小説探偵

夕凪ヨウ

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Case161.愛の刃④

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「アサヒ!」

 病室の扉を開けると、ベッドに寝転んだアサヒがいた。点滴をしており、頭と腕に包帯を巻いている。

「2日ぶりくらいかしらね。何か事件に進展あった?」
「いや、そこじゃないでしょ。その怪我はどうしたの?今までどこに?」

 アサヒは軽く右手を上げ、3人を制した。

「落ち着いて。ちゃんと説明するから。」

 こちらの心配など気に求めていないかのように、アサヒは笑った。上半身を起こし、彼女は2日間の出来事をゆっくりと語り始めた。

「2日前の夕方に、警視庁を出て、いつも通り家に向かってたの。途中で凪と美希子に顔だけ見せて・・・彼女の酒場を通り過ぎたくらいだったかしら?急に背後から殴られたのよ。幸い影が見えたから避けて、死にはしなかったわ。その後のことは・・・よく覚えていない。気がついたら、山の中の小屋にいた。」
「山の中?まさか、あの現場ですか?」
「ええ。起きたら拘束はされてなかったけど、麻酔でも打たれたのか、体は動かなかったわ。そして、意識がはっきりしてきた頃に、誰かが小屋に入ってきた。」

 3人の目つきが変わった。アサヒは苦笑する。

「フードを被っていたから、顔全体は見えなかったわ。顔の下半分だけ見るに、女である可能性は高いと思う。犯人は色んなことを話していたけど、繰り返し私にこう言った。“すぐに殺したいけれど警察が来ていて時間がかかる。それまでは殺さないから、大人しくしていろ。”、ってね。」

 アサヒは息を吐き、首をすくめた。

「犯人は頭が良いのか悪いのか分からないわね。それだけを言い残して出て行った。その後、私は麻酔が切れたから当然逃げた。周囲は断崖絶壁でもなく、橋がかかっていたから楽に山を降りることができたの。逃げ出したのは昨日の夜で、1日ネットカフェに身を隠してここに来たってわけ。」

 沈黙が流れた。海里は尋ねる。

「では、その包帯は麻酔を打たれた後?」
「そういうこと。あと、犯人は私がいなくなったことには気づいてると思うわ。でも小屋には行けない。かかっていた橋が落ちたの。」
「自然に、ですか?」
「ええ。かなり古かったからね。まあ何はともあれ、無事に生還したってこと。」

 龍は、何かを考え込むように顎に手を当てていた。やがて、彼はスマートフォンを取り出すと誰かに電話をかけながら病室を出て行った。

「本当に無事で良かったよ。荷物は取られなかったの?」

 玲央は出て行った龍を一瞥した後、アサヒに尋ねた。彼女は頷く。

「運の良いことにね。特に中身に変わりはなく、小屋に置いてあった。
で、今度は私が聞く番。・・・あの現場に行方不明者の遺体が散乱していたのは事実?」
「うん。さっき見て来た。酷い有様だったよ。」
「被害者たちの死因は?」
「様々でした。撲殺、絞殺、水殺、焼殺・・・。」
「随分と器用な犯人ね。でもまあ、これではっきりしたんじゃない?山の中にある小屋なんて、地元の人間しか知らない。あの周辺に住んでいる人間が犯人。それは確実でしょ?」

 玲央は頷いた。すると、龍が電話を終えて戻り、言った。

「犯人はほぼ確定してるが、確実な証拠がない。そこで、犯人を嵌めようと思う。」
「直球ですね。しかしどうやって?」

 龍はアサヒと目を合わせた。

「私に囮になれって言うの?」
「できることがそれくらいしかない。兄貴や江本に行方不明になられたら困るしな。」

 龍の言葉に海里は目を丸くした。

「えっ?私が・・ですか?」
「ああ。今回のアサヒの件で分かった。犯人の目的は同級生なんかじゃない。標的に近づく全ての人間が対象だ。」

 玲央が深い溜息をついた。ゆっくりと立ち上がり、呆れた声で言う。

「・・・その標的は自分だって言いたいんだね。全く・・あれから何年経ったと思ってるんだ?相変わらず凄まじい執着だよ。」

 2人の会話の意味が、海里とアサヒは全く分からなかった。

「犯人は小屋に行き、アサヒがいないことを理解するだろう。江本、お前には、犯人に話を聞くために協力してもらいたい。」
「と言うと?」
「俺が犯人にアサヒの病室を教える。恐らく殺しに来るはずだ。アサヒは大した怪我をしていないとはいえ、入院中の身で派手な動きはするべきじゃない。お前、1人くらいなら取り押さえられるだろ?」
「はい。つまり、アサヒさんを殺そうとここに来た犯人を取り押さえれば良いんですね?その上で、話を聞く・・と。」
「そうだ。だから、“誰が来ても”手加減するな。不要な感情は命取りになる。」

