小説探偵

夕凪ヨウ

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Case188.追求④

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「兄さん!大変!」

 ノックも無しに扉を開けられ、海里は原稿に走らせていたペンを落とした。

「真衣、いつもノックくらいはしなさいと・・・」
「それどころじゃないよ!こっち来て、ニュース見て!」

 真衣の必死の顔に駆られ、海里はリビングに行った。テレビではニュースが流れており、その報道は以下のようなものだった。


『警視庁の東堂玲央容疑者は、テロリストの情報を1人占めした挙句、テロリストと裏で通じているとされており、警察は更に調査をーーーー・・・・』


「は・・⁉︎あり・・得ません。玲央さんが、そんなこと・・・!」
「それだけじゃないの!ほら!」

 真衣は次の報道を聞くよう促した。


『加えて、東堂玲央容疑者に情報を提供したのは都内に住む天宮小夜と分かっており、共謀して警察を陥れようとした疑いがあります。』


(何を、言っているんだ?玲央さんと小夜さんが、テロリストと通じた?そんなこと、あり得ない。彼らに苦しめられたのに、そんなこと・・・!)

 すると、海里のスマートフォンが鳴った。龍からの電話である。

「東堂さん!このニュース、何なんですか⁉︎お2人がこんなことするはずがない‼︎」
『分かってる。無実だって誰もが分かってるんだ。だが、無実の証拠が中々見つからない。またテロリストたちに嵌められたのさ。』
「そんな・・・!どうして無実の証拠が見つからないんですか⁉︎彼らが仕組んだことでしょう⁉︎」
『天宮のスマートフォンをハッキングして犯行に及んだんだ。そのせいか、証拠が中々見つからない。世間にも情報が漏れてるから、今さっきやむなく天宮を重要参考人として連行した。』
「どうにかならないんですか?」
『親父は権力に物を言わせて行う捜査はやらない。段階を踏んで無実か否かを判断することを信念としてる。部下の俺たちがそれを曲げることはできない。』

 海里は拳を握りしめた。確実にテロリストの仕業だと分かっているのに、悪事が明るみになっていない彼らを、逮捕することなどできないのだ。

『とにかく、お前も狙われる可能性がある。妹としばらく家にいろ。』
「何もできないなんて御免です!私がお2人にどれだけ助けられたか分からないのに!」

 龍は海里と2人の関わりを思い出した。しかし、彼は静かに言った。

『・・・・気持ちは分かる。だが、ここは堪えろ。妹を危険な目に遭わせたくないなら、今は“小説探偵”ではなく“兄”として側にいてやれ。』
「・・・分かりました。」

 電話を終えると、海里はソファーに体を沈めた。重い溜息がこぼれ、両手で顔を覆う。

(一体、どうすればお2人を助けられるのですか?教えてください・・・九重さん。)
                    
         ※

「江本君、荒れてるね。」
「仕方ないだろ。どのみち、今回の件で親父は動けない。初めから仕組まれていたことだったんだ。」
「そうだね。警視総監の権力や、その息子という地位で無罪にすることは可能かもしれない。でも、そんなことをすれば警視庁の信頼は地に落ちる。テロリストたちが噂をばらまいて、お終いさ。」

 武虎は苦笑した。龍は少し考えた後、踵を返す。

「どこへ?」
「取調べ室。」

 取調べ室に行くと、小夜はぼんやりと天井を見つめていた。龍が入ってくるのを確認するなり、微笑を浮かべる。

「またこの部屋に来るなんて思っていませんでした。」
「俺も予想外だ。」

 龍は小夜の前に座ると、深呼吸をして言った。

「携帯がハッキングされていることに気がつかなかったのか?」
「ええ。爆弾解除の際には江本さんの携帯を使っていましたし、基本的に玲央や他の人への連絡は電話ですから、一々確認しませんでした。」
「ハッキングされた形跡は?」
「あるにはありましたけど、明確な証拠にはなりませんね。現にあの資料は九重さんから託された後、あなたたちに渡しています。有罪と言われても仕方ないかもしれませんね。」
「・・・天宮、お前は何でいつもそうやって・・・・」

