小説探偵

夕凪ヨウ

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Case115.人形館の呪い⑤

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「・・・・お金が欲しかったの。」

 海里の尋問に耐えかねたのか、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。

「大学生になって、勉強もしたけど、やっぱり遊びたくて。計画無しにお金を使ってたら、あっという間に手持ちが失くなっちゃって・・・。貯金はしてたけど、それすら危なくなって来て。」
「それでお金を作らなければならない・・と?」
「そう。でも変な所で働くのは嫌だし、何か高価な物を売れないかなって思ったの。それで、実家の人形を思い出した。」

 部屋には、沙代子と佳代子、希も来ていた。佳代子は口元を抑え、妹の言葉に終始驚いている。沙代子は何も言わず、希は目をパチパチさせていた。

「触るのも嫌だけど、お金のためなら仕方ない・・って。たくさんあるし、1個くらい売ったって誰も気づかない・・・そう思って。」
「ただ希さんは普段から人形と触れ合っており、すぐに異変に気づいた。しかしあなたが犯人だと思いもしない佳代子さんは、人形が失くなったことも、希さんが異変に気づいたことも言わなかった。そしてあなたはそれを知らずに売り続けていた・・・・。」

 美菜子は頷いた。彼女は軽く溜息をつく。

「人形って意外に売れるのね。私驚いて・・・お金が入って来たから、何だかやめられなくなっちゃった。」
「盗癖か。ストレスや不安が原因で盗みがやめられなくなる。万引きや窃盗を繰り返す場合に当て嵌まることが多いな。」
「そうだね。売買するうちに、抜け出せなくなってしまったんだろう。でも美菜子さん、1つ分からないことがあります。」

 そう言いながら、玲央は自分のスマートフォンを机に置いた。画面には、壊れた人形の写真がある。

「これもあなたが?」
「えっ・・・?違う。私は、ただお金が欲しいから売ってただけで、壊してなんかいない。」
「当たりですね。」
「ああ。破損の犯人は別にいる。」

 美菜子は震えながら、沙代子の前に手をつき、頭を下げた。指先がピンと伸び、頭は床につきかけている。

「ごめんなさい。お母さんの反対を押し切って家を出て、遊び呆けて、犯罪までして・・・本当にごめんなさい。」

 沙代子はしばらく何も言わなかった。やがて、深い溜息をつき、口を開く。

「あなたが盗んでいることは初めから予想が付いていました。昔からお金の換算が苦手なあなたが、上手くお金をやりくりしているとは思っていなかった。ただ確信が持てなかったから、佳代子に警察へ行くよう勧めたんです。」
「お母さん。」

 沙代子は笑っていた。海里たちに見せた厳しい表情とは正反対の、優しい笑顔だった。

「相談してくれれば、お金の援助はしました。麟太郎さんに相談したりして・・・そうでしょう?佳代子。」
「はい。」

 母の問いに佳代子は迷わず頷いた。

「お姉ちゃん・・・。私、希ちゃんの大切な物を・・・・」
「いいの。あなたが盗んでいたことに驚いていないわけじゃないけど、あなたが無事で良かった。最近連絡もして来ないから、心配していたのよ?姉妹なんだから、悩みがあるなら気軽に話して。私はあなたの力になりたいんだから。」
「・・・うん・・。」

 美菜子は佳代子に抱きついた。希はゆっくりと美菜子に近づき、彼女の頬に両手を添える。

「美菜子おばちゃんは、悪いけど、悪くない!私、おばちゃんがドロボーしててもおばちゃんのこと好きだもん‼︎」
「希ちゃん・・・」

 2人が抱き合おうとしたその時だった。

「ん?何だ・・・?」

 家が揺れていた。地震かと思ったが、速報は来ていない。その瞬間、圭介の顔色が変わった。彼は、鋭い目つきで周囲を睨みつけている。

「神道さん?」

 何かが割れる音か、倒れる音が、壊れる音が、した。窓ガラスは少しずつヒビが入っている。今にも割れそうな、鈍い音が耳にこだまする。

「伏せろ‼︎」

 圭介がそう言った瞬間、家が大きく揺れ、窓ガラスが割れた。破片が海里たち目掛けて飛び散り、龍と玲央は咄嗟に上着を脱いで佳代子たちを庇った。

「なっ・・・⁉︎」
「動くな!伏せとけ!」
「神道さん、どこへ⁉︎」
「刀を取ってくる‼︎全員そこから動くな!」

 圭介は部屋を飛び出し、荷物を置いた人形の部屋に向かった。彼は部屋に飛び込むと細長いケースに入れた刀を掴み、急いで海里たちの元へ戻った。

「希ちゃん!その人形、俺に貸してくれ!」
「えっ⁉︎」
「壊すわけじゃないんだ!とにかく早く!」

 希は佳代子に人形を渡し、佳代子はそれを圭介に渡した。圭介はケースのチャックを開け、中から刀を取り出した。

「おい!何するつもりだ⁉︎」
「“追い出す”んだよ!」

 圭介は刀を抜き放つと同時に、人形を床に置いた。そして、刀を優しく人形の頭に当てる。
 その瞬間、揺れや家なりが収まり、何かが倒れる音や割れる音も消えた。床には割れた窓ガラスが散乱しており、龍と玲央は驚きながら切り傷の血を拭った。

「神道さん・・・今のは一体・・⁉︎」
「ポルターガイスト。」
「ぽる・・何です?」

 圭介は息を吐きながら刀を仕舞った。壁にもたれかかり、海里たちに向き直った。

「ポルターガイスト・・・・心霊現象の一種だ。人が触れていないのに物体が移動したり、破壊されたり・・物が割れたりした音はラップ音って呼ばれるな。これもポルターガイストに分類している人間もいるよ。」
「つまり端的に言うと、霊が起こす現象で、今回のこれが当て嵌まるってことだね?」
「ああ。もうこの場ではっきりさせとくぜ。この家には確実に霊がいる!それもかなり力を持ったーーーな。」
                    
            ※

「幽霊⁉︎」

 騒ぎを聞きつけて早めに帰ってきた麟太郎は目を丸くした。圭介は冷静に頷く。

「心霊現象が起こりましたから。念のため・・と人為的な痕跡がないか調べましたが見当たらない。これは確実に霊の仕業です。」
「まさか・・・そんな・・・・」
「信じられないのも無理はありません。」
「・・・・早速除霊を?」

 麟太郎の質問に圭介は静かに首を横に振った。

「いや。家全体にいるのか、どこか一部にいるのか・・・それが分からない以上、下手に除霊はできません。加えて、人形が破損した件は人間がやった可能性が高い。警察の協力も必要です。」

 麟太郎は酷く考え込む風だった。無理もない。依頼したとは言え自分の家に幽霊がいますと言われて、納得する人間など、まずいないのだ。

「一先ず、沙代子さんたちをどこかに避難させることはできませんか?心霊現象は、そんな簡単に収まらない。何を狙って行動を起こしたかは不明ですが、今この家にいるのは危険すぎる。麟太郎さんも、できれば避難して頂きたい。」
「避難か・・・少し待っていてください。妻と話してきます。」

 麟太郎が部屋を出て行くと海里は2人に尋ねた。

「どうしますか?」
「残るしかないだろうな。さっきのアレが人為的なものでないことは明らかだが、神道が話した30年前の1件も気になる。」
「うん。多少危険な目にあっても、調査は続行するべきだ。この事件・・いや、この家には、不可解なことが多すぎるからね。」
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