小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
上 下
199 / 230

Case198.決意

しおりを挟む
「事件は見事に隠蔽されて、彼らは日陰に追いやられた。数ヶ月後、江本真由香さんは病にかかり、江本君たちの前から姿を消した1年後に亡くなった。」

 沈黙が流れた。海里が小声で尋ねる。

「信武さんが亡くなったのは東堂さんと玲央さんが中学生ぐらいの時なんですよね?なぜ亡くなったんですか?」
「汚いことは数え切れないほどやっていたからね。苦しめられた被害者の1人に刺されて死んだよ。葬式に参列したのは俺を含む親戚と数人の部下だけ。2人には最後まで隠し通した。」

 武虎の言葉に玲央と龍は椅子を倒す勢いで立ち上がって言った。

「何でそんな大事なこと黙ってたの⁉︎家どころか警察組織全体の問題じゃないか‼︎」
「言えるわけないだろ?ただでさえあの時期はバタバタしてたんだから。」
「だからって!親父1人で抱え込んで納得しろとでも言うのか⁉︎俺たちだってもう子供じゃなかった・・・。何の話をしているかくらい分かる!」

 2人の言葉にカッとなったのか、武虎も叫んだ。

「身内の恥を2度も経験させられるわけがないだろ!当時言わなかったことは、間違いだと思っていない!」
「だったら落ち着いてからでも良かったじゃないか!あの時、俺たちに約束したのに、涼しい顔で破っていたってことだろ⁉︎」
「内容が違いすぎる!犯罪と不倫を同一視するな!」

 その瞬間、武虎はハッとして口を抑えた。龍と玲央もすぐに口を噤む。

「・・・・内容は違わないだろ。結果的に同じだった。親父が約束を破っていたことに変わりはねえよ。」

 苦し紛れに呟いた龍は、踵を返して部屋から出て行った。玲央も首を横に振り、龍の後を追った。

「武虎さん・・・。」
「参ったなあ。言うつもりはなかったんだけど、頭に血が昇ると困るね。」

 武虎は悲しそうに笑った。彼は天井を仰ぎ、口を開く。

「話の通り、俺は2人が中学生の頃に離婚してる。原因は妻の不倫だったけど、当時の俺は結構堪えてさ。実のところ不倫には気づいていたけど、思春期の2人にそんなこと言えなくて黙ってたんだ。その結果、離婚した後2人に言われたことが、」


“家族なんだから、1人で抱え込まずに話してほしい。これ以上家族が苦しむのを見たくないから。”


「約束を破ったのは確かに俺だ。2人が怒るのも無理はない。」
「・・・・でも、それが武虎さんからお2人への愛情ですから、自分を責める必要はありませんよ。お2人だって分かっていて、それでも話してくれなかったことが悲しいから怒ったんです。大切な人を悩ませたり、苦しませたくないと思うのは当たり前です。その思いがぶつかっているだけ・・・私はそう思います。」

 海里はそう言って圭介を見た。武虎は笑う。

「なるほどね。そんな考え方もありか。」
「あくまで一例ですよ。私が分かるのは、武虎さんたちがお互いを大切に思っていると言うことだけです。」
「2人と話せってこと?」
「まあ、そうなりますね。それと、過去のことで自分たちを責めないでください。信武さんが犯した罪に、武虎さんたちは何の責任もありません。父の気持ちが分からないと言えば嘘になりますが、復讐することが正しいとは言えませんからね。」
「・・・そうだね。」
                    
         ※

「玲央、龍。」

 2人は喫煙スペースで煙草を吸っていた。武虎の姿を見ると灰皿に煙草を捨て、向き直る。

「ごめんね。あの時、母親の不倫で落ち着かなかったあの時に、あんな話をしたくなかったんだ。」
「それは俺たちが思い悩んで苦しんだかもしれないって話?生憎、思い悩んで苦しんだって構わなかったよ。父さん1人で背負わなければ、それで良かった。」
「親父が何でもかんでも抱え込む性格だって固定分かっている。だからこそ、話して欲しかったんだ。苦しい話には違いないが、受け入れる余裕は持てる年頃だった。」

 2人の言葉は真っ直ぐだった。子供の頃と何ら変わらない、迷いのない瞳がそこにあった。

「・・・・そっか。あの時から、君たちは大人になったんだね。」

 2人は頷いた。武虎は苦笑する。

「ありがとう。今度から気をつけるよ。」
「どうかな。父さんは前科があるし。」
「平気なフリが上手いから困るんだよ。もっと感情を表に出してくれたら、楽なのに。」
「息子に説教されるなんて、感慨深いなあ。」
「年寄りみたいなこと言ってんじゃねえよ。」

