小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
上 下
175 / 234

Case170.病院の亡霊④

しおりを挟む
「えっ、何事?」

 あまりに大きなサイレンで、海里たちは叩き起こされた。窓側にいた海里がカーテンを開けると、赤い光が差し込んでくる。
 すると、一気に廊下の電気がつき、医師や看護師が走り回っていた。

「緊急手術を行う!急ぎ手術室の準備をしてくれ!」

 大和の焦りと同様が混ざった声が聞こえた。海里たちはますます不信感を募らせたまま一夜を過ごし、翌日、騒動の原因を知ることになる。

「神道院長が交通事故に⁉︎」
「はい。叔父は昨夜仕事が終わって先に病院を出たんです。そしてしばらくしたら、叔父が轢き逃げされたとの電話があって。」
「手術は成功したんですか?」
「はい。ただ、しばらく目を覚まさないと思います。麻酔が効いていることもありますし。」

 淡々と述べる大和の顔は真っ青だった。海里は難しい顔で腕を組む。

「智久さんが狙われるなんて・・・過去の事件と関係は?」
「ありません。恨みも買う人ではなかったかと。」
「・・・大和さん。先日小倉蛍さんから聞いた話、誰かに話しましたか?」
「いいえ。ここでしか話していません。当然家族にも言っていませんよ。」

 海里は天井を見ながら深い溜息をついた。

「申し訳有りませんが、大和さん。現時点での最有力容疑者は小倉蛍さんになります。1度ここへ連れて来てもらえませんか?」
「しかし、小倉院長が許してくれるか分かりませんよ?」
「同伴でも構いません。そちらの方が聞きやすいので。」
「分かりました。」

 その日の午後、蛍と友紀が神道病院にやって来た。海里は名前と立場を名乗り、警戒されないようにゆっくりと話を始める。

「お2人は、先日小倉病院に亡霊が出たことをご存知ですか?」
「一応知っているが、それが何だ?亡霊なんてどうでもいい。探偵なら早く事件の解決をしてくれ。」
「私は警察に協力している小説家にすぎません。私が言いたいのは、その亡霊の正体がお2人のどちらかではないかということなんです。」

 友紀と蛍は心底驚いた様子だった。海里は気にせず続ける。

「まずこちらをご覧になってください。」
「これって・・・写真?私と父さんの、昔の・・・・」
「はい。ある人から提供して頂きました。監視カメラに写っている人物と、お2人の瞳を写真を通して調べた結果・・・友紀さん。あなただと分かったんです。」

 龍は内心溜息をついた。亡霊の正体がどちらなのか分かっていたくせに尋ねる海里を見ると、父親と兄が重なった。

「あと、智久さんを轢いたのも友紀さんですよね?刑事さんに車を調べてもらったら、凹みと血痕がありました。」

 友紀は真っ青になり、叫んだ。

「・・ち、違う!なぜ私が智久先生を狙わねばならない⁉︎友人だ!」
「過去を知られたと思っていたからでしょう。あなたは・・・大和さんだと思って轢いたのでは?」
「え・・・⁉︎父さん、そんなことを・・・⁉︎」
「断じて違う!過去?何の話だ!身に覚えのないことだ!」

 海里は頭を掻いた。すると、彼は本の下に置いていたレコーダーを取り出し、スイッチを押した。


『今から20年前、小倉病院にある女性患者が運び込まれてきました。女性の名前は・・・』


 蛍の顔色が変わった。海里は途中で停止ボタンを押す。

「ここに過去の話が入っているんですよ。娘さんの声であることはお分かりですよね?このまま流しましょうか?」
「ふっ・・ふざけるな!こんな真似が許されるものか‼︎警察でもないのに、こんな勝手なこと・・・!」
「提案したのは大和さんですし、警察の方は許可されました。彼はその同意に従って行ったに過ぎません。とにかく、これで過去の証明はできるんです。事故のことも、車を調べればすぐに分かるでしょう。言い逃れはできませんよ。」

