小説探偵

夕凪ヨウ

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Case168.病院の亡霊②

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「話は分かりました。さりげなく探れば良いんですね?」
「本当にいいのか?神道。」
「構いませんよ。どのみち、手術の依頼で小倉病院に行く予定がありましたから。」
「依頼って・・・大和さんは神道病院の医師でしょう?」
「ええ。しかし、まだ院長ではありませんし、助け合いには加担するよう叔父に言われていますから、よくあることです。」

 大和はそう言って席を立ち、颯爽と去って行った。洋治は呆れ笑いを浮かべる。

「こんな強引な方法でやるとはな。で、さっきの記事は何なんだ?」
「これですか?大和君が難病を手術したっていう記事ですよ。何でも政界の大物の手術だったとか。」

 玲央から受け取った新聞を見て、洋治はなるほど、と言った。

「とにかく、これで情報は集まるでしょう。あなたたちも早く傷を治して戻って来てくださいね。」

 2人が出ていくと、龍はふとカレンダーに目を止めた。

「東堂さん?」
「いや、怪我すらしてなけりゃ月命日だったと思ってさ。」

 玲央は苦笑した。

「父さんが代わりに行くと言っていたし、問題ないよ。それにしても・・・偶然なのかな。」
「え?」
「九重警視長が亡くなったのも、2ヶ月前の25日。あの人は、わざとそうしたのかもしれないって・・・考えちゃって。」

 海里は4年前2人を襲った悲劇を想像した。大切な家族を、愛する者を、一夜のうちに失った2人・・・。そして2ヶ月前、上司すら失った。

「過去を振り返るなんて、歳かな。」
「冗談よせって、兄貴。」
                    
         ※

「来てたんだ、天宮君。」
「・・・ええ。何となく・・来たくなって。」
「怪我はもういいの?」

 小夜は頷いた。武虎は風子たちの墓石に花を置き、1人1人手を合わせる。

「今どうしてるの?自分の家に戻って1人暮らし?」
「そうしたかったんですけど、今回の一件で危険さが増したので・・・。アサヒさんの勧めで凪さんと美希子さんの所にいます。」
「なるほど。確かに、あれだけ派手に暴れた以上、下手な手出しはしないだろうしね。」
「はい。でも、すぐに家に戻りますよ。これ以上、他人と深く関わりたくない。」

 武虎は何も言わなかった。小夜の存在を、テロリストたちが狙っていることは明らかであり、周囲が巻き込まれてもおかしくないのだ。

「先日、西園寺茂が言っていた“鍵”って何のこと?」
「・・・・これです。」

 小夜が取り出したのは、自分の瞳と同じ真っ青な宝石がついたネックレスだった。武虎は思わず目を丸くする。

「重要なのはこの宝石ではなく、側面の部分なんです。これ、分かりますか?」
「この金の部分?これの何が・・・あ、モールス?」
「はい。」

 宝石がはめられた型の側面にはわずかだが不自然に出っ張っている箇所があった。

「西園寺茂はこれを狙っていたんだね。でも、それは何の鍵なんだい?」
「一言で言えば、金庫です。天宮家の金庫には、莫大な財産がある。私が幼い頃、父は自分の跡を継ぐ者として私にこれを託した。その時から、私が金庫の管理者であり、鍵を持つ唯一の者になった。」
「・・・なるほど。でも、何か引っかかる話だね。そのネックレスが重要であることは理解できるが、金庫の鍵にしては単純だ。誰かに取られてもおかしくない。」
「もっともな意見です。父にしては甘い。聞きに行こうとも思ったけれど、今更顔を会わせる気も起きませんから。」

 小夜はそういうと、一礼して去っていった。武虎はその後ろ姿を見送りながら溜息をつく。

「全く。何でうちの息子は、揃いも揃って色々抱え込んでいる女性を好きになるのかな。変な所まで、俺に似なくていいんだけど。」
                          
         ※

 東京都。小倉病院。

「いやあ、来てくださって感謝します。大和先生。」
「いえ。お久しぶりです、小倉院長。」

 大和は小倉病院の院長・小倉友紀と握手を交わした。友紀は初老手前の男で、長年医師をしているベテランだった。

「智久先生にはいつもお世話になっています。甥が優秀ですから、先生も安心でしょう。」
「そんな・・・。僕もまだまだですよ。手術を受け持った患者全員を救えたわけではない。」
「医師の悩みですな。我々が力を尽くしても救えぬ命がある。自ら死を望む人間にとっては、我々は邪魔者でしょう。」
「自ら死を望む人がいなく慣れば嬉しい話ですが、世の中の理不尽はどうにもなりませんからね。」

 そんな話をしているうちに、急患が飛び込んで来た。マンションの4階から誤って転落し、頭部を破損しているらしい。

「すぐに手術を行います。準備をお願いします。」

 大和は素早く着替え、手術を行った。発見が早かったためか、それほど傷は深くなく、手術は1時間程度で終了した。

「ありがとうございます!」
「いえ。お大事になさってください。」

 手術を終えた後、大和は休憩スペースで考え事をしていた。

(この病院で医療ミスがあったなんて信じられないな。医師も看護師も優秀で、患者のケアも問題ない。ただの噂?叔父さんに聞いたほうがいいのだろうか。でも・・・・)

「神道先生?」
「蛍さん。」

 やって来たのは友紀の1人娘である小倉蛍だった。彼女も大和と同様、医師として働いており、次期小倉病院の院長だった。

「手術、素晴らしかったです。やはり天才と謳われるだけありますね。」
「大げさですよ。僕の医療技術は叔父の教育の賜物だ。僕は将来叔父を超えられないと思っています。蛍さんこそ、ついに院長になることが決まったと聞きました。おめでとうございます。」
「私なんてまぐれですよ。父は私を信頼しているけど、どのみち私1人では病院を運営することはできません。そのうち父が決めた人と結婚して、形だけの院長になるだけです。」

 蛍の言葉に大和は尋ねた。

「・・・・医師の仕事がお嫌いですか?」
「とんでもない。患者さんを救える喜びがある以上、この仕事は辞めません。ただどこか、組織的な力が働くのが苦しいだけ。」

 その言葉に、大和は何も言えなかった。途端に、この病院の過去を調べなければならないということを思い出したのだ。

「僕は、小倉院長とこの病院を信頼しています。だからこそ、お聞きしたいことがある。」
「何ですか?」
「・・・・今から20年前、この病院で医療ミスが起こったという噂を聞いています。本当ですか?」

 蛍の顔色が変わった。微かに体を震わせ、彼女はゆっくりと口を開く。

「あれは事故だったんです。決して殺人ではない・・・!そうでなければ、ならないんです。だから・・・」
「お話ししてくださいませんか?今日は、そのためにここに来ました。」

 蛍は迷っていたが、やがて軽く頷き言った。

「分かりました。でも、他言無用でお願いします。神道先生を信頼してお話しすることですから。」
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