小説探偵

夕凪ヨウ

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Case150.天才科学者の証言③

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「完全に閉まってるな・・・。中から開けられないんですか?」

 龍の質問に、茂は頭を掻いた。

「無理ですね・・・すみません。外からしか開けられませんし、鍵が必要です。それに、今誰が鍵を持っているかは分かりませんから。」
「そうですか。ただ、待ち惚けている時間はありませんから、アサヒにでも連絡しましょう。」

 龍はポケットを探ったが、すぐに怪訝な顔をした。

「どうしたの?」
「携帯がない・・・。上着は脱いでいないから、1度も出していないはずなのに。」
「どこかに置き忘れたんじゃない?って・・あれ?ない・・・?」

 茂も同じように頷いた。玲央は顎に手を当てる。

(どういうことだ?俺も龍も特に連絡はしていない。携帯を使ったのはアサヒだけ・・・。警視庁に忘れたわけでもないはずなのに、なぜ?)

「ガラスを割っても構わないなら脱出できますが、どうですか?西園寺さん。」

 玲央の質問に茂は苦笑した。

「うーん・・・私としては構わないのですが、温室の責任者は別にいまして。勝手な行動をして良いものか・・・。」
「なるほど。では取り敢えず待ちましょう。私たちは痕跡を探しますので、お休みください。」

 2人は例の堆肥を観察した。不自然に抉れた箇所があり、意図的に取り出されたことは分かった。堆肥の入った箱の下を見たが、足跡は土に埋もれて分からなくなっていた。

「犯人は堆肥をこぼしたのかな。」
「だろうな。この凹凸はシャベルじゃない。人間の手によるものだ。
 だが、なぜ犯人はこんなことをしたんだ?昨日から観察したところ、研究員の靴は統一されている。大きさもほとんど変わらないとなると、靴跡だけで犯人の特定に至るかは分からない。」
「うん・・・。それに、植え込みからここまでの距離、長かったよね?歩いて2、3分。走れば1分程度だろうけど・・・ここまで真剣に靴跡を隠す意味がない気がする。俺たちが駆けつけた時点で亡くなってから時間は経っていなかった。多くの研究員もいた中で、誰にも見られずに土を運ぶなんてできる?」

 玲央はそう言いながら茂の方を見た。白衣も統一されているらしく、特に目立った違いはなかった。

「ポケットに入れれば土汚れがつく・・・。白だから余計に目立つはずだ。となると・・・・」
「土を救ったのは自分の手だが、運んだのは台車か何かかもな。植え込みから温室まで土汚れがなかったことを考えると、慎重に運んだんだろう。
 西園寺さん、土汚れが付いていない台車などはありますか?」

 茂は少し考えた後、頷いた。

「ああ、ありますよ。温室の責任者が最近古い台車の車輪が壊れて、新しい物を買ったと言っていました。確か、あの辺りに・・・・。」

 茂は壁に預けていた体を起こして温室の奥へ歩いて行った。2人はそれに続く。

「これです。」
「・・・確かに、新しいですね。錆もない。」

 龍はダンボールの中にしまってある台車を持ち上げた。車輪を撫でると同じ堆肥が手袋につく。よく見ると、車輪の間に植え込みの葉っぱが挟まっていた。

「決まり・・・かな。」
「まだ確定はできないが、可能性が高い。後は鑑識に回して堆肥が一致するか調べよう。」

 龍は近くにあった小さなビニール袋を取り、台車についていた堆肥と植え込みにあった堆肥を入れた。

 その時、外から龍と玲央を呼ぶ声がした。2人の部下である。玲央は温室の入り口に行き、言う。

「責任者に話をして開けるよう頼んで。」
「分かりました。すぐに。」

 部下が去った数分後、責任者が頭を下げながら鍵を開けた。

「申し訳ありません。私、温室の管理をしております久遠寺実光と申します。」

 久遠寺は何度も頭を下げた。龍は疑いが顔に出ないよう、尋ねる。

「鍵を閉めたのはあなたですか?」
「いいえ。私は新しい堆肥の買い出しに行っていて、今さっき帰ってきたんです。鍵は倉庫に保管していました。」

 龍はそうですか、と頷き言葉を続けた。

「その倉庫に案内して頂けますか?」
「はい。こちらです。」

 久遠寺は2人を小さな建物へ案内した。

 中は整頓されており、研究の資料や予備の白衣などが置いてあった。彼は中に入り、壁にかかっている鍵を指し示す。そこにはいくつか鍵があり、鍵の上にテープが貼られ、どこの部屋の鍵かが書かれてあった。

