小説探偵

夕凪ヨウ

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Case104.悪意なき悪人たち④

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「あれ、龍さんたち。また来たの?」
「ああ。スタッフ全員に話を聞きたいからな。それより、お前またバイトか?勉強は?」
「ちゃんとやってるよ。子供たちに勉強教えたりもしてるんだから!」

 文句を言いながら、美希子は海里たち3人を中に入れた。青海院長は事情を聞くなり、美希子に子供たちの面倒を頼み、スタッフを呼び寄せた。

「警察の方がお聞きしたいことがあるそうです。」
「え?」

 全員が不安な顔をした。当たり前だ。自分たちが容疑者になっている可能性があるのだから。しかし、海里は落ち着いている。

「簡単なことですから、緊張なさらないでください。」

 そう言いながら、海里は机にレコーダーを置いた。

「1人ずつお呼びしますから、部屋の外で待機していてください。まずは青海院長。あなたから。」
「分かりました。」

 不安げな顔で出て行くスタッフたちを見送ると、海里は椅子に腰掛けた。龍と玲央は壁にもたれかかり、事情聴取の様子を見ていた。

「まず、1人目の被害者・赤峰琳子さんのことで・・・・」

 1時間ほど話をして、海里たちは息を吐いた。

「スタッフは15人か・・・結構多いな。話を聞いたところ、嘘をついている人間は見当たらない。」
「ええ。ただ、この中にいないと決めつけることも難しいでしょう。赤峰さんに買い物を頼んだのはここのスタッフ。商店街が閉まっていると知っていて行かせたとすれば、確実に殺すつもりだったのですから。」
「そんな面倒なことまでして殺したい理由があるなんて、粘着質な犯人だね。」

 玲央は苦笑した。海里は考え込む様子である。

「そもそも、ここの孤児院には何人の子供がいるんでしょう。確かめていませんでしたね。」

 海里は立ち上がり、青海院長に生徒たちの名簿がないかと尋ねた。彼女は少し待ってくださいと言い、自分の部屋から名簿を取り出して来た。

「ありがとうございます。取り敢えず、1年前からのものを見ますか。」
「高校卒業後に出て行くシステムなんだね。大体・・30人か。基準が分からないから、多いのか少ないのかも分からないけど・・・・」
「10人の被害者は、赤子の頃からここにいる子供ばかりだな。アサヒの資料ともピッタリ合うし・・・。となると、長年勤めている人間?」
「可能性としては高いかもしれません。あっ・・・」

 その時、海里が手を滑らせて名簿を落とした。慌てて拾おうとした時、スタッフのところまでページが飛んでいた。そこには、1人のスタッフが亡くなり、別のスタッフが辞めたという話があった。

「これは・・・?」
「ああ、その話ね。」
「美希子。知ってるのか?」

 美希子は頷いた。その表情は曇っている。あまり良い話ではないのだろう。彼女は続けた。

「亡くなったスタッフさん・・・桂紗子さんは、生まれつき心臓病を患っていたの。とっても優しくて、子供たちも懐いていたんだ。
 だけど半年前・・・・子供たちと遊んでる最中に倒れて、病院に運ばれたけど亡くなったの。その後、気分的にしんどくなっちゃったのかな。周防雄介さんってスタッフが辞めちゃった。その後はその1件があってからか、みんなピリピリしてて・・・・」
「それに続いて今回の事件が起こった、と。」
「そう。“何でうちだけ”って言ってる人もいた。仕方ないけど。」

 海里は軽く目を瞑った。眉を潜め、考え込んでいる様子である。

「・・・・人の情とは面倒ですね。」

 海里の言葉に、全員が首を傾げた。海里は名簿を美希子に渡し、ゆっくりと立ち上がる、

「美希子さん。スタッフの方々の写真はありますか?」
「あると思う。ちょっと待ってて。」

 勢いよく部屋を出て行った美希子は、すぐに戻って来て、束の写真を机に置いた。龍がゆっくりとそれに手を伸ばし、1枚ずつ丁寧に見る。

「あった。これだろ?江本。お前が探しているのは。」
「・・・・ええ。」

 龍が見せたのは、桂紗子と周防雄介が2人で写っている写真だった。刹那、美希子は全てを悟る。

「そんな・・・まだ決まったわけじゃ。」

 美希子の言葉に被せるように海里は言った。

「何もないと思いますか?この写真の2人の薬指。これは婚約指輪でしょう。同じ色、同じ種類のものです。桂さんが亡くなった様子を知るためにも、彼に会わなければならない。」
「でもっ・・・‼︎」
「行こう、江本君。青海院長に聞いて許可を頂いてから電話を。」
「ああ。直接会って話がしたいから、住所も・・・・」

