小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
上 下
156 / 230

Case155.容疑者・江本海里③

しおりを挟む
「これは・・・血?だとしたら、犯人はここで血のついた手か何かを洗った?壁が濡れているのは勢いよく水を出したせいで、血もその時に・・・?」

 海里は県警からもらったゴム手袋をはめ、洗面台の下にあるゴミ箱を開けた。

「これ、は・・・。」
「おや、何かありしたか?」

 吾妻の声に応えるように、海里はゴミ箱の中身を引っ張り出した。
 彼が取り出したのは、血のついたバスローブだった。

「私は昨夜バスローブを使っていません。脱衣所の所に自分の物があります。被害者も同じ物を着ていますし、これは犯人の物だと考えるのが妥当では?」

 吾妻は微笑を浮かべ、首を捻らせながら言った。

「どうでしょうね。元々あなたが持ってきていた可能性は否定できない。ありもしない犯人をでっち上げるなんて無茶苦茶だ。」
「でっち上げてはいませんが、とにかくこれは犯人に繋がる証拠品です。管理はそちらにお任せします。」

 海里は半ば強引にバスローブを渡した。吾妻はそれを受け取り、すぐに部下へ渡す。

(犯人はバスローブを着て犯行に及んだ。つまり、被害者同様入浴後。となると犯行時間は午後20時より後になる。加えて、田村恵一郎はパーティーに21時まで出席していたという話がある。大浴場を使ったとしたら犯行時間は限られるけど・・・。)

「すみません。田村さんの部屋に案内してくれませんか?」
「・・・まあ、そのくらいなら良いでしょう。私たちも確かめたいですし。」

 海里たちは颯爽と田村恵一郎の部屋に向かった。右隣の部屋には田村の妻子が泊まっており、左隣の部屋には秘書、その隣にSPが泊まっていた。

「ではSPの皆さんは21時に警護を終えて部屋へ。その後は秘書の永井九郎さん、あなたと一緒だったんですね?」
「はい。奥様とお子様は20時頃に部屋に戻られました。もし事件のことをお聞きになるにしても、今は・・・。」
「落ち着いたらお聞きしますよ。永井さんはいつまで田村さんと?」

 永井は思い出すかのように天井を仰いだ。

「ええっと・・・パーティーの片付けが終わった21時半くらいです。私は部屋で入浴しましたが、田村先生は大浴場に行かれて。」
「1人で、ですか?」

 永井は頷いた。海里は政界の重鎮がそんな簡単に1人になっていいのかと不思議に思い、首を傾げた。

「最後に田村さんの姿を見たのは誰です?」
「ホテルマンが22時頃に大浴場から出てくる田村先生を見たそうです。」
「つまり22時までは生きていた・・・。私の部屋に血痕はありませんでしたから、殺害場所は・・・・」

 海里はさっと部屋に入った。居間の中央に赤黒い染みがある。

「ここですね。」
「殺されたのが部屋の中ということは、田村は犯人に気を許していたのでしょう。」

 そういったのは吾妻だった。海里は頷く。

「そうですね。部屋に入れる人は限られています。そして、ここはオートロックです。部屋の中にいる人間が開けなければ他者は入れない。田村さんはここで殺害された後、“なぜか”犯人に運ばれ、私の部屋に放り込まれた。」
「まだ犯人探しを?」
「当然です。それに、仮に私が犯人だとして、なぜ遺体を自分の部屋に放置するんです?自分が犯人だと宣言しているようなものでしょう。ですから、私は犯人ではないと言っているんですよ。」
「どうだか。」

 皮肉な笑みを浮かべる吾妻をあしらい、海里は田村の鞄を探った。

「永井さん。田村さんは睡眠障害を抱えていらっしゃったんですか?」

 海里はそう言って小さな瓶を出した。永井は頷く。

「多忙とストレスで眠りが浅いので用意されていました。毎夜必ず服用されていたと思いますよ。」
「・・・・抵抗した後がなかった理由はこれかもしれませんね。」

 吾妻は瓶を見つめ、指紋がついていることに気がついた。海里から半ば強引に奪い、鑑識に渡す。

「ちょっと待ってください。それ、一粒頂けませんか?」
「はあ?」
「念のためです。」

 吾妻は渋々と言った様子で海里に一粒渡した。海里は礼を言いながら受け取り、小さなジップロックに入れる。直後にスマートフォンを出し、薬の写真を撮った。

「何を?」
「専門家にお聞きしているんです。ご心配なく、邪魔はしません。」
「なら結構です。まだこの部屋に用がありますか?」
「いえ。永井さん。あなたの部屋やSPの皆さんの部屋を見せて頂いても?」
「分かりました。どうぞ。」

