小説探偵

夕凪ヨウ

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Case126.天才女医の正体④

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「これで全てが繋がった。女優の側を離れたり、やけにアリバイが被るなんておかしいと思っていた。この事件は、ある人物を除いて全員嘘をついている。」

 玲央の言葉に、龍は頷いた。女医は楽しそうに笑う。

「すぐにバレる嘘をついて誰かを庇っている可能性もあるよね。その場合、誰を庇っていると思う?」
「リリカさん自身ですよ。そうでなければ、この事件は成り立たないんですから。」
「へえ。結論が同じで安心した。やっぱりユウシュウだね。」

(この女医・・・何者だ?医学の知識があるのは当たり前だが、俺たちの取調べの話なんてさっき1回聞いただけ・・・それなのに、“同じ結論で安心した”?ただの法医学者とは思えない。)

「そういえば・・・脅迫状の件は解けたの?」
「筆跡鑑定に回しました。もうすぐ連絡が・・・・」

 龍のスマートフォンが鳴った。アサヒからである。

「どうだった?」
『あなたたちの予想通り。あの脅迫状を書いた人物はーーー・・よ。』
「やっぱりそうか。これで事件が解決できる。」
『それなら良かったわ。』

 龍は電話を切り、玲央の方を見て頷いた。

「よし、全員をここに集めよう。謎解きの時間だ。」
                     
            ※

「急にどうされたんですか?」

 呼び出されたのは、マネージャーの筒井、メイク担当の浅井、衣装担当の狭間、同期の館原、後輩の猪狩の5人だった。

「この事件の真相を皆さんにお伝えするために集まって頂きました。」

 全員の顔つきが変わった。玲央は深呼吸をし、続ける。

「この事件の犯人は、館原さん以外の4人全員です。」
「・・・ばっ・・馬鹿なことを‼︎」

 筒井が机を叩きながら立ち上がった。玲央は落ち着いた口調で続ける。

「アリバイ作りが下手すぎます。ほぼ全員が朝食という同じ理由で綾小路さんの元を離れたなんてこと、本気で信じられると?あなた方のアリバイは、お互いを庇うようにできていた。誰か1人が誰かを目撃し、死亡推定時刻には姿を消す。単純な話ですが、真相を隠すためにはいいやり方だったかもしれませんね。」
「そんなこと言ったら!」

 立ち上がったのは猪狩だった。館原を睨みつけ、怒鳴る。

「館原さんの方がよっぽど怪しい‼︎彼女はリリカさんのライバルだったんだから!彼女を殺す動機は十分に・・・!」
「俺たちは一言も、綾小路さんが殺されたとは言ってませんよ?あなた方なら分かっているはず。綾小路さんの死は、自殺であったと。」

 4人の顔に戦慄が走った。龍が息を吐き、説明を引き継ぐ。

「事の発端は綾小路さんの元に届いた脅迫状だった。彼女は命を狙われるなど思っておらず、脅迫状の存在に怯えた。しかし、いたずらの可能性も捨てきれないと感じたあなたたちは、彼女の訴えを重くは取らなかった・・・すぐにいつものように戻ると、そう思っていたのでしょう。」

 筒井は龍の言葉に顔を歪めた。

「・・・・そうです。警察に相談したら大ごとになる・・彼女の仕事を奪わないため、彼女のためと思ってやったことだった。それなのに・・・!」

 “自殺した”。その言葉を、彼らは飲み込むように俯いたり、視線を逸らしたりした。苦しげな息遣いが聞こえてくる。龍は軽い溜息をつき、話を続けた。

「事件の概要はこうです。6時頃、メイク担当の浅井さんがホテルに到着する。この時、まだ綾小路さんは亡くなっていません。
 そして6時半頃に筒井さんが到着し、綾小路さんはネックレスを忘れたから取りに行って欲しいと頼み、筒井さんはすぐにホテルを出た。浅井さんは朝食がまだだったため、コンビニに行くと言って席を外した。
 あなたが出て行った後、衣装担当の狭間さんがホテルに到着。彼は綾小路さんと衣装の確認をし、7時頃に筒井さんからの連絡を受け、彼女を1人にして朝食を取りに行った。
 そして8時頃、綾小路さんが亡くなったという連絡を筒井さんから受けた・・・大雑把に説明するとこうなります。」
「ちょっと待ってください。」

