小説探偵

夕凪ヨウ

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Case127.動き出す巨悪

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「そろそろ騒ぎも収まってきたように思うけど、まだ警戒が必要かもね。」

 朝食を取りながら、アサヒは海里と小夜にそう言った。海里は少し考えた後、

「これ以上アサヒさんに迷惑はかけられません。私はそろそろ帰ります。」
「いいの?」
「はい。ただ、小夜さんはまだここにいらっしゃった方がいいでしょう。マスコミだけでなく、警戒対象が多いですから。」
「そうね。」

 小夜は2人の言葉に頷くだけだった。急に食事の手を止め、彼女は立ち上がる。

「ごめんなさい。食欲が・・・」
「無理しないでいいわよ。部屋で休んで。」
「すみません。」

 小夜は用意された自分の部屋に行き、ベッドに体を沈めた。深い溜息をつき、天井を見上げる。彼女は、以前浩史から語られた真実に縛り付けられていたのだ。

(運命の皮肉なんて言葉で表せなかった。彼の話はあまりに重く、受け入れがたい話だった。そして“あの男”も、どこか人であることを知ってしまった。
 だけど・・・どうしろと言うの?あんな話を私にするよう仕向けた東堂警視総監は、玲央の気持ちを汲んでいた。でも、私は・・・)

「・・・・考えても仕方ないわね。こんな話。」

(そう・・仕方ない。私は、“あの男”に狙われている・・・そしてそれは、殺されるまで終わらない。それなら、いっそ・・・・)
                    
            ※

「急にどうされました?警視総監。」
「ん・・ちょっと君と話したかったんだ、浩史。」
「話?」
「まあ座って。改まった話だから。」

 浩史は軽く会釈をし、ソファーに腰掛けた。武虎は軽い溜息をつき、彼の正面に腰掛けてから口を開く。

「意外に君も卑怯だったんだね。驚いたよ。」
「・・・・何の話でしょうか。」

 表情を動かさない浩史に、武虎は何食わぬ顔で続けた。

「とぼけたって無駄だよ。天宮君の情報をマスコミに売ったのは君だろう?ついでに江本君がそれに関わっていることも流して、2人を表舞台から退かせた。一時的とはいえ、効果的な方法だ。」
「効果的、ですか。一体、誰に対して?」
「おや。君が1番分かっていると思うけどなあ。」

 武虎は笑ったが、その目は決して笑っていなかった。少し声のトーンを下げ、彼は続ける。

「君自身の目的を達成するために、1人の命を奪うつもりかい?自分勝手だとは考えなかった?」
「もちろん、考えましたよ。警察官の仕事に私情は厳禁・・・。2人にも教えてきたことです。」
「だったら・・・」
「それでも、私は私が正しいと思う道を行きます。己の正しさを、誰かに決められる権利は存在しない。違いますか?」

 武虎は苦笑した。

「あなたの言いたいこともやりたいことも分かっていますよ。しかし、もう遅いのです。私が天宮と協力したあの日から、私の計画は始まっていた。初めは玲央のため、最後まで守り切るつもりだった。ですが、何もかも選び取ることはできなかったんです。だから私は、この道を選びます。」
「答えは変わらないの?」
「はい。あなたなら・・・私がこう言うことを分かっておられたでしょう?」
「うん、分かってたよ。でも・・・心のどこかで、答えを変えて欲しいと思ったんだ。」

 沈黙が流れた。浩史は微笑を浮かべる。

「警視総監。私は、あなたが思うような人間ではありません。今回の件で、よく分かったはずです。己の目的のために、人の命を踏み躙ろうとしているのです。あなたの息子の想い人の命を。」

