小説探偵

夕凪ヨウ

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Case112.人形館の呪い②

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「また会ったな。」
「ええ・・・。やはりお越しになられたんですね、神道さん。」
「そんなに硬くなるなよ、海里。」

 2人の軽口を聞いて、佳代子は2人の顔を見比べた。

「知り合いなんですね。」
「まあ、そうですね。」

 圭介は頷きながら、佳代子に向き直った。

「今から私たち2人でやりますから、奥様は下がって頂いて構いませんよ。」
「そうですか?では、お言葉に甘えて。後でお茶をお持ちしますね。」

 そう言い残すと、佳代子は部屋を出て行った。彼女の足音が遠のいたのを確認した後、圭介は溜息をつく。

「しかしまあ、面倒な場所に駆り出されたな。」
「そうなんですか?私は人形が無くなるなどと聞いているので、盗難事件かと。」
「あー違う、違う。そういう意味じゃなくて、霊的な話さ。」
「え。」

 海里は目を丸くした。圭介は肩にかけていた細長いケースを床に下ろす。

「俺も一応除霊師だしな。いる可能性があるとは思うさ。」
「・・・・実感が・・全く湧かないのですが・・・」

 海里は信じられないと言う顔で圭介を見た。彼は苦笑いを浮かべる。

「だろうな。正直、俺もまだ正しいか分からない。第一よくある話だろ?人形が動く、髪が伸びる、涙を流す・・・幽霊屋敷だーなんて。」
「確かに・・しかし可能性として0ではないのですね?」
「ああ。いかにも怪しいし、手入れされていない離れも気になった。許可が出たら見せてもらうよ。」

 圭介はそう言いながら、部屋を歩き始めた。日本人形の作りに感心しながら、ぶつぶつと小言を呟いている。

「しかし意外でした。」
「ん?」
「除霊師と仰っていましたから、すぐに霊を祓ってしまうのかと。」

 海里の言葉に圭介は苦笑した。

「偏見だねえ。そんなことはねえよ。霊がいるという前提で仕事に来るが、実際はいないことがほとんどだ。いたらちゃんと祓うし、いなくても不安がる依頼者がいれば祓う。結構依頼者とのコミュニケーションが必要なんだよな。」
「そうなんですね。」

 海里は圭介の言葉に頷きながら、人形がある多くの棚のうちの1つを開けた。鍵はかかっておらず、シンプルなガラス戸だ。少し叩いてみたところ、強化ガラスだと分かった。

「ん・・・?神道さん、これ・・・・何でしょう。」

 海里が取り出したのは1枚の紙切れだった。丁寧に折りたたまれているが、埃を被っている。棚の奥にひっそりとあったらしい。

「何か書いてあるのか?」
「えっと・・・・“悪魔”・・?」
「何じゃそりゃ。」

 圭介は海里の横から顔を出して紙を覗いた。そこには、確かに悪魔と書かれており、文字はだいぶ薄くなり、紙の色彩も褪せていた。

「結構前に書いたのかもな。」
「そうでしょうね。しかし誰が何の目的で?しかも、こんな見つかりにくい場所に置くなんて・・・何かを伝えたかったように思うのですが・・・・。」
「見つかったらまずかったんじゃねえの?」

 海里は考え込んだ後、紙を胸ポケットに入れた。

「後で佳代子さんにお聞ききましょう。午後には東堂さんたちもお越しになられますし、本格的な調査ができるはずです。」
「本格的、か。だが実際は盗難と器物破損だろ?そこまで大袈裟にすることなのかねえ?そもそも、なぜその2つで内部の人間を疑わないんだ?まして家に誰かが住み着いているなんて、随分ぶっ飛んだ話じゃねえか。」
「それは私も思いました。しかし、私はあくまで警察の要請で動く身です。勝手なことは聞かないよう一応は心がけています。」
「真面目だねえ。まあ、俺も一応調査はするけど・・・仮に幽霊だとしたら現れないかもな。霊は人が来たら姿を隠すのが基本だし。」

 圭介の言葉に海里は感心した声を上げた。すると、

「どちら様かしら?」

 襖の側に立っていたのは、初老間近の女性だった。灰色の髪を団子にして一つにまとめ、紺色の着物を着て堂々と立っている。2人を見る目は冷たい。

「すみません。私は江本海里と申します。佳代子さんの依頼を受けて、警察の協力者として盗難事件の捜査をしています。」
「盗難・・?ああ、人形の。そちらの方は?」
「私は神道圭介と申します。旦那様・・仲村麟太郎さんの依頼で来ました。」
「警察の方ではないのですね・・・となると、霊か何か?」
「はい。」
「そう・・麟太郎さんはオカルトがお好きだとは思っていたけれど、幽霊がいるだなんて随分馬鹿馬鹿しい話をする様になったようですね。」

 女性の言葉に、2人は唖然とした。海里は遠慮気味に口を開く。

「あの・・失礼ですがあなたは?」
「仲村沙代子と申します。佳代子の母です。」
「・・・・あっ・・すみません。ご挨拶が遅れて。」
「それは構いませんけど。早めに済まして頂けると助かるわ。」

 沙代子が去っていくと、2人は思わず床にへたり込んだ。彼女の圧で息ができていなかったのか、深い溜息をつく。

「驚きましたね・・・。」
「おう。何事かと思ったわ。まあ、部外者が家に入って部屋漁ってたらそりゃ怒るわな。」
「ですね。許可も出ましたし、続けましょう。」
                    
            ※

 午後に到着した龍と玲央は、圭介の姿を見て驚いた。

「こりゃ驚いた。まあ、実際その線があるならいてもらったほうが助かるね。」
「ああ。それで、何か分かったか?江本。」
「壊れた人形を見せて頂いたのですが、恐らく・・ハンマーか何かで叩き潰したと思われます。頭部や手足・・多くの部分が壊れていましたね。」
「失くなった人形は?」
「把握できていないそうです。これは見て頂いた方がいいかと。」

 人形のある部屋を見た2人は、驚き、呆れた。

「なるほどな・・・。確かにこれなら失くなっても認知しにくいか。元日本人形の職人とはいえ、ここまであるのは予想外だな。」
「私も驚きました。それと、部屋の1番右奥の棚に、こんなものが。」

 海里は例の紙切れを渡した。紙を見た2人はすぐに怪訝な顔をする。

「子供のいたずら・・・と言いたいけど、この達筆な字からして子供じゃないね。大人が書いた・・・しかも左利き。」

 玲央は紙切れの端についている掠れたインクを指さした。手の側部が擦れた跡がある。

「鑑識に回そう。龍。アサヒに連絡してくれ。」
「分かった。だがこの紙、今回の盗難や器物破損とは関係ないだろうな。」
「多分ね。」

 2人は沙代子と佳代子に話を通し、部下にメモを持って警視庁へ行ってもらった。

「君が希ちゃんかな?」
「うん。おじちゃん、だあれ?」
「俺は警察。最近、希ちゃんの大切なお人形が盗まれたり、壊されたりしたんだって?」
「・・・・うん。おじさんたち、はんにんつかまえられる?」
「できるよ。大丈夫。」

 玲央の笑顔に、希は嬉しそうに笑った。佳代子は良かったわねと言いながら2人を見る。玲央は立ち上がり、真っ直ぐに佳代子を見た。

「とりあえず詳しい事情が知りたい。交番で話されたこと、もう1度私たちに話して頂けますか?」
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