 “自分を卑下するんだ”、と龍は心の中で呟いた。

「家から抜け出しても、まだ家に縛られるつもりか。」
「周囲が縛ろうとしてくるのですよ?逃れられるわけがない。あなたたちのことは信頼しているけれど、完全に逃げるには足りませんね。」
「・・・・そうだな。少なくとも、テロリストの戦力が減らないうちは無理だ。」

 小夜は怪訝な顔をした。龍は続ける。

「以前から、アサヒは自分の父と兄の罪を徹底的に調べている。テロリストの幹部であり、襲撃事件の首謀者、茂木賢一郎との協力など、あらゆる面の証拠を探している最中だ。」
「まさか・・・西園寺茂・克幸父子を逮捕すると?」
「それが最善だ。テロ組織の内部は知らないが、ボスとやらが分からない以上、1番厄介なのはその2人。最も、アサヒの兄のことは、俺も知らないけどな。」

 自分と同じようなことをしているのだな、と小夜は思った。だが、アサヒと自分の心がけが、根本的に違うこともまた、理解していた。

(アサヒさんは、大切な人たちのために全てを明らかにしようとしている。私は、ただの復讐心からあんなことをした。間違っていたとは思わないけど、その結果家族を失うなら、あの行動に意味などあったのかしら。)

「・・・・過去を憂うだけなら誰にもできるぞ。」

 心の中を見透かされたと思い、小夜は血の気が引いた。

「傷を希望にしろとは言わない。そんなことができないくらい、俺も知っている。だが、誰かから想われていることを理解しながら知らない振りをするのは、自分が変わっていくことを恐れているだけだ。俺はそれを慎重ではなく臆病だと思う。
天宮、お前はどっちだ?兄貴や他の人間から大切に思われていることを理解しているのに自分を省みないのは、命を捨てるためか?もしそうなら、俺はお前を軽蔑する。」

 龍の言葉に、小夜は何も言えなかった。その通りなのだ。

「ここにいる誰もが、お前と兄貴の無実を証明しようと戦っている。守られるだけで構わないなら何もしなくていいが、もし嫌なら、考え方から改め直すべきだ。そうしないと、お前は何も変わらないし前に進めない。」

 龍は軽く溜息をつき、椅子から立ち上がった。彼は部下に小夜を休ませるよう言い残すと、颯爽と部屋から去って行った。
                    
         ※

「天宮君に色々言ったようだね。良かったの?」
「・・・あの程度でへこたれる人生は送ってないだろ。自分を卑下する態度が気に入らなかったから、ああ言っただけだ。」
「確かに、彼女は多くのものから逃げているね。玲央との関係も、テロリストとのことも。・・・お灸を据えるという意味では、悪くはなかったんじゃないかな。」

 武虎の言葉に、龍は頷いた。

「で、玲央は何を?」
「どこのテロリストか分かるかもしれないから、今一度捜査してる。磯井たちも手伝っているし、そのうちたどり着くだろう。」
「それは良かった。君は玲央と天宮君の無実を証明するために動くの?」
「いや。伊吹・井上課長たちで十分だ。俺は西園寺茂を追う。現在、アサヒが父子揃って捜査中だが、こちらは時間がかかるだろう。だから取り敢えず、あの男の動きから組織の全体像の捜査に移る。気になることもあるしな。」
「気になること?」
「そのうち話す。とにかく、親父は何も心配しないでくれ。この件は俺たちで片付ける。そしてこの件が、テロリストを潰す一歩になることを祈ってくれればいい。」

 龍の言葉に武虎は安心した笑みを見せた。

「頼もしいね。そうさせてもらうよ。」
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