小説探偵

夕凪ヨウ

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Case110.仮想世界の頭脳対決⑥

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「準備は?」
「いつでも!」

 圭介が笑うと、龍が少し屈んだ。圭介は走り、龍の足を踏み台にして勢いよく岩に飛び乗った。

「どうですか?」
「暗号・・パスワードかな。取り敢えずやってみる。」

 龍と玲央は頷き、目の前にいるライオンを見た。

「こっちはどうしようか。暗号を解いた結果、何が起こるか分からないから、倒した方がいいんだろうけど・・・・」
「銃は無いし・・・ライターの火じゃ怯えないだろうな。」

 圭介は必死に機械をいじっていた。目の前にいるライオンは、偽物と分かっていても酷く本物らしかった。
 すると、ライオンが唸り声を上げて2人に飛びかかった。後ろに下がるわけにもいかず、2人は間一髪でライオンの牙をかわした。

「チッ・・・こんなこといつまでも続けてられねえよ。」

 その時だった。突如、地面が揺れた。いや、空間が歪んだのだ。地面に亀裂が入り、ライオンの姿が薄れていく。同時に、

「できた!」

 圭介の叫びが聞こえた。パスワードが分かったのだ。彼がそう叫んだ瞬間、マグマが消えていき、広々とした荒野が目の前に現れた。崖のように急な坂となだらかな坂があり、仕掛けは見当たらない。喜ぶ声が上がるが、空間の歪みは止まらず、まるで世界が崩壊しているように見えた。

「これは一体何だ?犯人の仕業か?」
「いや・・・それにしては乱暴すぎます。犯人は自分が作り上げた世界を酷く愛しているように見えました。それなのにこんなことをするのは・・・・」

 すると、頭上から声が聞こえた。

『玲央!龍!聞こえてる⁉︎』
「アサヒ!無事だったのか?今、どこだ?」
『現場にいるわ。私たちが呼び寄せられたあの荒廃したビル。あなたたちを含め、目覚めていない人は病院へ・・・。私は他の鑑識課の人と一緒で、さっき犯人が作ったこの世界のプログラムを発見したのよ。で、今壊している途中。そっちに何らかの反応はない?』
「まさか、この空間の歪みや地面の亀裂?」

 アサヒはええ、と言って続けた。

『結構時間がかかったけど、プログラム自体はすぐに見つけられた。仕掛けを壊すのが面倒だったの。今、どこにいて何が起こっているのか、簡単に教えて。』
「目の前にマグマがあって、解除したら荒野が広がっている・・・ってところだ。」
『・・・・なるほど、そこか。まだゴールまでには遠いわね。』
「そうなんですか?」

 海里が不安げな声を上げたが、アサヒは明るく答えた。

『生憎。でも安心して。九重警視長たちが犯人確保に向かったから、私はこの世界を壊すだけ。すぐに現実世界に戻すから、取り敢えず進んで頂戴。』
「分かった!後で会おう!」

 そこで通信は途切れた。荒野を見ると、本当に何もなく、ただ進むだけの道だった。玲央はなだらかな坂から他の人々を降ろし、海里たち4人は崖から飛び降りた。

「急ぎましょう。恐らく、アサヒさんはここより“前”のプログラムを破壊している。巻き込まれないよう、走るべきです。」
「そうだな。行こう。」
                    
            ※

 東京都内のとあるホテル。

「警察だ!動くな!」

 ホテルの一室にいた1人の男は、突然の警察に驚き、慌てふためいた。

「な、何なんですか⁉︎僕が何をしたと・・・‼︎」
「不正指令電磁的記録に関する罪で逮捕だ。桜山昂。お前は警視庁のパソコンを乗っ取り、不正なメールを送り、拉致にも相応しい行動をした。これは重罪だ。」
「ちっ・・・違う‼︎僕は何も・・・・」
「もう、言い訳できないわ。桜山さん。」
「あなたは・・・!」

 小夜を見た桜山は、一瞬驚き、すぐに怒りの表情に変わった。両の拳を握りしめ、体はわなわなと震えている。それを見た小夜は目を細め、言った。

「ごめんなさい。・・・・今更謝っても仕方がないけれど、あなたに会ったらまず謝りたかった。」

 謝罪を聞いた桜山は、苦しそうな顔をし、震える声で続けた。

「・・・・どうして・・・あの時、何も言ってくれなかったんですか?あなたが何も言ってくださらなかったから、僕たちは解雇された‼︎あなたが力を貸してくれたら、何も起こらなかったかもしれないのに!」
「・・・ええ、その通りね。私が間違えた。」

 小夜はあっさりと自分の罪を認めた。軽く息を吐き、真っ直ぐ桜山を見つめる。

「でも、今のあなたの行動が正しいとは思わない。そして、あなた自身も正しいと思っていないはずよ。違う?」

 桜山は何も言わなかった。小夜はゆっくりと桜山に近づく。

「あなたは自分の作る世界がいかに素晴らしいものかを証明するために今回の一件を企てた。本来、ゲームの“参加者”は天宮家だけにしようと思っていたけれど、3人が捕まり、4人が死んだことで計画を変更せざるを得なくなった。」
「・・・そうです。でもあなた1人だけに何かしても、僕の心は静まらない。だから、あなたの人間関係を調べた。」

