小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
上 下
133 / 234

Case128.瓜二つの容疑者①

しおりを挟む
「久々の我が家は落ち着きますね。」

 マスコミ騒ぎがあった1週間後、海里は自分の家に帰っていた。荷物を片付け、一息ついた彼はベッドに横たわった。

(マスコミの間でもてはやされている話がデマであれば苦労はしない・・・真実であるだけに、小夜さんにとっては重苦しいものになっている。しかし、誰が何のために?小夜さんが警察に開示した情報にも、その事は一切無かったと東堂さんも言っていた・・・。まるで、彼女の動きを封じ込めるために行動しているみたいだ。)

 そんなことを考えている時、海里のスマートフォンが鳴った。龍からである。

『今、来れるか?まだ騒ぎがあるなら無理して来て欲しいとは言わないが・・・』
「いえ、行きます。今は大丈夫そうですし。どこですか?」
『アサヒの家の近所だ。住所はーーー・・・』
「分かりました。すぐに行きます。」
                    
            ※

「どうも。」
「やあ、江本君。すっきりした顔をしてるね。その後、特に問題はなし?」
「はい。小夜さんはどうですか?」
「まだ全然。彼女の家の前を通ったけど、ずっとマスコミがたむろしていた。まあ彼女の居場所が割れてないだけでも万々歳かな。」

 玲央は苦笑し、海里を家の中に案内した。
 事件現場は、アサヒの家から1kmも無い家だった。彼女の家に負けず劣らずの豪邸で、中世の外国の城を彷彿とさせる門構えである。白い煉瓦で作られた壁は輝いており、庭には花畑や噴水が見えた。

「この辺りは豪邸ばかりですね。」
「そういう場所なんだって。政治家とか、会社経営者とか・・・富裕層はこの辺りに住んでいるらしい。」
「へえ。そうなんですか。」

 家の中に入ると、写真を撮ったりしている鑑識と住人と話をしている龍の姿があった。

「東堂さん。お疲れ様です。」
「昼間から悪いな。こちらが、被害者の妻・立原風子さんだ。」
「初めまして。江本海里と申します。」

 立原風子は遠慮がちに頭を下げた。その時、隣にいた玲央の息を飲む音が聞こえた。海里は思わず目を丸くして彼に視線を移す。

「あ・・いや、何でもないよ。よろしくお願いします、立原さん。話は弟から聞きますので、あちらで休まれてください。」
「ありがとうございます・・・。」

 立原が奥の部屋に行くと、玲央は龍の方を振り向いた。

「事件の概要は聞けた?」
「ああ。今日の午前8時頃、風子さんは仕事に出かけた。出勤先は警視庁近くの公民館だ。ちなみに、被害者の立原修さんの父親・誠也さんが会社の社長をしていて、一応そこの社員だが仕事はろくにしていない。」
「なるほど。風子さんはなぜ仕事を?」
「誠也さんからの勧めらしい。修さんと同じ仕事場だと、彼が余計に怠けるかもしれないから、全く違う場所に勤務欲しいと言われたって話だ。」
「釈然としない話ですね・・・。誠也さんにお話は聞けませんか?」
「仮にも社長だからな。風子さんに話したが無理そうだ。」

 海里は考え込む姿勢をとった。漠然とした話にあまり納得がいかないらしい。

「やはり会社に直接行くべきでしょう。」
「本気か?その通りだとは思うが、無茶な話だぞ。」
「それは理解していますが、親子間の話が曖昧すぎます。直接本人に聞くしかない。」

 海里の言葉に2人は眉間を抑えた。納得のいく言葉だが、ここまで破天荒なやり方だと、受け入れるのも難しかった。

「・・・・連絡しましょうか?」
「えっ、アサヒ?」

 仕事をしていたアサヒは、ゆっくり立ち上がって頷いた。3人は唖然としている。

「詳しくは言えないけど、多分できるわ。一応風子さんにお聞きしてくれる?」
「あ・・ああ。」

 玲央は風子に連絡の許可をもらい、アサヒは部屋を出て誰かに電話をかけ始めた。話の内容は聞こえないが、親しみを感じる軽い口調が聞こえて来る。

「12時半から30分だけ時間を作れるそうよ。江本さんとあなたたちのどちらかが会社に行く感じでいいんじゃない?はい、住所。」
「ありがとうございます。」

 龍と玲央は彼女の人脈を不思議に思ってたが、余計な事は聞かなかった。海里も2人と同じく彼女のことが気になったものの、事件の真実を知ることを優先した。
 そして12時半前になり、海里と龍は会社に向かう準備を始めた。

「じゃあ行って来ます。すぐに戻りますので。」
「急がなくてもいいよ。また後でね。」
「はい。」

 海里は、龍の車に乗って立原誠也が経営する会社へ向かった。会社は高層ビルで、入り口で2人を1人の女性が出迎えた。

「東堂龍様と江本海里様ですね。お待ちしておりました。社長秘書の辻麻美と申します。」

 2人は辻麻美の顔を見て目を見開いた。彼女は、立原修の妻・風子と瓜二つだったのだ。2人が唖然としていると、彼女は心配そうに2人の顔を覗き込んだ。

「あの・・・?」
「ああ、すみません。警視庁の東堂です。本日は時間を作って頂き、ありがとうございます。」
「いえいえ。どうぞ、中へ。」

 3人は従業員用のエレベーターに乗って社長室がある最上階へ向かった。最上階の奥にある立派な木製の扉を環がノックすると、中から太く、威厳のある声が聞こえた。

「わざわざ足を運んで頂き、感謝します。どうぞお二方。おかけください。」

 丁寧な口調だったが、気怠げな感情が含まれていた。2人は気にせず続ける。

「息子さん・・修さんが亡くなられたことはご存知ですか?」
「風子さんからお聞きしました。確か・・刺殺、と。」
「はい。」

 事実の確認を済ませた龍は軽く頷き、海里の方を見た。後は任せるという意味だと取った海里は笑い、誠也に向き直る。

「修さんが亡くなる原因に心当たりはありますか?怨恨の線などは?」
「あり得ないとは断言できませんね。最も・・・恨まれるなら私である気がします。息子は亡き妻に似ていますし、間違い殺人の可能性も低いでしょうね。」
「そうですか・・・・。修さんの死亡推定時刻は今朝の10時頃なのですが、その時間どこで何を?」
「ここで仕事をしていました。証人は辻です。」

 麻美は軽く頷いた。恐らく、社員に聞いても同じことを言うだろう。2人はお互いのアリバイを証明できるということだ。

「1つよろしいですか?」

 口を開いたのは龍だった。海里はわずかに目を開く。誠也は落ち着いた口調でどうぞと言った。

「風子さんと麻美さん、随分容姿が似ていらっしゃいますよね。ご親戚か何かですか?」
「いえ。赤の他人ですよ。他人の空似というやつですね。」
「・・・・なるほど。」

 短い事情聴取が終了し、2人は現場に戻った。

「どうだった?」
「親子の仲が悪いわけではないようです。ただ、誠也さんは風子さんをあまり・・・よく思っていない気がします。彼女のことについて話題を振ったりすると、露骨に顔を曇らせていたので。」
「嫁姑ならぬ嫁舅か~。なんか面白いね。」

 玲央が笑うと、龍は溜息をついた。

「笑ってる場合かよ。で、どうする?」
「取り敢えず事件の情報が欲しい。アサヒ、いつものように頼める?」
「ええ、やるわ。分からないことが多いもの・・・ね。」

 そう答えたアサヒと彼女を見る龍と玲央は、どこか不安が入り混じったような顔をしていた。
しおりを挟む

処理中です...