 冷たい言葉だった。武虎は深い溜息をつき、口を開く。

「・・・・そうだね。それが、君の答え・・・か。よく分かったよ。だったら俺は、君と対立してでも彼女を守ろう。」
「それはなぜです?」
「一警察官として国民を守るため、強大な敵に立ち向かうためだ。でも何より、これ以上息子たちに大切な存在を失わせたくない。あんな思い、あの日だけで十分だ。だから君が私情で動くなら、俺も同じように私情で動こう。それが、上司としての役割だ。」

 武虎は悲しそうに笑った。浩史は軽く頷き、立ち上がる。

「私は本気で彼女の命を狙う。死なせないよう、どうぞ奮闘してください。あなたがそうした分、私は悪になれるのですから。」
                    
            ※

 その頃、龍と玲央は仕事が休みということもあり、凪の店にいた。

「どう?江本さんたち・・・落ち着いた?」
「マシにはなったが、まだ完全じゃない。一応2人と話し合ってみるけどな。」
「そうね。こんなことになるなんて、思わなかった。」

 凪が注いだ酒を2人が飲んでいると、店の扉が開いた。入って来たのは海里である。

「江本君⁉︎君、どうしてここに。マスコミは?」
「撒いてきました。そろそろ、家に戻ろうと思って。」
「いいのか?」

 海里は頷いて龍の横に座った。凪が出したウイスキーを飲み、言葉を続ける。

「これ以上いるのも迷惑だと思いますし、あまり逃げ続けるのもどうかと。マスコミが握っている情報は事実ですが、私や小夜さんが何かを言われる筋合いはありません。正面から立ち向かうしかないでしょう。」
「お前らしいな。」

 その時、再び店の扉が開いた。凪はにっこりと笑い、店に来た人物に声をかける。

「こんにちは、早乙女さん。今日も来てくれたの?」
「は・・・?」

 3人は、同時に振り向き、唖然とした。店の入り口に立っていたのは、9年前に小夜の親友・月城由花を殺した男・早乙女佑月だったのだ。早乙女も、3人の顔を見てわずかに眉を動かしたが、すぐに笑みを浮かべた。

「ああ。少し飲みたくなってな。」
「いつものウイスキーでいいかしら。」
「そうだな。いつもと同じで。」

(いつも・・・⁉︎この男、そんな頻繁にこの店に出入りしているのか⁉︎九重さんの身内に接触して、内部から潰そうと・・?)

(何を考えているんだ、この男は⁉︎凪や美希子にこんな近付いていたっていうのか?九重警視長は何も知らない?いやどちらにせよ・・・指名手配班が、何で昼間っからこんな街中うろついているんだよ⁉︎)

(どういうつもりだ⁉︎小夜だけに飽き足らず、凪や美希子を狙っているのか⁉︎4年前に殺せなかったから・・・⁉︎)

 明らかに表情を変えた3人を、凪は心配そうに見た。3人はハッとし、笑みを浮かべる。

「何でもありません。おかわり、頂けますか?」
「もちろん。」
                      
            ※

「待て!早乙女佑月!」

 店から離れた3人は、路地に入ろうとする早乙女を呼び止めた。海里は早乙女を睨みつけ、怒鳴る。

「どういうつもりですか⁉︎あの2人に近づいて・・・4年前の続きをやろうとでも⁉︎」
「・・・・物騒な質問だな。江本海里。」
「いいから答えろ!なぜあの店に顔を出している?君の狙いは小夜だろう!」
「ああ。貴様の言う通り・・・私の狙いはあの女だ。ただ、偶には羽を伸ばしたい時もある、とでも答えておこうか。」
「ふざけるな!お前があの2人を存在を知らないはずがない‼︎」

 3人の言葉に、早乙女は深い溜息をついた。肩越しに振り返り、不気味な笑みを浮かべる。

「私に怒鳴っている暇があったら、あの女を守る術でも身につけたらどうだ?」
「何・・・?」

 怪訝な顔をした3人に対し、早乙女は冷酷に告げた。

「近々、本気であの女の命を奪いに行く。せいぜい死なせないように守るがいい。・・・無駄だろうがな。」
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