 小夜は頷きながら言葉を続けた。

「そうね。そして調査の結果、あなたは江本さんたちに行き着いた。偶然にも彼らは探偵、警察と・・・失えば困る人間ばかり。都合が良いと考えたあなたは早速連絡先を調べ、コンピュータを乗っ取った後、メールを私たちに送りつけた。まあ残念なことに、私は携帯を買い換えるタイミングが重なって、あなたのメールが届かなかったけれどね。」

 小夜は皮肉げに言い放った。桜山は苦笑する。

「私がいないことで、あなたは計画が狂ったと思った。すぐに戻そうとしたけれど、仮想世界から抜け出す方法はゲーム内でボタンを押すか、外からゲームを破壊するの2択のみ。自分の作った世界を壊したくなかったあなたは、前者を選び、人々をゲームに導いた・・・・こんな感じで合ってる?」
「・・・流石ですね。でも、だから何だというんですか?彼らは僕が作り出した世界を彷徨っている。ボタンを押すか、ゲームを破壊するしか道はない。後者はまず無理だ。」
「本当にそう思っているなら、あなたは調査不足だわ。」

 小夜ははっきりとそう言った。スマートフォンを出し、通話ボタンを押す。

『終わったわ、小夜さん。』
「ありがとうございます。アサヒさん。」
『少し時間がかかったけどね。それより、あなたの方はどう?』
「一応、上手く行ってます。」
『良かった。じゃあまた。』

 短い電話を切った後、小夜はゆっくりと振り向いた。そこには、微かに息を切らした龍と玲央がいる。

「桜山さん。私が過去にしてしまったことは許されない。自分の苦しみだけを考えて、他の人の気持ちを全く分かろうとしなかった。そして、そのせいで多くの人が傷ついた。私は、もう同じ失敗は繰り返したくないの。」
「・・・だから大人しく捕まれと?」
「ええ。」

 小夜は少し後ろに下がり、代わりに2人が前に出た。桜山は俯き、深い溜息をつく。

「僕も・・・過去の天宮家と同じです。多くの人を傷つけて・・やり方が間違っていたら殺していた。自分の欲のために・・僕は・・・・」

 桜山はそう呟くと、ポケットからナイフを出した。自分の首に突きつける。

「これ以上生きたところで意味なんてない!」
「生きる意味を勝手に決めるな。人はいつか死ぬが、自分でその命を絶つ権利も、他人に奪われる権利もない。」

 龍は早足で近づき、ナイフを奪った。暴れそうになる桜山を床にねじ伏せ、手錠をかける。小夜は桜山の側に屈み、泣きそうな顔で言う。

「生きてください、桜山さん。私にはもうそれしか言えないけれど・・・それだけが願いなんです。生きて、罪を償って、あなたの作る素晴らしい世界を、多くの人に見せてください。」
「・・・・はい・・・。」

 一筋の涙が、桜山の頬を伝った。遠くから差す夕日が、ほのかに部屋を照らしていた。
                    
            ※

 東京都内の病院では、次々とゲーム世界にいた人々が目を覚ましていた。解除から30分ほど経った頃、圭介も目覚めていた。
 しかし、海里は依然、眠っていた。

「海里・・・まだ起きねえのかよ。」
                    
            ※

 海里は夢を見ていた。暗い部屋の床に妹・真衣と座っており、誰かが泣きながら自分たちの頭を撫でていた。

「海里・・・真衣・・ごめんね。どうか、私たちを許して。」

(誰・・?あなたは、誰ですか?どうして・・・私に謝っているんですか?)

「ーー・・・。早く行きますよ。これからの私たちには、“情”は必要ないんです。持っていては、いけないものなんです。」

(何・・?何をいっているんですか?情?命?あなたたちは、これから何をしようと・・・?)

 涙を流す女性を、隣にいた男性がそっと抱きしめた。男性は海里と真衣の頭を撫で、言う。

「お別れです、2人とも。もし、次私と出会った時は・・・“父親”だと思わないでください。きっと、私もあなたを“自分の子供”とは思わないから。」

(自分の子供⁉︎待って、行かないでください‼︎私はまだ、あなたに・・・!)


「海里・・・大丈夫か?」

 目覚めた海里の顔を圭介が覗き込んでいた。海里は夢の内容を朧げに覚えており、泣きそうな顔で圭介に言う。

「神道さん・・教えてください。何かご存知・・・何でしょう?私は、何者なんですか?私の両親は・・・今・・・・」

 圭介は驚き、しかしすぐに申し訳なさそうな顔をして、ゆったりと告げた。

「・・・・まだ、教えられない。真衣が目覚める、その時まで。」
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