 病室に戻ると、海里は笑っていた。3人が仲直りするくらい分かっていたらしい。

「圭介さんに何か言うことはないかお聞きしましたが、現時点で分かることは伝えたそうです。過去の真相は、一先ず終わりですね。」
「そうね。話を聞いた以上、決着をつける・・・ってことになるのかしら?」
「まあな。だが江本、本当にいいのか?」

 龍の質問に、海里は頬を掻いた。

「本音で言うと、父と戦いたいわけではありません。父が苦しんだことは事実ですし、母の苦しみも忘れてはいけないでしょう。しかし、“父”と“テロリスト”は別ですよ。」
「別?」
「はい。どんな事情があれ、父がテロリストとして多くの人を苦しめたことは事実です。父だからと甘えて、その事実から目を背けてはならないと思っています。」

 海里は1度言葉を止め、言った。

「だから東堂さんたちに手伝って頂きたいんです。私1人では、父の苦しみが癒せるわけでも罪を消せるわけでもない。一緒に戦って頂けますか?」

 海里の問いに龍は笑って答えた。

「元からそのつもりだ。
それに、俺たちの事情に首を突っ込んだのはお前が先。俺たちの心配を無視して関わり続けた以上、中途半端に逃げ出すことは許さない。向き合うと決めたなら、戦い抜く覚悟はあるはずだろう?」

 龍の言葉に、海里はふっと笑った。

「厳しいですね、東堂さんは。」
                   
         ※

「圭介君が裏切った?本当ですか?」
「ああ。まあ・・・あいつからしたら、俺たちの仲間になったつもりはないだろ。勝手に監視してただけだし、裏切りだとも思ってねえよ。」
「・・・・そうだとしても・・・もう少し、釘を刺しておくべきでしたね。」
「仕方ねえよ。警察に警戒されないようにしなきゃいけなかったんだからな。」

 圭介の父・圭の言葉に、拓海は溜息をついた。

「まあいいでしょう。裏切り者を連れ戻す気はありません。しかし、こちらの作戦が上手く行かなかったことも事実。作戦を変えます。」
「へえ。次はどうする?」
「和豊・和彦・綾美の3名を救出してください。今回は彼らの読みが役に立ちましたし、これからも必要になります。」
「そりゃ賛成だけど、国がいつ死刑を下すか分からないぜ?」
「だからこそ急いで欲しいのです。こちらの情報をバラされては警察が今よりも警戒を強めてしまいますから。」

 拓海の言葉に圭は口笛を吹いた。

「仰せのままに、ボス。」
「その呼び方はやめてください。あなたは昔のままでいて欲しいと伝えたでしょう。」
「無茶言うなよ。16年前から情なんて捨て去っただろ?自分の子供を捨てられる親が俺たち以外にいるならお目にかかりたいぜ?」
「それはそうですが、そういうことではありません。分かっているのに聞かないでください。とにかく、救出をお願いします。方法は問いません。」
「りょーかい。」

 圭が去って行くと、拓海は椅子に座り込んだ。

(海里・・真衣・・・なぜ東堂家の人間と一緒にいるのですか?あの家は絶やすべき血筋です。その証拠に、東堂信武は警察組織の上層部に居座り、思いのままに動かして多くの“駒”を作った・・・。世代が変わろうとも、同じ欲がないと言い切ることなどできない。
自分たちの身が常に安全でないことが、なぜ分からないのですか?)

 拓海は深い溜息をついた。亡き妻の顔を思い浮かべ、苦い思い出を噛み締める。

「私は・・・間違ってなどいない。権力を笠に着て捜査をする警察など、この世にあってはならない・・・。根絶すべき悪なのですから。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

白い男1人、人間4人、ギタリスト5人

正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます 女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。 小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

どぶさらいのロジック

ちみあくた
ミステリー
13年前の大地震で放射能に汚染されてしまった或る原子力発電所の第三建屋。 生物には致命的なその場所へ、犬型の多機能ロボットが迫っていく。 公的な大規模調査が行われる数日前、何故か、若きロボット工学の天才・三矢公平が招かれ、深夜の先行調査が行われたのだ。 現場に不慣れな三矢の為、原発古参の従業員・常田充が付き添う事となる。 世代も性格も大きく異なり、いがみ合いながら続く作業の果て、常田は公平が胸に秘める闇とロボットに託された計画を垣間見るのだが…… エブリスタ、小説家になろう、ノベルアップ+、にも投稿しております。

処理中です...