小説探偵

夕凪ヨウ

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Case192.正体①

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「江本!」 「江本君!」 「江本さん!」

 海里は倒れながら意識を失った。龍が受け止めたが、その目は既に閉じている。

「おい、しっかりしろ‼︎江本‼︎」
「磯井君、救急車呼んで!」

 すると、アサヒが海里の背後を睨みつけた。そこには西園寺茂がいる。

「あなたが・・・やったのね。」
「だったら何だ?これが目的だったのだから、当たり前だろう?」

 アサヒが一歩前に踏み出したのを、小夜が引き止めた。彼女は必死な顔で首を横に振る。アサヒは拳を握りしめた。

「見たところ、内臓に当たったようだな。せいぜい死なないよう、祈っているがいい。」

 茂は笑い、姿を消した。龍は自分の服を破って海里の傷を止血したが、溢れ出る血が止まらなかった。

「アサヒ。凪の店行って妹さん呼んで来て。ここからなら神道病院に運ばれると思う。」

 数分後、救急車が到着し、海里は病院に運ばれた。

「患者の意識は⁉︎」
「ありません!息もあまり・・・!」
「とにかく止血しろ!」

 大和は手術着を羽織り、龍たちに言った。

「輸血が必要です。現在A型のストックがないのですが、真衣さんはO型なので適合しなくて・・・東堂さんたちの誰かから頂けませんか?」
「私がやるわ。龍と玲央は事後処理に行くけど、鑑識が1人抜けても問題ないから。」
「大分必要になるが、大丈夫か?」
「問題ないわ。やって。」

 運ばれていく兄を見て、真衣はガタガタと震えていた。小夜が隣に座り、彼女の背中を撫でている。

「やだ・・海里兄さん・・・死なないで・・・・。いなくなるなんて、絶対に嫌だ・・!」
「・・・・大丈夫だって、信じてあげて。真衣さん。私たちにできることはそれだけだから。」
「小夜さん・・・!」

 真衣は小夜の胸で大泣きした。小夜は優しく彼女の頭を撫で、玲央と龍に仕事場へ戻るよう言った。2人は反対したが、やるべきことをやれと言われ、やむなく警視庁へ戻って行った。

「どうですか?大和先生。」
「脊椎は傷ついていないが、少し胃に当たったようだ。至急、縫合する。弾は抜いたか?」
「はい。かなり大きくて、少し時間がかかりましたが。」

 大和は頷きながら手早く手術を始めた。器具を移動させる音と大和の小さな指示だけが手術室に響き渡った。
                    

 どれほどの時間が経ったのだろうか。“手術室”と記されたライトが、ふっと消えた。真衣はハッとして立ち上がる。

「神道先生!海里兄さんは⁉︎」
「一命は取り留めましたが・・・非常に危険な状態です。ICUに移動します。」
「手術は成功したんですよね?」
「はい。ただ、体内から摘出した弾丸に毒が塗ってありました。毒抜きもしましたが、広がるのが早く完全に消えてはいない。」
「弾丸の周りに毒?」

 大和は頷いた。彼も相当汗をかいており、手術の大変さを理解させられた。小夜が尋ねる。

「アサヒさんは?」
「かなり輸血をしたので、起き上がれる状態ではありません。数日入院が必要です。」
「・・・そうですか。分かりました。」
 
 夕方になり、龍・玲央・武虎の3人が病院に駆けつけた。小夜から一部始終を聞き、3人は愕然とする。

「ICU・・・そんなに酷いのか。」
「ええ。原因は銃弾に毒が塗ってあったせいだと言ってたわ。最善は尽くしたけど危険だから、今夜が山だって・・・。」
「・・・・江本君の元には妹さんが?」

 小夜は頷いた。武虎は深い溜息をつく。

「何というか・・・言葉が出ないよ。江本君の怪我のことはもちろん、奴らの完璧な作戦に。」
「でも、俺たちは奴らの動きを読めていたはずじゃないのか?」
「読めてたよ。相手が上回っていたってだけ。」

 武虎の言葉を、全員があまり理解していなかった。彼は疲れた顔で壁にもたれかかる。

「こんな重い話を今はしたくないんだけどね。まず、奴らが江本君を狙撃できたのは、直前に玲央と龍の意識が集中していなかったことにあるんだ。君たち、江本君と重い雰囲気だったんだろう?」
「ああ。でもそれは・・・」
「そうだね。内通者かもしれないと疑ったから、意識が集中していなかった。だけどそれこそが、奴らの作戦だったんだよ。奴らは江本君を撃つことで、俺たちが騙されていたという事実を突きつけ、策に嵌めたことを誇示した。」
「ちょっと待って、父さん。俺は龍から、西園寺茂のことを調べるために刑務所にいる天宮和豊に会いに行ったと聞いてるよ。まさか・・・・」
「そこも読まれていたんだよ。奴らは服役すら自分たちの作戦に取り込んだんだ。」

 戦慄が走った。武虎は続ける。

「テロリストのことを知るためには、浩史が残した資料はもちろん、実際に属している人間に話を聞かなければならない。現時点でそれが分かっているのは天宮家の3人と西園寺親子だけど、彼らは必ず俺たちを拒む。となると、必然的に天宮和豊にしか話を聞けないんだ。
そして適当な話をして、奴らは警視庁を襲撃した。意味深な言葉を残し、“テロリストのことを知っている一般人は江本君や天宮君くらいだ”という意識をすり込んだ。」
「俺が聞いた重要な話を兄貴に伝えないはずがない・・・。事実を共有すれば、俺たちは2人を疑う。」
「その結果、君たち2人は疑った。でも天宮君は命を狙われていて、内通者としては微妙。となれば疑うのは江本君。そんな中、スナイパーを使って錯乱させ、江本君を撃った。」

 沈黙が流れた。小夜が震える声で武虎に尋ねる。

「じゃあ・・・何?あの3人が捕まったことすら、計算のうちだったって言うの?」
「今思い返すと、あれほど頭の切れる人間が、あんな簡単に捕まったなんておかしな話だったかもね。当時俺たちはテロリストの存在を知らなかったから違和感に気が付けなかったのも無理はないけど。」
「何よそれ・・・。そんなこと・・全て見透かしていたと言うの・・・⁉︎」

 小夜が愕然とした。自由になるために立てた作戦すら、父親の掌の上だったと信じたくないのだ。

「出し抜かれたと言ってもいいね。どの道、俺たちは奴らの策に完敗した。そして先を見通すやり口は西園寺茂ではなく、天宮和豊だと考えた方がいい。」

 龍が失笑した。誰もが同じ気持ちだった。

「好きに踊らされて・・俺たちを信頼してる奴のことを疑った結果が、これかよ。馬鹿にしやがって・・・。」

 力のない声だった。でも、と玲央が言う。

「内通者の話は嘘じゃないと思う。江本君の元に来るのが早過ぎたし、逃げた妹さんを追わないのもおかしい。」

 その時だった。廊下の奥から、走ってくる圭介の姿が見えた。

「海里が撃たれたって本当かよ⁉︎」

 玲央が何か言おうとすると、龍がそれを制した。彼は3人の前に立ち、圭介に言う。

「何で知ってる?」
「えっ?」
「ニュースでは、重傷者1名、軽症者5名としか報道されてない。“江本海里”という人間が撃たれたことは、捜査一課の一部の人間と、天宮、江本の妹しか知らないはずだ。いくら治療したのが兄でも、患者のプライバシーは守るだろうが。」
「看護師たちが・・・」
「同じことだろ。下手な言い訳は要らない。内通者は・・・・お前だな?神道圭介。」
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