 声を上げたのは筒井だった。彼は椅子から立ち上がり、龍に尋ねる。

「今のあなたの説明では猪狩さんが犯人である証明がなされていません。彼女を容疑者から外すべきでは?」
「必要ありません。なぜなら、彼女の発言は全て嘘だからです。」

 猪狩の顔が真っ青になった。龍は館原の方を向く。

「館原さん。」
「え、何?」

 自分に意見が向くと思っていなかったらしく、館原は驚いていた。

「今朝猪狩さんとスタジオで朝食を摂られましたか?ご本人がそう仰っているのですが。」
「はあ?摂るわけないじゃない。ライバルの後輩よ?第一、今日猪狩は仕事自体入っていないって・・・・」
「その通り。猪狩さん、あなたのマネージャーに確認させてもらいましたよ。あなたは今日仕事がなく、出かける用事も特にない・・・と。これは前日に確認したと言っていましたから、まず間違いありません。」

 猪狩は膝で両の拳を握りしめた。唇を強く噛み、肩が僅かに震えている。

「綾小路さんのライバルである館原さんと食事をしたと言った時からおかしいとは思っていました。私たちが話を聞いた時のあの態度は、綾小路さんが亡くなられたことと、自分の嘘がバレるかもしれないという恐怖からだったのですね。」

 猪狩は震えながら顔を上げた。今にも泣きそうな顔で彼女は叫ぶ。

「・・・どうして、どうして私のマネージャーの連絡先が分かるの⁉︎筒井さんたちはそんなこと絶対に言わないはずなのに‼︎私のスマホを持っていたわけでも・・・!」
「あなたのスマートフォンは手に入りましたよ。現場に残っていたスマートフォン・・・あれは綾小路さんの物ではなく、あなたの物でしょう?」

 筒井たちは思わず押し黙った。龍が横目で玲央を見ると、彼は言葉を引き継いだ。

「指紋は確かに綾小路さんのものでした。しかし、血液はAB型・・・妙だと思いましたよ。このスマートフォンに触って欲しくないとでもいうような・・・そんな訴えを感じた。そして調べた結果、連絡先に綾小路さんの名前があること、持ち主の名前が猪狩莉愛さんであることが分かりました。」
「そんな・・・データは全て消去したはずなのに・・・・。」
「調べれば復元できるんですよ。近年は便利な世の中ですし、うちにも優秀な鑑識がいる。さほど苦労はしませんでした。」

 あっさりと言いのけた玲央に、狭間は苦笑しながら言った。

「・・・・私と筒井さんがAB型で、スマートフォンは猪狩さんのもの・・・。今度は浅村さんを疑う理由が消えたように思いますが。」
「消えていません。彼女が行ったというコンビニの監視カメラには、浅村さんの様子が映っていなかった。アリバイが証明できないんですよ。しかしだからと言って、ホテルに戻ったわけではない。浅村さんは、スタジオに行ったんです。綾小路さんが探すネックレスが存在しないことを、筒井さんに伝えるために。」
「なぜそうだと?」
「ホテル入り口及び駐車場の監視カメラから推測しました。入り口から出た彼女は妙に首を傾げていて、駐車場を出て行く彼女はコンビニと反対方向・・スタジオの方へ向かっていた。調べたところ、反対側の道に行けばコンビニには行けません。朝食を買いに行ったというのは嘘です。」

 筒井は諦めたように首を横に振った。その顔には薄い笑みが浮かんでいる。

「全て、あなた方の言う通りですよ。私たちはお互いのアリバイ作りのために翻弄し、適当なアリバイをでっち上げました。・・・・ここまで見抜かれるとは予想外でしたが。」

 筒井の言葉に2人は何も言わなかった。玲央が尋ねる。

「何があったのか詳しくお聞かせ願えますか?」
「はい。今朝、私は浅村さんの話を聞いて急いで戻るという連絡を狭間君にしました。彼は意味が分からなかったでしょう。しかし、私の口調から何かを感じ取ってくれたのか・・・現場のホテルの近くに住んでいた猪狩さんに連絡をしてくれたんですよ。」
「ええ。私は狭間さんの連絡を受けてホテルに行きました。彼と一緒にリリカさんの部屋に行って、中に入った。でも、彼女は既に亡くなっていたんです。」

