小説探偵

夕凪ヨウ

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Case154.容疑者・江本海里②

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「田村・・恵一郎・・・?」

 海里はふらつきながらベッドを降りた。床に倒れた田村は胸から血を流して絶命しており、真っ白なバスローブが真紅に染まっていた。

(どっ・・・どういうことだ⁉︎なぜ彼がこの部屋に?いや、それ以前になぜ亡くなっている?政界の大物が私の部屋に来るはずがない!私は部屋を間違えていないから・・・彼が間違えた?いや、そうだとしても!すぐに気づくはずだ。第一、SPも誰も連れていないなんて!)

「おはよう、江本君。起きてる?」

 編集者の声が聞こえ、海里は急いで上着を羽織った。遺体に触れないように気をつけながら扉の方へ行き、鍵を開けた。

「おはようございます。申し訳ありませんが、警察を呼んでくれませんか?」
「えっ?」
「とにかく呼んでください。訳は後で。」

 県警が到着して事態を把握した編集者たちは唖然とした。海里本人も何が起こっているか分かっておらず、警察に必死に事情説明をしていた。

「つまり、あなたが朝起きたら遺体が部屋にあった・・と?」
「はい。被害者は見ての通りです。」

 立派な口髭を撫でながら、県警の吾妻昌一は頷いた。すると、彼は手錠を取り出し、躊躇うことなく海里の腕にかけた。

「えっ・・・?」
「田村恵一郎殺人容疑で逮捕します。」
「まっ・・待ってください!」

 海里は手錠をかけられた直後に叫んだ。やってもいない犯罪で捕まるなど、あってはならないのだ。

「私ではありません!私は昨夜から部屋で寝ていて、朝起きたらベッドの横に遺体があった・・・。それだけです!」
「無理な言い訳を。この状況で、あなた以外の誰が犯人だと?」

 吾妻の言葉に海里は食ってかかる勢いで叫んだ。

「それはまだ分かりませんが、私ではない‼︎自分が1番分かっています!」
「・・・やけに自信がおありのようですな。警察関係者ですか?」
「いえ、ただの小説家です。」

 吾妻の眉が動いた。周囲の刑事たちがざわつく。

「小説家・・?おい、まさか・・・江本海里か⁉︎」
「何?いくつもの事件を解決し、物語としていると噂の?」
「そうだ。その結果、ついたあだ名が“小説探偵”・・・!まさかこんな所で会えるとは。」

 刑事たちの言葉を聞いて、吾妻は顎に手を当てた。微笑を浮かべ、彼は言う。

「あなたが江本海里ですか?」
「はい。・・・刑事さん、お願いがあります。私はこの事件の犯人ではない。加えて、冤罪で捕まるなどまっぴらごめんです。この事件、私に解決させてくださいませんか?」

 再び刑事たちが驚いた。自分の罪を、自分で晴らそうとしているのだ。吾妻は満足そうに笑った。

「面白いことを仰る。自分が犯人かもしれない事件を、自分で解決するなど・・・。悪あがきととってもいいほどだ。」
「私は犯人ではありませんから、悪あがきではありませんよ。私は真犯人を見つけたいだけです。」
「なるほど。では・・・私と勝負をしませんか?」

 訳の分からない提案に、海里は眉を顰めた。吾妻は笑いながら言う。

「あなたは犯人ではないと言い切るが、私はあなたを信用できません。ですから、あなたが犯人であれば私の勝ち。あなたが真犯人が見つかればあなたの勝ち・・・。“小説探偵”と呼ばれるあなたの行動がいかに愚かだったか、思い知らせて差し上げます。」

 海里はムッとしながら頷いた。

「勝負自体に興味はありませんが、真犯人を見つけるために乗りましょう。吾妻刑事。」
「ありがとうございます。江本海里さん。」

         ※

 東京都。警視庁。

「東堂警部。携帯鳴ってますよ?」
「ん?ああ。」

 龍はポケットからスマートフォンを取り出した。画面には“江本海里”とある。

「もしもし?」
『突然すみません、東堂さん。』
「別に構わないが、どうした?旅行中だろ?」
『ええ。ただ、面倒なことに巻き込まれまして・・・。』

 話の経緯を聞いた龍は言葉を失った。眉間を指で押さえながら口を開く。

「先に聞くが、本当にやってないんだな?」
『はい。田村恵一郎自体は知っていますが、面識なんてありません。犯人が殺した後、私の部屋に運んできただけでしょう。』

 龍は深い溜息をついた。

「お前も災難だな・・・。で、俺に電話してきた理由は?犯行現場は神奈川なんだから、こっちは関われないぞ?」
『もちろん承知しています。しかし情報提供くらいは許されるでしょう?お忙しいところすみませんが、田村恵一郎について調べて頂きたいんです。神奈川県警の皆さんに聞いても、仮にも容疑者である私には答えてくださらなくて。』

 電話の向こうで軽い溜息が聞こえた。龍は呆れながら口を開く。

「まあ日頃の礼もあるし、アサヒと協力して調べてやるよ。そのうち電話するから、ちょっと待っとけ。」
『ありがとうございます。』

 電話を切ると、龍はアサヒの元へ向かった。ちょうど玲央が別件で彼女と話しており、さりげなく事件の話をした。

「運の悪い人ねー。まあ調べるけど、政治家暗殺か・・・。面倒ごとはごめんなんだけどなあ。」
「まあまあ、アサヒ。俺たちも協力するから。」

 なだめるような玲央の口調に、アサヒは渋々頷き、キーボードを叩き始めた。

         ※

「刺殺・・・。鋭利な刃物で何度も刺されていますね。犯人は田村さんに相当な恨みを持っていたか・・・。」

 海里は遺体の側に屈んでそう言った。田村はバスローブを羽織り、首からハンドタオルをかけた状態で死亡していた。

「スリッパを履いたまま・・・。犯人は私が起きないようにそっと作業をした・・・でも、スリッパを脱がせなければ後からこの部屋に運んできたことを証明していることになる。スリッパは部屋で脱ぐはずのに・・・。」
「小説家のわりには良い推理ですね。」

 吾妻は小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。海里は気にせず遺体の周りを歩き回る。

「ベッドは1つ。隙間といっても人1人が限界ですし、ここに被害者を入れるのは大変だったはず。それなのに、ベッドに乗ったり物を動かしたりした形跡がない・・・?」

 海里が止まっている部屋は、1人部屋だがかなりの大きさだった。居間、寝室、洗面所、化粧室、浴室が全てバラバラになっているのだ。
 
 遺体発見現場となった寝室は、正面から見て右にベッドがあり、左に鍵のない窓が1つ。
 ベッドの横には電気スタンドと小さな机があり、遺体は机の前に仰向けにして倒れていた。窓からの侵入はできず、侵入できるのは寝室の扉だけである。しかも鍵が付いていないので、侵入自体は誰でも可能だった。

「ドアノブに指紋はない。やはり犯人は手袋を・・・。」

 海里は寝室を後にして、その他の部屋を観察し始めた。居間、化粧室、浴室。  
 そして、洗面所に行った時、海里は妙なことに気がついた。

「壁が・・濡れてる?昨日きちんと拭いたはず。それに・・・この寒い時期に、どうして水が出るようになっているのでしょうか。犯人は、洗面所を使って何かを洗った・・・?」

 その時、壁に飛んだ赤い染みが、海里の視線を釘付けにした。
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