 海里は淡々と告げた。蛍は真っ青な顔で父親を見ている。彼女は震えながら海里に尋ねた。

「じゃあ・・・父が矢倉副院長を・・・・」
「いいえ。犯行時刻友紀さんは仕事をしていたことが防犯カメラで分かっています。私が彼を呼んだのは、あくまで亡霊と智久さんの件です。友紀さん、なぜ亡霊など作り上げたんですか?」

 沈黙が流れた。友紀は拳を握りしめ、ゆっくりと口を開いた。

「過去の罪を、思い知らせるためだ。あいつのせいで、あんな事件が・・・!」
「でも最終的に手術をしたのはあなたでしょう?お金に踊らされず現実を見ることはできなかったんですか?」

 海里はあくまで真っ直ぐだった。蛍は感心したように息を吐く。

「黙れ‼︎お前も変わらない!所詮人なんて・・・権力と金に目が眩む!お前だってそこにいる刑事だって、変わらないだろ‼︎」

 その途端、海里の目から光が消えた。顔立ちが整っているだけに、怒る表情も迫力がある。

「あなたの価値観で物事を語らないで頂けませんか?自分で言うのも何ですが、私は権力やお金に興味はありません。それはお2人も同じです。」
「何を・・・!」
「あなたも医者なら分かるのでは?お金で命は買えない。意識不明の患者が、お金を注いでも意識を取り戻すわけじゃない。そこにあるのは献身的な介護と想いです。医師は人を治し、患者は医師に恩義を示す。それが医療ではないんですか?
私は、“治す”という想いと“治したい”という想いが重なって医療機関ができていると思っています。組織的な力なんて知りませんし興味ありません。少なくとも、私が見てきた警察や医師は、他人のために力を尽くせる方ばかりです。組織的な力に屈服などしない。・・・・絶対に。」

 海里はそこで息を吐き、穏やかな表情に戻った。

「私からの話は以上です。まもなく警察がいらっしゃいますから、後はそちらにお任せします。」
                   
         ※

「では、矢倉雅二さん殺害の話に入りましょうか。」

 海里の言葉に、龍と玲央は頷いた。

「被害者が発見されたのは手術室。後片付けをしていた際に、何者かに惨殺されたと考えられる。凶器ははっきりしていないが、食堂から包丁が無くなっていたことが分かっている。」
「加えて、被害者の首には絞殺の跡があったみたい。恐らく、絞殺しても絶命しなかったから惨殺した。ただ食堂は1階、現場は5階と離れていたため、初めから包丁を持っていたと考えられているよ。」
「・・・亡くなったのは深夜2時~3時の間ですか。就寝時間は過ぎているので、中に人が少なかったことは事実ですね。調査の結果、裏口から侵入し、窓から逃げたことが分かっていますが、犯人の手がかりはなし・・・。」

 3人は口々に調査資料を読み上げ、頭を抱えた。龍は3人の話を聞いている義則に尋ねる。

「お前も現場に行ったんだろ?何かしら犯人の手がかりはなかったのか?」
「ありませんでした。西園寺警部に確かめて頂こうと思ったんですが、これ以上仕事を増やすな、他に頼めと一括されまして・・・。」
「まあ・・仕方ないかな。増やしたの俺たちだし。」

 海里は資料を見ながら呟いた。

「・・・・犯人は左利きでしょうか。主に胸の左側に傷が多いですよね。右利きだと、包丁を振り下ろしたら右側に傷がつくのでは?」
「そうだな。だが20年前の事件にこだわるなら、左利きは深田桃菜だ。振り出しに戻るぞ。」

 海里は深田桃菜及び、20年前に亡くなった泉吉郎の両親の資料を見た。深田桃菜は実家に帰り、両親は行方が分かっていないらしい。

「実際、深田桃菜さんは20年前の件をどう思っていたんでしょうか。子供の命を犠牲して、自分が優先されたことは知っているんでしょうかね。」
「確かに、その記述はないね。磯井君。行って聞いてきてくれる?」
「え、でも・・・実家遠いですよ?」
「最悪電話でも構わないよ。連絡先は調べたら入手できるだろう。それと、深田桃菜を知る人間を探して聞き込み。医療関係者も当たって20年前のことも詳しく探って。」
「はい!」

 義則は敬礼し、走り去って行った。
しおりを挟む

処理中です...