 毒が何かは分からなかったが、服毒自殺をしたことは側に倒れていたグラスで理解したと猪狩は言った。狭間が猪狩を宥めながら後を継ぐ。

「私たちは混乱しました。しかしそれと同時に、彼女をこのままにして置けないと思ったんです。心臓麻痺で泡を吹き、胸を押さえながら苦痛に顔を歪めていた彼女を見て、居ても立っても居られなくなった。」
「それで、首吊り自殺の工作をしたんですね。」
「はい。泡を拭き、表情を穏やかな顔に戻して・・・。でも、中々顔を穏やかにするのが難しかったんです。そして、彼女の歯で私は腕を切ってしまった。」

 そう言いながら、狭間は自分の左腕のシャツを捲った。そこには、まだ血が滲んでいる傷がある。

「傷の手当てをしようとしている最中に筒井さんと浅村さんが来て、偽装工作を手伝ってもらったんです。そして筒井さんが、リリカさんのスマートフォンを回収するべきだと。」
「彼女は脅迫状の写真を持っていた。だからもしそれが残っていたら、彼女は他殺になってしまうかもしれない・・・。そう思って、彼女と同じスマートフォンを持つ猪狩さんに身代わりとして置くことを頼みました。もちろん、彼女の指紋をつけて、です。そうでないと身代わりにはなれませんから。」

 苦し紛れに呟いた筒井の言葉を、浅村が継いだ。

「死後硬直が始まっていなかったのが幸いで、顔は穏やかになった。でも、汗を掻いてメイクが落ちた彼女の顔を放って置くことができなかった。」
「だから彼女の顔はメイクが施されたばかりのようになっていたんですね。解剖をした際、化粧品の匂いが部屋の中に充満していました。」

 龍の言葉に筒井は苦笑した。

「馬鹿なことをお思いになるかもしれませんが、私たちは彼女に美しいままでいて欲しかった。美しい彼女が・・・好きだったんです。」

 筒井たちは涙を流していた。玲央は長い息を吐く。

「綾小路さんに脅迫状を送りつけたのは彼女の学生時代の恋人でした。彼女の身辺を洗って筆跡鑑定を行なった結果です。先ほど、脅迫罪として逮捕状を出しました。」
「そうですか・・・。それは・・良かった。」

 悲しくなるほど穏やかな表情をした4人は、抵抗することなく、警察に連行されて行った。
                    
            ※

「今回は助かりました。氷室さん。」
「お礼なんていいよ。私は仕事をしただけだから。」

 2人は思わず目を丸くした。彼女の今の言葉を、どこかで聞いたことがある気がしたのだ。
 そしてその時、龍は何かを思い出し、呟いた。

「アサヒ・・・?」
「何よ。」  

 突然背後に現れたアサヒに、2人はギョッとした。

「アサヒ、何でここに?仕事は?」
「終わったわ。それにしても、わざわざ法医学者に礼を言いに行く律儀ねえ。でも生憎、この人はそんな礼儀を求める人じゃないわよ。」
「え?この人って・・・お前、氷室さんと知り合いなのか?」

 アサヒは軽く溜息をついた。女医の前に立ち、口を開く。

「紹介するわ。氷室日菜。旧姓・西園寺日菜。私の姉よ。」
「はあ⁉︎」

 2人は思わず大声を出した。
 が、瞬時に全てを理解した。海里と小夜のこと、2人の現状、匿っているアサヒの姉であれば、真相を知っていてもおかしくない。

「ずっと誰かに似ていると思ったけど、君だったのか。おまけにさっきの言葉・・・“仕事をしただけ”。君の口癖だと思ったけど、お姉さんの?」
「まあね。驚いた?」
「ああ。お前、自分の家族の話、全くしなかったからな。」
「そういえばそうね。あ、ちなみに兄も1人いるわ。私こう見えても末っ子なのよ。」

 女医ーーー日菜は笑っていた。2人の驚く顔が見れて満足のようだ。

「ずっと言いたかったんだよ。でもこの子が勝手に喋るなって言うからさ。君たちの焦る表情、面白かったなあ。」
「・・・・口癖と顔だけじゃなく性格もそっくりかよ。」
「君たちも私たちのこと言えないよ~。だって、今日推理をしている君たちは全く同じ顔に見えたもん。いやあ、兄弟姉妹って切っても切れない関係だよねえ。」

 2人はひとしきり笑うと、同時に踵を返した。後ろ姿もよく似ている。

「また会おうね~刑事さん。今度は、探偵さんに会えるといいなあ。」

 玲央は苦笑し、言った。

「考えておくよ、氷室さん。」
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