんよ。』
海里は笑った。電話の向こうで慌てふためく2人の声が聞こえる。
「私たちが犯人だという証拠は⁉︎どこにもありはしないわ‼︎」
『いいえ、ありますよ。無ければこんなこと言いません。』
「何ですって⁉︎」
『落ち着いてください。取り敢えず、証拠云々の前にあなた方の動機から整理しましょう。』
2人は苛立っていた。彼女たちの背後には龍と玲央、残りの家族が揃っており、海里の爆弾発言に家族は唖然としている。
『そもそも、お2人は浅村先生のことがお嫌いですよね?家庭を顧みず、仕事にしか興味を示してくださらないんですから。』
「今更よ!そんなこと、2人だって同じように思っていたわ‼︎」
『それはそうかもしれませんが、あなた方の怒りに拍車をかけた要因がもう1つあります。』
市夏の顔が強張った。海里は続ける。
『浅村先生の不倫です。次女の初音さん・三女の梓茶さんは、不倫相手の女性との間にできた子供でしょう?』
「なっ・・・⁉︎ち、違うわ!2人は夫の親戚の子で・・・‼︎」
『初めは、そう思っていたんでしょう?しかし本を好きになり、少しずつ先生に似ていく中であなたたちは疑い始めた。そしてこっそり血を抜き取って血液検査をして、先生を突き詰めて真相を知ってしまった。そしてその日から、あなたたちは先生を恨むように鳴ったんです。』
「バカなこと言わないで!第一、不倫相手の存在も分からないのに、夫を恨むなんて無理よ!」
『不倫相手なら目の前にいらっしゃるじゃないですか。』
2人は驚いた。海里ははっきりと告げる。
『お2人の前にいる小嶋真紀さんこそが、浅村先生の不倫相手であり、初音さん・梓茶さんの母親です。』
市夏と梓茶は愕然とした。市夏は叫ぶ。
「そんなわけないじゃない!小嶋さんが夫と2人でいたことはないわ!常に私が一緒にいるもの‼︎」
『しかし先生は1度入院なさったことがあるでしょう?病院ではなく、怪我で。小嶋さん、あなたは先生が入院した病院の元・看護師ですね?』
小嶋の顔がこわばった。
「ど・・・どうして私が看護婦だと⁉︎警察の方にはお話ししていません!」
『調べれば分かることと言えばそれまでですが、私はあなたが先日持って来た花束を見て確信したんです。』
「花束?」
『ええ。ほぼ無意識でしょうが、花束をまとめていた紐の結び方、あれは駆血帯と同じですよね?他の患者さんが採血している時、偶然手元が見えたので、医師に確認し、警察の方と話を統合して、間違い無いと思ったんですよ。』
海里の言葉に、小嶋は震えながら頷いた。市夏は凄まじい剣幕で小嶋を睨みつける。
『話を戻しましょう。あなた方の動機は、家族を省みない末の不倫。2人の子供を作っておきながら何食わぬ顔で仕事をしている先生が許せなかった・・・そんなところです。』
「なるほどね。確かに動機“らしい”話だわ。」
『まだお認めにならないんですね?』
「当然でしょ?第一、夫を殺すくらいなら、小嶋さんを殺した方が最もな理由じゃないの?何でそうしなかったのかしら。」
『曲がりなりにも、娘さんたちの母親だったからです。憎みながらも、あなた方は娘さんたちの本当の母親を殺すことができず、30年ほど勤めて来た彼女に恩義も感じていたのでしょう。』
市夏は唇を噛んだ。海里は軽い溜息をつく。
『あなた方は、普段から先生を殺そうとしていましたよね?食事に睡眠薬や下剤、毒を持って体調を悪化させ、より殺しやすい毒を探し求めて調べ物をした。先生は自覚がなかったようですが、確実に、しかし少しずつ、体調は悪化していたんです。痩せこけ、髪が抜け、食事の前でも嘔吐をすることがあったと主治医さんから聞いています。』
「・・・・それなのに、死ななかったわ・・!」
『先生は昔から習慣的に運動をされていましたから、年齢の割にお元気でした。胃腸も強いでしょうから、あまり薬が効かなかったのでしょう。あなた方は、着実に準備を進めていた。しかしこともあろうに、毒薬の検索履歴を先生が目撃してしまったことを知ったんです。』
海里は、履歴を発見したと言った時の昌孝の表情を思い出した。真っ青な顔、震える唇、隈が消えていない目。彼の言葉・態度の全てが、彼の現状を指し示していたのだ。
しかしそれでもなお、彼は警察に通報することを嫌った。理由は、明白だった。
『先生は体面を気にされていました。だからこそ、自分が身内に殺されるという“不祥事”を避けたかったんです。私に相談したのもそのため。レコーダーを用意していたのは、私への脅し。全ては、“体面”のため。先生にとって・・・周囲の人間はそのための布石です。』
余計なことを言ったと思ったのか、海里は咳払いをした。
『事件当日、あなた方は先生が処方されている精神安定剤を睡眠薬にすり替えた。素人に薬の違いなど分かりませんから、先生は2粒×3回飲んだ。そして亡くなったんです。』
あまりにあっさりとした死因だった。海里は、昌孝は眠るように亡くなったと思うと言った。
「まだよ!私たちが犯人である理由は何⁉︎無いなら犯人じゃ無いわ!」
『・・・東堂さん。“あの画面”を見せてください。』
海里の指示に従い、龍は鑑識から借りた昌孝のパソコンの画面を見せた。そこには、彼の小説のレビューが書かれてあった。
