小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
上 下
191 / 234

Case186.追求②

しおりを挟む
「取調べをしろと?馬鹿なことを。やったところで玲央の無実が明らかになるだけだ。」
「それならそれで結構。」

 茂は笑い、根岸を見た。

「こんな小物がどうなろうと知ったとこではない。早々に逮捕でもすればいい。証拠は出揃っているのだからな。」

 武虎は眉を顰めた。彼も、龍も分かっていたのだ。一般人に被害が及ぶことを嫌う玲央が、それを黙って見過ごせないことを。そして、“天宮小夜”という存在の大きさも。

「まあ、私は警察じゃない。調べるのはお前たちだ。これからどうするかは勝手にすればいい。だが・・・1人の“一般人”の命と、自分の無実の証明。どちらが大事か考えれば、すぐに分かるんじゃないか?優秀な警部殿は・・な。」

 玲央は茂を殴りたくなる気持ちを必死に抑え込んだ。彼は薄気味悪い笑みを浮かべながら、颯爽と部屋から出て行った。

「・・・犯罪者との繋がりなんて大したことないと思っていたんだけどね。テロリスト相手とは、大きく出てくれるじゃないか。根岸君。」

 武虎は視線で龍に合図をした。彼は頷き、根岸に手錠をかける。

「龍。取調べは君がやって。俺は少し玲央と話す。」
「分かった。」

 2人が出て行くと、武虎は深い溜息をついた。

「俺もヤキが回ったかな。こんな簡単な手に気づけないなんて。」
「父さんは悪くないよ。俺自身ガードが甘かった。テロリストの件を表沙汰にしていないことが、こんな形で返ってくるなんて思わないだろ?」
「まあね。ただ、この情報は厄介だよ。いくら西園寺茂が天宮君のスマートフォンをハッキングしていたとしても、送り主は彼女のアドレスだ。このままじゃ君も彼女も罪に問われる。テロリストたちも動き出しているだろうから、最悪の事態も考えないとダメだね。」

 玲央は拳を握りしめた。歯軋りをし、茂のほくそ笑んだ顔を思い出して吐き気がした。

(クソ!どうしてこんな時に、俺は何もできないんだ⁉︎以前、小夜が容疑者にされた時も九重警視長に助けてもらって・・・今度は父親と弟⁉︎こんなこと、何度もあってたまるか!)

「いい表情だね。」
「えっ?」
「本気で守りたい者がいれば、人は本気で怒る。君からは彼女の大切さがよく伝わってくるよ。」
「・・・冗談言ってる場合じゃないだろ。」
「冗談でも言わないと気持ちが晴れないんだよ。2度もテロリストたちに嵌められて、俺が平気だと思う?」
「怒ってるってこと?」
「当然じゃないか。俺だって人並みの感情くらいあるさ。」

 武虎が首をすくめるのを見て、玲央は思わず笑ってしまった。父親のそんな姿など、もう何年も見ていなかったのだ。

「ありがとう、父さん。少しすっきりしたよ。」
「それなら良かった。で?これからどうするつもり?あんなくだらない取調べ応じる必要はないよ。」
「確かにくだらないけれど、あの男のことだ。警視庁内に情報は出回っているはず。疑わしきは罰せずだけど、周囲から見れば俺は怪しい。自分の意思を曲げるわけにもいかないから、取り調べは受けるよ。」
「・・・そっか。じゃあ、あの2人に頼もうかな。決して公正さを欠かず、誰が相手であろうと仕事をこなす、あの2人に。」
                    
         ※

「それで俺たちに取り調べ?警視総監も面白いこと考えやがる。」
「でも以前小夜を取り調べていたじゃないですか。井上課長、伊吹。」

  その言葉に洋治は一瞬動きを止めた。

「あれは・・・」
「根岸元警視監のご命令でしょう?何となく分かりますよ。悪役を演じた気分はどうだったんです?」
「・・・私、あなたのそういうところはやっぱり嫌いですよ。玲央。」
「同期に向かって酷い言い草だなあ。」

