小説探偵

夕凪ヨウ

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Case130.瓜二つの容疑者③

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「何なんですか昨日の今日で・・・・社長は今仕事中です。」

 麻美は苛ついた様子で吐き捨てた。海里は椅子に腰掛けながら言う。

「誠也さんが不在でも構いません。あなたに聞いても同じ結果が得られるでしょうから。」

 麻美の眉が動いた。龍は部屋を一瞥してから口を開く。

「修さんに直接手をかけたのは風子さん。あなたは彼女のアリバイ作りのため、近所の家にある監視カメラの前をわざと通りましたね?瓜二つの容姿を生かせば、十分彼女のアリバイは成立すると踏んで。」
「・・・・仰っている意味が分かりません。」

 麻美は小声で呟いた。龍はゆったりとした口調で尋ねる。

「監視カメラの映像がありますが、ご覧になりますか?」
「私服で仕事場に行くこともあります。」
「私服とは一言も言ってませんよ。普通はスーツだと思うでしょう。」

 龍と麻美が睨み合った。麻美はしばらく黙った後、深く、長い溜息をつく。

「社長が望まれたことだったんです。役立たずの息子より、有能な義娘に託した方がいい、と。」
「計画を立てたのは誠也さんですか。なぜあなたと風子さんは協力を?」

 玲央の質問に、麻美は苦笑した。

「修さんは風子さんに暴力を振るっていた。かなりの気分屋で、彼女も愛想を尽かしていたんです。社長が注意しても聞かず、警察への相談も脅してやめろと言った。」
「だから殺人を?随分飛躍した話ですね。」
「事情があるので。」

 海里はその返事に眉を潜めたが、麻美はそれ以上を語らなかった。彼女は続ける。

「でも、やはり風子さんに殺人は重い罪だった。肝臓なんて一瞬で死ねない箇所を刺し、余計な苦しみを与えた。修さんはダイイングメッセージを残していたから、風子さん自身で消してもらいました。彼には、ただ“死んだ”という真実があればそれでよかった。」

 淡々と話す麻美の顔には、何の感情もなかった。龍と玲央は目を細めて彼女を見ている。

「上手く行ったと思っていたけれど、焦りは禁物でしたね。あろうことか、風子さんはすぐに警察に通報した。救急車に通報したら少しは殺人疑惑が消えたのに、結局非情に成りきれなかった・・・。」
「やはり分かりません。なぜあなたが殺人に関与する必要が?別段、彼に恨みがあったわけでもないでしょう。」

 真相が分からないもどかしさからか、海里は少し苛つきながら尋ねた。しかし、麻美はなおも言葉を濁す。

「・・・・社長が望み、風子さんがそれに賛同したから・・・それだけです。」

 麻美の言葉に海里は顔を曇らせた。彼女は立ち上がり、ドアノブに手をかける。

「社長を呼んできます。大人しく捕まれば、文句はないでしょう?」

 彼女が出て行った直後、玲央が壁に預けていた体を起こした。

「玲央さん?」
「野暮用。逮捕の準備しといて。」

 部屋を出て、部下の姿が見えなくなった瞬間、玲央は走り出した。非常階段を駆け降り、外へ出て、周囲を警戒をしながら路地裏へ姿を消した。

「東堂警部!辻麻美がいません!」

 海里は驚いたが、龍は冷静に答えた。

「逃げたか。」
「はい!今すぐ追って・・・‼︎」
「必要ない。兄貴に任せてある。立原風子と誠也の逮捕は済んだな?」

 部下が頷くと、龍は海里の肩に手を置き、言った。

「事件は終わりだ。警視庁に戻るぞ。」
「え?は・・はい・・・でもいいんですか?任せてあるって・・・・」
「問題ない。行くぞ。」
                       
            ※

 路地裏に来た麻美は、荒れた息を整えながら壁にもたれかかった。彼女は舌打ちをしながら天を仰ぐ。

「最悪・・あの女のせいで無茶苦茶になった。」
「それは君たちの計画の話かい?」

 突如現れた玲央に、麻美は驚き、振り向いた。全く息の乱れていない彼を見て、彼女は再び舌打ちをする。

「何で分かった?私がテロリストだと。」
「都合が良すぎる状況は疑うことにしてるんだ。アサヒの家で小夜が匿われていて、その近所で殺人事件が発生・・・。龍が呼べば江本君は来るし、当然俺も行く。君たちが狙っているであろう人間を一箇所に固めたかのようなやり口・・疑うには十分だ。最も、君を疑ったのは会社で君と会った龍が俺とアサヒに報告した時だよ。」