「この中にある批評的なコメント。調べたらあんたのアカウントだったよ、浅村梓茶。あんたはこのレビューを通して父親に精神的なダメージを与えようとしたんだろう?生憎、評価を気にしていない被害者には無意味だったが。」
梓茶は歯軋りをして怒鳴った。
「・・・そうよ!何が悪いの⁉︎あんな男が書く小説なんて、くだらない‼︎家族と引き換えに得た地位と名誉なんて不要だわ!」
「不要、か。考え方は勝手だが、あんたたちのやったことは名誉毀損に値する。本人が気にしているか否かは関係ない。」
市夏は舌打ちをした。海里は続ける。
『闇市場で毒薬を購入した履歴を見つけました。市夏さん、梓茶さん・・・あなたたちの名前です。言い逃れはできませんよ。』
龍と玲央は頷きあい、2人に手錠をかけた。すると、梓茶が口を開く。
「待って。あのパソコンのメッセージは何?私たちはあんなもの打っていないわ。父が死ぬ瞬間だって目撃した・・・!」
『あれを書いたのは小嶋さんです。キーボードの間からあなたが家事の最中に身につけていたゴム手袋と同じ繊維が発見されています。』
小嶋はわずかに頷いた。
『お2人は気がつかなかったのでしょうが、先生が亡くなるところを、小嶋さんは目撃しているんですよ。』
「え・・・⁉︎」
2人は信じられないという顔をした。海里は続ける。
『彼女は自分の不倫が知られた末に殺されたと感じ、嘆いた。しかし、業界にライバルの多い先生は自殺や外部による殺人と判断されてしまうかもしれない。
そう感じた彼女は、あのメッセージを打ち込み、“内部に犯人がいる”ということを私たちに知らせたんです。先生が家族に受けた扱いを公にし、家族を罪に問うために。』
「そんなの・・・無茶苦茶よ!元はと言えば、不倫した父が悪いんじゃない!なぜ私たちが横柄な態度を取ってはいけないの⁉︎不倫相手とその子を堂々と家に連れ込んでいるくせにちゃんと働け?馬鹿馬鹿しい!父親の役割すら果たさなかった男を殺して、何が悪いと言うのよ!」
『先生は家族を愛していなかったわけではありませんよ。』
海里はやや強い口調でそう言った。
『本当に愛していないならば、市夏さんと離婚するなり家から追い出すなり、方法はあった。しかし先生は何もせず、仕事をやり続けた。不器用でも、それが先生の愛情だったんです。小嶋さんを迎え入れたのも愛情のある無しではなく、家族に何か起こっても対処してくれるであろう看護師の立場を考えてのこと。自分の孫に家庭教師まで付ける人が、家族を愛していないと本当に思うのですか?』
「でも!」
『先生は小説家です。本を書き、売れなければ生活すらできない。家族に楽をさせるためには、家族と過ごす時間を減らしてでも本を書く必要があったんです。それを承知した上で、結婚されたのではないのですか?不倫を許せとは言いませんが、自分の娘に先生が好きな歴史を絡ませるのも、先生の愛情の印・・・私は、そう思います。』
※
「大和先生!江本さんがいません‼︎」
「絶対安静と言ったはずだが・・・どこに行ったんだ?」
「分からないんです!“出かけて来ます”と書き置きだけあって・・・!」
「全くあの人は・・・。探してくれ。」
病院が慌ただしく動いている頃、海里は浅村昌孝の墓参りに来ていた。
「絶対戻った方がいいよ、海里兄さん!怒られるよ?」
「構いませんよ。退院したら時間がなさそうなので、今来ておきたかったんです。」
海里は花を添え、手を合わせた。彼は車椅子に乗っており、後ろに真衣がいる。
「兄さんは、浅村さんのこと尊敬してたの?」
「もちろんです。小説家としての腕だけではなく、仕事に対する真摯な姿勢も尊敬に値しました。家族を大切に思っていることは分かりましたが、先生の場合あまりに極端だったので、身近にいる方には伝わりにくかったのでしょう。」
「じゃあ、浅村さんが本当の気持ちを伝えていたら、今回の事件は起こらなかったの?」
真衣の質問に、海里は少し考え、困ったように笑った。
「どうでしょうね。市夏さんや梓茶さんにとっては、家族を顧みないことよりも不倫したことが許せなかった。事件は起こっていたかもしれません。」
「そっか・・・。何だか、やるせないな。どうして浅村さんは不倫なんてしちゃったんだろ。大切に思っていたはずなのに・・・・。」
「・・・・先生自身も、傷ついていたのではないでしょうか。」
真衣は首を傾げた。海里は続ける。
「家族のために仕事に打ち込んでいるのに、その家族からは構ってくれないと愚痴をこぼされる。自分の選んだ道の正しさが分からなくなり、小嶋さんと関係を持った・・・。
まあ、あくまで想像ですよ。結婚はおろか恋人すらいない私に、先生の気持ちは理解しきれません。」
「随分と投げやりだね。」
「仕方ないと思ってください。さあ、帰りましょう。怒られる準備はできてますから。」
「怒られるのは海里兄さんだけじゃなく私もだと思うんだけど・・・。」
文句を言いながら、2人はゆっくりと墓場を後にした。
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