 3人は取調べで談笑していた。玲央本人も2人も、罪がないことなど分かりきっているからだ。しかし、聞くことは聞かねばならなかった。

「西園寺茂が言ったそのメール、いつ送られてきてたんだ?」
「小夜が爆弾を解除した直後くらいですね。確かに小夜から送られて来ていましたけど、西園寺茂が仕組んだことでしょう。最も、証拠はありませんが。」
「そう、それだよ。」

 洋治の言葉に、玲央はハッとした。

「普通、テロリストは大掛かりなことをして証拠を残す。奴らで例をあげるならあの襲撃だが、足跡1つ残さず消えて行った。早乙女佑月に関しても同じだ。一般人を殺したが、あの男自体、裏社会の人間で認知されず、犯人は不明となった。お前だって、テロリストだとは知らなかったんだろ?」
「ええ。ただの暴力団の組員だと思っていましたよ。」
「ですがあの男ですら、テロ組織の中では下位に当たるはずです。玲央、天宮さんから送られたメールに添付されてあった内部編成、どうせ見れないでしょう?」
「生憎。」
「まあ当然のことですね。ここまで狡猾な者たちがそんな馬鹿な真似をするわけがない。」

 伊吹の言葉に、玲央は頷いた。

「ただ何となく読むことはできます。西園寺茂や早乙女佑月が“ボス”と仰ぐ人物が頂点におり、天宮・西園寺の両家が幹部として支え、その下に構成員。そこに位置するのが、早乙女佑月だったのでしょう。」
「・・・・腑に落ちねえな。奴らは強大な戦力を有していた。ボスとやらが何者かは知らねえが、天宮や西園寺は表社会にも顔を出す身だ。以前の襲撃でお前らが出会ったような、外国軍人を雇えるとは思えねえ。何かツテがあるのかもしれないが、今のところそんな話は出て来ていない。」
「やっぱり気になりますよね。一体・・・。」

 すると、扉をノックする音がしてアサヒが入ってきた。

「失礼。そのテロリストと裏で繋がっていた根岸信真が茂木賢一郎に渡した、“これ”を見て欲しいんです。」

 アサヒが出したのは茂木が自殺用に使おうとしていた手榴弾だった。

「確か龍がアメリカ製と言ってたよね。」
「ええ。それはともかく、ここを見て。」

 アサヒが指し示したのは手榴弾の裏側にある、水色の線だった。3人は首を傾げる。

「何かこれ・・不自然だな。汚れじゃなくて、模様だったのか?」
「はい。恐らく、茂木が扱っている間に消してしまったのでしょう。ただ1つ言えるのは、これはテロリストの持ち物であり、ここにはシンボルマークがあったということ。」

 3人が顔色を変えた。アサヒは続ける。

「この推察が正しければ、もっとテロ組織を絞り込めます。九重浩史警視長から託されたあの資料を、今一度見返せば・・・。」
「テロリストの正体が分かる・・・?」

 アサヒは頷いた。玲央たちは立ち上がる。

「こんな所で油を売ってはいられません。玲央。資料はあなたが目を通してください。私と井上課長はあなたの無実の証拠を掻き集めます。いくらハッキングしたと言っても、所詮は他人の手によるもの。必ず綻びはあるはずですを
「・・・協力してくださるんですか?」
「この状況でやらないわけねえだろ。俺たちも冤罪はもう御免だ。とっととやるぞ。」
「はい。」
                      
         ※

「ついに動き出したか・・・。こっちも、そろそろ潮時かな。」

 圭介は深い溜息をつき、背後の巨木に背中を預けた。天を仰ぎ、光に目を細める。

「真実を話すことすなわち、過去の傷を思い出させること。海里と真衣に話したら、あいつらは・・・どうなっちまうんだ?」

 風のざわめきが、圭介の不安を掻き立てた。圭介は舌打ちをする。

「クソが。何で、昔のままじゃダメだったんだよ。・・・・親父、お袋。」
しおりを挟む

処理中です...