 玲央は笑った。煙草を取り出し、火をつける。

「“亡くなった龍の奥さんに瓜二つな人物が2人いて、そのうちの1人は名前が一緒”・・・・これを疑わないのは無理があるね。だからアサヒに調べて欲しいと頼んだ。事件のことではなく、君と風子さんのことを。」
「それで全てが分かると?」

 玲央はゆったりと頷き、煙を吐いて言葉を続けた。

「分かったからこうして追ってきたんだ。どうせ、事件の後は風子さんになりすまして龍に近づいて・・・って算段だったんだろ?でも、お生憎さま。龍は別人を見分けられない人間じゃないし、その辺の女に引っかかる男じゃない。随分と、舐めてかかったようじゃないか。」

 麻美は歯軋りをした。玲央は鼻で笑って続ける。

「その顔をしたいのはこっちの方だよ。君たちの計画のために1人の人間を死なせて、挙げ句の果てに警察まで利用しようとするなんて・・・・悪党は考えることが違うね。」

 麻美は玲央に殴りかかろうと跳躍した。が、玲央は動じる様子なく拳を避け、麻美を蹴り飛ばした。壁にぶつかる鈍い音が響く。

「基本的に暴力は嫌いなんだよ。そもそも、体を使うこと自体面倒だから嫌だし。でも、今回は別。麻美さん・・・いや、“諒”と呼んだ方がいいのかな?」

 その言葉に麻美・・・諒は悔しそうに顔を歪めた。玲央は続ける。

「“女に変装してまで”計画を実行しようとするなんて・・・君たちも中々粘着質だ。」

 玲央は煙草の火を消し、手持ちの灰入れに煙草を放り込んだ。ゆっくりと諒に近づき、口を開く。

「それで?どうするつもりなのかな?こちらとしては大人しく捕まって欲しいところなんだけど。」
「・・・捕まるわけないだろ。」

 その言葉と同時に、建物の影から黒いスーツ、サングラスをした複数の男女が現れた。玲央はやれやれといった風に首を横に振る。

「忠告はした・・・。どうなっても知らないからね。」
                      
            ※

「どう?」
「追いついたらしい。面倒ごとになる前にちょっと行ってくる。」

 龍が椅子から立ち上がるのを、海里は不思議そうに見つめた。龍は何も言わずに笑い、颯爽と警視庁を出ていく。

「アサヒさん・・・何か隠してます?」
「ええ。2人が帰ってきたら、教えてあげる。」
「・・・隠し事をそこまであっけらかんと言われると、逆にどうしたらいいのか分からないのですが。」

 アサヒは笑った。側にある封筒を取り、海里に手渡す。

「それ見たら大体分かるわ。」

 海里はゆっくりと資料をめくり始めた。徐々に驚きに変わる海里の顔を、アサヒは面白そうに見つめている。

「これ、は・・・」
「あの2人も勘がいいわよねえ。私は反応を見てようやく理解したもの。」
「・・・こんな事まで仕組まれていたなんて・・・・全然気付きませんでした。狙いは誰だったんです?」

 アサヒの顔に影がかかった。彼女は軽く溜息をつく。

「龍よ。彼の亡くなった奥さんは風子という名前で、今回の犯人である立原風子さんと瓜二つなの。もちろん親族でも何でもなく他人の空似よ?まあ龍は仕事中だから顔には出さなかったけど、内心・・思うところがあったかもしれないわね。」

 心配そうなアサヒの言葉を受けて、海里も顔を曇らせた。同時に、共に事件を解決しても龍の本心を理解し切れていないことが、彼にとっては心苦しかった。
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