 龍の言葉を不思議に思いながら海里は頷いた。

「・・・はあ。分かりました。」

         ※

 その日の夜、海里たちは密かに犯人を待った。

 そして数時間が経った頃、甲高いヒールの音がアサヒの病室に近づいて来た。音が鳴らないように扉が開かれ、犯人は迷うことなくアサヒのベッドへ足を運ぶ。
 そして鞄から包丁を取り出し、彼女に向かって振り上げた、その瞬間、小さな悲鳴と刃物が床に落ちる音がした。

「そこまでですよ。」

 海里の声と同時に、扉が開いて部屋の明かりがつき、龍と玲央が入って来た。龍は海里に押さえつけられた人物を見ながら、軽く溜息をついた。

「やっぱりお前か。峯岸。」
「龍君・・・⁉︎」

 峯岸萌音は龍を見て信じられないという顔をした。龍は無言で屈み、萌音が落とした鞄を拾った。中を探ると、清掃員の服と睡眠薬があった。

「生憎、下手な手にはかからないようにしてるんでね。この程度の睡眠薬じゃ眠らないし、変装なんてもってのほかだ。」
「どうしてここにいるの?私の家に来た時、1日現場にいるって言ったじゃない。」

 混乱した様子の萌音に、龍は冷静に言った。

「嘘に決まってるだろ?俺たちはお前が家を出た時を見計らって、部下を動員してわざと病院に来させたんだよ。おかげで、作戦は成功した。」
「ご丁寧にお茶に睡眠薬まで入れて出してくれたよね。真剣に飲むように進めて、怪しすぎるよ。」

 玲央は苦笑した。萌音は歯軋りをする。龍は冷静に尋ねた。

「動機は承知しているつもりだが、一応聞いておこうか。何でこんなことをした?」
「・・・ずっと・・変わらないわ。中学生の頃から、私はずっと、龍君のことを・・・‼︎」
「桜田とは嫌々結婚したとでも?」
「身を固めろって両親に言われてたの。そしたら、偶々告白されて・・・・取り敢えず結婚した。」

 龍は鼻で笑った。くだらないとでも言うかのように首を振る。すると、彼はポケットからジップロックに入った現場に落ちていたネックレスを取り出し、萌音の前に投げた。

「そのネックレス・・私が落とした・・・・。」
「元々お前の物じゃないけどな。風子が失くしたと言った時はさして気に留めていなかったが、お前が盗んでいたとは思わなかったよ。」
「だって、羨ましかったのよ!風子だけ・・ずっと・・・だから!」
「それが窃盗の理由になるわけないだろ。」

 龍は冷たい視線を萌音に送った。海里は終始信じられないのか、驚いている。
 すると、玲央が無表情で続けた。

「本当、変わらないね。人を好きになるのは自由だけど、そのために他人を傷つけることは理解できないな。静かに見守る気はないのかい?」
「うるさい!あなたに、何が分かるのよ⁉︎ずっと雫に何も言わずに、色んな女と付き合ってたくせに!」
「君ほどタチは悪くないよ。」

 玲央は淡々とそう言った。龍は尋ねる。

「なぜあんなに同級生を殺した?あいつらには何の罪もない。普通に暮らしていただけだ。」
「理由なんて決まってる!龍君のために・・・!」  

 龍は笑った。しかしそれは嘲笑で、その目に光はない。

「俺のためだと言うなら、大人しく逮捕されてくれるんだろう?警察官の俺に殺人が必要だなんて、無茶苦茶な思考回路だからな。」

 龍が本気で怒っていると玲央には分かっていた。普段の彼からは考えられないほどの侮蔑の眼差しと言葉がそこにはあり、龍自身もそれを理解していながら、言葉を止めはしなかった。

「最後の機会だから言っておくよ。峯岸、お前が俺に向けている“それ”は、愛情なんかじゃない。いや、俺への愛情すら無いと言っていい。今のお前は、ただの血に飢えた殺人鬼だ。」

 何の感情もない龍の声が、病室内に静かに響いた。
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