「温室の鍵は普段からここにあります。私は毎日来ているわけではありませんから、割と場所を知っている人は多いです。残りの物は研究所の鍵や、その他の物置の鍵です。」
「普段この倉庫は空いているんですか?」

 玲央の質問に久遠寺は首を振った。

「扉を閉めたら、自動で閉まるんですよ。開けるためには扉にある機械に職員専用のカードをスキャンしなければなりません。」
「つまり、研究員や温室を出入りしている人間であれば誰でも開けられるんですね?」
「はい。中に入っている間は天井に埋め込まれた感知センサーで扉は閉まりませんから、閉じ込められることはないです。」
「この辺に監視カメラは?」
「倉庫の中にはありませんが、あちらに。」

 久遠寺は研究所の横側にあるカメラを指さした。角度的に倉庫の入り口が写っているのが分かる。

「西園寺さん。カメラの映像を確認したいのですが、どこで見られますか?」
「地下ですね。ご案内しますよ。」

 地下室に向かう途中、アサヒと出会した2人は彼女も共に来るよう頼んだ。

「ここです。あそこのカメラは・・・このパソコンですね。」

 アサヒは茂が指し示したパソコンの前に立ち、素早い手つきでキーボードを叩き始めた。時間を巻き戻し、3人が閉じ込められる少し前で、彼女は手を止めた。

「あったわ。この人ね。倉庫を開けて、鍵を取ってる。」
「拡大してくれ。」
「ええ。・・どう?温室の鍵?」

 アサヒの質問に玲央は頷いた。映像を見つめ、胸にあるネームプレートを凝視する。

「さっき見たのと同じだ。鍵を閉めたのはこの人か・・・。えっと、大崎昂さん?」
「最近入った研究員ですね。堤さんと同様、優秀でして、2人は仲が良かったんです。」

 茂の言葉に、龍と玲央は大崎昂の居場所を聞いた。茂は資料室にいると答え、それを聞いた2人は颯爽と部屋を後にした。

「大崎昂さんですか?」
「え?はい・・・。」
「先ほど、温室に用事があったんですか?鍵を持ち出されましたよね?」

 大崎の顔が変わった。逃げ出そうとする彼を玲央はさりげなく前に出て引き止める。

「言い訳は無駄だよ。さっき確かめた。なぜあんなことを?今回の事件では不可解なことがまだ多いけど・・・堤さんを殺したのは君?」
「違います!彼女は友人です!私はっ・・・私は、脅されているんです!」

 大崎の言葉に2人は眉を顰めた。龍が尋ねる。

「脅し?」
「はい。昨夜、急に電話がかかってきて・・・・。」



『大崎昂だな?』
「誰だ?あんた・・・。」
『名乗る気はない。だが、お前のことはよく知っているよ。確か、都内の病院に弟が入院しているんだったな?』

 その言葉に大崎は息を呑んだ。

「何でそのことを・・・!」
『調べれば分かることさ。さあ、弟の命が惜しければ、私の言う通りに動け。』

 

「正直半信半疑だったんですが、弟を失いたくなかった。私は相手の言葉通り温室の鍵を盗み、皆さんがいると知りながら閉じ込めました。」

 大崎は深く頭を下げた。龍と玲央は意味が分からないという風に顔を顰める。

「閉じ込めることに意味はなかった。何か危険な目に遭ったわけでもなく、寧ろ俺たちにヒントを与えていた。俺たちは温室に入ることで、証拠を得て、得をしているんた。」
「電話の相手は犯人だと思ったけど、何か・・妙だね・・・。」

 不信感を拭えぬまま、2人は調査を続けた。
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