小説探偵

夕凪ヨウ

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Case 136.お帰りなさい

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「こんにちは。」
「やあ、江本君。」

 事件の翌日、海里は浩史と佑月の葬儀に来ていた。多くの者が葬儀に参列し、涙を流していた。

「お2人は・・・泣かないんですか?」
「大の大人が泣かない・・と言いたいところだけどね。事件の日に泣き果たしたから、もういいんだ。」

 そう言って笑う玲央の顔は、どこかひきつっていた。隣にいる龍も無表情で棺を見つめている。そこには、浩史と佑月の棺に泣きつく美希子の姿があった。

「お父さん・・・叔父さん・・どうして・・・?何でみんな、置いていくの?何で?勝手にいなくならないでよ・・・私と叔母さんだけじゃ、苦しいよ・・・!」

 海里はその様子を見ながら、2人に尋ねた。

「美希子さんはご存知だったんですか?」
「九重警視長のスマートフォンに、その辺の真実も入ってたんだ。事件の翌日2人に見せたから、全部知ってる。」
「そうですか・・・・。」

 その後、海里は棺の前で手を合わせ、火葬の様子を見ていた。龍と玲央は喫煙所で煙草を吸っており、海里はそこに顔を出した。

「小夜さんは?」
「意識不明。急所が外れたとはいえ、血を流し過ぎたらしくてね。いつ目覚めるか分からないっていうのが医者の見解だよ。」
「意識が・・・。東堂さんは大丈夫なんですか?」
「こんなの大したことないさ。それより兄貴、どうするつもりだ?」
「・・・・何の話?」
「とぼけんな。分かってるだろ。目覚めた時、天宮本人に何も言わないのか?」

 海里は首を傾げた。玲央が軽く溜息をつく。

「言ってどうする?彼女の傷が深くなるだけだ・・・。どちらにしろ結果は同じなんだし、知らせても何も変わりやしない。」
「そうだとしても、言わなきゃ納得しないだろ。天宮の弟妹が死んだ、あの日の真実は。」
「真実・・・?」

 海里の問いに玲央は苦い笑みを浮かべた。

「関係なかったんだよ。あの事件に、早乙女佑月は関わっていなかった。あれは、本当にただの強盗殺人だった。弾丸を回収した警察官が犯人なんていう、心底腹立たしい事件だったよ。本当、嫌になる。」

 海里は息を呑んだ。小夜の苦しみを思うと、自然と頭が痛くなった。2人は息を吐き、煙草の吸い殻を灰皿に捨てる。

「そろそろ戻るか?もう終わる頃だろう。」
「そうだね。行こうか。」

 その後、美希子と凪が骨を拾い、葬式は終了した。海里は龍の車で送ってもらうことにし、2人と共に車に乗り込んだ。

「ん?江本君、携帯鳴ってるよ。」
「あ・・病院からです。もしもし?はい、江本です。」

 龍が気にせずアクセルを踏もうとしたその時、海里が声を上げた。

「えっ・・・⁉︎真衣が目を覚ました⁉︎はい・・はい・・・意識もはっきりして・・・記憶もしっかりしていて・・・分かりました。すぐに行きます。」
「病院、どこだ?」
「神道病院です。」

 すぐに車を出し、海里たちは病院に到着した。駐車場に着くなり海里は車を飛び出し、病院に駆け込む。

「305号室・江本真衣の兄、海里です。面会できますか?」

 受付を済ました海里は再び駆け出し、階段で一気に3階まで駆け上がった。ノックもせずに引き戸を思いっきり開ける。

「真衣!」

 そこには、ベッドから半身を起こして、医師に聴診器を当てられている女性がいた。真っ直ぐな長い黒髪に、海里と同じ水色の瞳。端正な顔立ち。女性は海里を見るなり、花のような笑顔を浮かべた。

「海里兄さん!」

 海里は走り、真衣に抱きついた。真衣もそっと兄を抱きしめ返す。

「良かった・・・!本当に・・良かった・・・・‼︎」
「心配かけてごめんね、海里兄さん。」

 2人を見た医師はにっこりと笑った。真衣の額に触れ、軽く頷いてから口を開く。

「意識不明の状態から目覚めて、ここまで脳の働きがはっきりしているのは珍しいです。事故の後遺症もないようですし、記憶力も問題ありません。後は少しずつリハビリをして、体の感覚を戻していきましょう。」
「はい。ありがとうございます、神道先生。」
「えっ?」

 海里は思わず振り返った。神道と呼ばれた医師は首を傾げている。

「まさか、神・・・圭介さんの?」
「圭介?ああ・・あの子はーーーー」

 医師が何かを言おうとすると、再び扉が開いた。部屋に入って来たのは、圭介と白衣を着た若い医師だった。

「良かったな、海里。」
「ありがとうございます、圭介さん。そちらの方は?」
「兄の大和と叔父の智久さん。神道家は代々神社と医者やってんだ。叔父さんが院長で、兄さんは外科医。」

 圭介はそう言うと、真衣に向き直り、尋ねた。

「俺のこと・・・覚えてねえか?真衣。」

 そう尋ねられた真衣は不審に思うこともなく、首を傾げた。

「・・・・うーん・・・何か初対面じゃないなあって感じはするけど・・はっきりとは分からない。ごめんなさい。」
「ん・・そっか。じゃあ、詳しい話は後日だな。」
「もう行くのかい?圭介。」
「ああ。今から除霊。またな、海里!真衣!」

 颯爽と去っていく圭介を見て、大和は溜息をついた。椅子に腰掛け、海里の方を向く。茶色い瞳が真っ直ぐ彼を見据えていた。

「うるさくしてすみません。真衣さんの容態ですが・・・非常に良いです。目覚めた直後も意識がはっきりしていましたし、頭部に受けた傷もしっかり治っている。元々体が丈夫なのかもしれませんね。事故に遭った時から、傷が少なかったので。」
「そうですか・・・良かった。」

 安堵した海里の言葉を受けて、大和は言葉を続ける。

「リハビリは取り敢えず2ヶ月やりましょう。いくら意識がはっきりしていても、体はついていかないと思います。海里さんも助けてあげてください。」
「分かりました。あの・・・・」
「何でしょう?」
「圭介さんは、あなたの弟なんですよね?彼は私を知っているようなんですが、どうも私は分からなくて・・・何かご存知ありませんか?」

 大和は、叔父の智久と目を合わせ、顔を曇らせた。海里は首を傾げる。

「あいつが言っていないようなので申し上げますが、圭介は私の実の弟ではありません。あいつは12歳の頃、俺の両親が孤児院から引き取った子供なんです。」
「えっ・・・⁉︎」

 海里は唖然とした。大和は続ける。

「詳しい事情は私も存じていますが、ここではお話しできません。落ち着いたら我が家にお越しください。」

 そう言いながら、大和は自分の連絡先と住所が書かれた名刺を渡した。

「後はご兄妹でゆっくりお過ごしください。泊まられるのでしたらそれで構いませんので。」
「ありがとうございます。」

 2人が出ていくと、海里と真衣はもう1度抱き合った。

「ずっと待っててくれたんだね。ありがとう。」

 2人は笑い合った。海里は言う。

「もちろんです。お帰りなさい、真衣。」

 そう言った海里の目には涙が浮かんでいた。真衣も泣きそうな顔で言う。

「ただいま、海里兄さん。」

 目覚めた妹と、圭介の真実。

 探偵の元で、物語は再び動き始める。
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