 その後、海里は永井やSPたちの部屋を確認し、バスローブの有無を確かめた。そして、妻子の部屋に入ろうとした時、海里のスマートフォンが鳴った。

「東堂さん。すみません、何か分かりましたか?」
『何か・・というより、田村恵一郎全体のことだな。
家族は妻の伽耶子、息子の一哉と治郎の4人。交友関係は広く、あらゆる政治家と大方面識がある。数年前に総理大臣に賄賂を送ったの送ってないのと言っていたが、詳細は不明。秘書の永井九郎は現在30歳で、5年前から田村の秘書をしている。永井と家族の仲は良好だが、田村本人と妻子は不仲。原因は田村の浮気にあるらしい。』
「浮気?初めて聞きましたね。」
『表沙汰になってなかったからな。で、恨みを買う可能性は数年前の賄賂の件と、妻子の不仲で十分ありうる。特に長男の一哉は権力主義の父親が嫌いで、昨年に家を出て1人暮らしをしている。』

 海里は頷きながら話を聞いていた。龍は続ける。

『ただ政治家同士の諍いで殺されたとしても、政治家本人が手を下すことはまずあり得ない。何かしら他人の手を借りて殺害しただろう。刺殺だったな?』
「はい。胸やその周辺に何度も刺された後があります。傷の深さも様々で、傷自体というより出血多量で亡くなった可能性があるかと。」

 海里の言葉に龍は頷いた。

『よくある殺害方法だな。田村に抵抗の後は?』
「見たところありません。田村さんの鞄の中から睡眠薬らしき物が出てきたので、日常的に服用している話が事実なら、頷ける話です。」
『そうだな。確信は?』
「微妙ですから、“専門家”にお聞きしました。そのうち返事が来ると思いますよ。」

 海里の言葉に、龍はそうか、と言った。彼は軽く息を吐き、言う。

『神奈川県警の吾妻だろ?面倒くさい奴に捕まったな。』
「ご存知なんですか?」
『まあな。年代は一俺たちより回りほど上田が、知っているよ。吾妻は元々警視庁の捜査一課にいたんだが、強引な捜査が問題になって異動したんだ。気をつけろよ?変な言いがかりつけてくるかもしれねえぞ。』

 海里は先程のやりとりを思い出し、内心溜息をついた。

「・・・既につけられてる気もしますけど、まあ気をつけます。それくらいですか?」
『ああ。参考になったか?』
「ええ。田村さんを取り巻く人間関係が大方、分かりました。後は犯人と私の部屋に運んだ理由ですね。どうにかしますよ。」
『おう。逮捕されないように頑張れよ。』

 海里は苦笑しながら電話を切った。溜息をつき、腕を組む。

(奥さんとお子さんに会わないことには始まらない。後で話を聞こう。)

 海里は1度部屋に戻り、犯人に繋がる物が落ちていないか調べた。

「あれ?原稿用紙の表紙が・・ない?昨夜まであったはずなのに・・・・。」

 その瞬間、海里は寒気がした。原稿を止めてあったホッチキスが取れていたからだ。強引に取られたのか、原稿用紙は破れている。加えて、わずかに血痕が付いていた。

「ここにいたんですか。」

 開け放しの扉から入ってきた吾妻の手には、血のついた原稿用紙があった。丁寧に血判まで押されている。海里は息を呑んだ。

「これはあなたの原稿ですね?もう少し詳しい話を聞かせて頂いても構いませんか?小説探偵さん。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

白い男1人、人間4人、ギタリスト5人

正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます 女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。 小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

どぶさらいのロジック

ちみあくた
ミステリー
13年前の大地震で放射能に汚染されてしまった或る原子力発電所の第三建屋。 生物には致命的なその場所へ、犬型の多機能ロボットが迫っていく。 公的な大規模調査が行われる数日前、何故か、若きロボット工学の天才・三矢公平が招かれ、深夜の先行調査が行われたのだ。 現場に不慣れな三矢の為、原発古参の従業員・常田充が付き添う事となる。 世代も性格も大きく異なり、いがみ合いながら続く作業の果て、常田は公平が胸に秘める闇とロボットに託された計画を垣間見るのだが…… エブリスタ、小説家になろう、ノベルアップ+、にも投稿しております。

処理中です...