 美希子は話し合いながら部屋を出て行く3人を引き止めようとしたが、龍が静かにその手を制した。

「協力してくれて助かった。ここから先は手を出すな。」
「・・・・本当に、逮捕するの?」
「犯人であれば、な。」

 端的に答えた龍は、海里と玲央の後を追った。美希子はそれ以上何も言わず、3人の背中を見つめていた。
                    
            ※

 インターホンを押すと、虚な目をして無精髭を生やした青年が出て来た。まだ20代半ばくらいのはずだが、40歳くらいに見える。目の下のクマのせいだろうか。

「初めまして。周防雄介さんですね?」
「・・・誰ですか?あなた方。」
「警察です。数ヶ月前から発生した、小中学生轢き逃げ事件についてお話を聞かせて頂けませんか?」

 次の瞬間、周防は3人を押しのけてベランダから飛び降りようとした。すると、龍が咄嗟に彼の後ろ襟を掴み、引き戻した。強い力に、周防は全く敵わなかった。

「逃げる・・・ということは、疑いを深めるだけです。私たちも、まだあなたが犯人だと確定して訪れたわけじゃない。少しずつで構いませんから、お話してくれませんか?」

 龍の穏やかな口調に安堵したのか、彼は息を吐いた。ゆっくりと立ち上がり、どうぞと言いながら3人を中に通す。部屋はあまり広くはないものの、整頓されており、埃1つ見当たらなかった。正方形型のテーブルに3人は座り、周防は人数分のお茶を出した。

「ありがとうございます。では早速ですが・・・桂紗子さんのことについてお話し願えますか?周防さんは、桂さんと同僚・・だったんですよね。」

 海里は敢えて同僚だと言った。本人の口から婚約関係にあったことを口にして欲しいからだ。

「・・・・はい・・元々は。仕事をして行くうちに惹かれて・・・結婚しようって話になったんです。」

 わずかながら、周防は笑っていた。恋人を思い出すのは嬉しいのだろう。
 だが、すぐに笑みを消し、彼は言った。

「それなのに、彼女は死んだ。いや、殺されたんだ。彼女は・・・」
「“鬼ごっこの最中に発作を起こして亡くなった”、ですか?それだけで殺されたというのは、あまりに無茶な話でしょう。」
「しかし‼︎」
「子供たちは病気のことなんて知るはずがありません。彼女自身にも落ち度があった。子供たちの行動力を見誤っていたのは誰も同じだったはずです。」

 海里は素早く周防の言葉を遮った。周防は握り拳を膝に置き、歯軋りをする。

「青海院長が軽い注意をしたことはお聞きしました。しかし、それでも子供たちは理解できなかったでしょう。“心臓病を患っているから、無理をさせてはいけない”、などと。」
「・・・・子供は、難しい言葉を完全には理解できない。理解した“つもり”でいれば、危うくなる。」

 龍の言葉に、海里と玲央も静かに同意した。しかしそれでも、周防は納得しない。海里は淡々と続けた。

「そもそもおかしいんですよ。桂さんが亡くなった後、孤児院をやめたあなたが、なぜ子供たちの行動を把握できるのですか?1人目の被害者・赤峰さんの時点で多くの矛盾が生じていました。」
「何が言いたいんですか?」
「“協力者”がいるのでしょう?」

 周防は黙った。違うと言わんばかりに、大きく首を横に振る。だが、海里は止まらなかった。
 真実が目の前にあると知った時、彼の顔つきは変わる。その表情は高揚に近かった。

「もしいないなら、赤峰さんの事故は偶然だっというのですか?偶々見つけて、轢き殺した?あまりに出来すぎている。」
「偶然だ!協力者なんていない‼︎」

 周防は怒鳴ったが、海里は冷静だった。

「単刀直入に聞きます。協力者は青海院長ですか?」
「江本君、ちょっと・・・・」

 龍と玲央はまずいと思ったのか、海里の肩を押さえた。歯止めが効かなくなると、彼は周りが見えなくなる。しかし、海里は2人の制止など聞こえていないかのように周防を駆り立てた。

「沈黙は肯定と同義です。アルバイトの方にお聞きしましたが、孤児院の子供たちに買い物を頼んでいたのは青海院長でしょう?買い物メモを渡しているのも彼女だと聞いています。あなたが孤児院をやめてから、連絡を取っているスタッフは青海院長だけのはず。彼女以外にもいるなら話は別ですが、いかがですか?」

 逃げられないと思ったのか、周防は苦しげな顔で言った。

「・・・私が・・巻き込んで・・・・」

 海里は驚く様子なく頷き、言葉を続けた。

「罪悪感はなかったんですか?彼女は今も子供たちを見てるんですよ?」
「ありました・・・。でも、1人でやるのが・・」
「怖かった?ふざけないでください。あなたは7人に怪我をさせ、3人の命を奪った。過去とはいえ子供たちを見守る立場にあったのに、残酷な方法で彼らの命を奪ったんです。周防さん、あなたにーーーー」
「1つだけ、」

 海里の言葉を遮るように、龍が口を開いた。彼は海里を一瞥し、軽い溜息をつく。

「1つだけ・・・お願いしても構いませんか?周防さん。」
「・・・・何でしょう。」
「私たちと一緒に、青空孤児院へ来て欲しいんです。そして、子供たちに会ってください。」
「は・・・?」

 周防は意味が分からないというふうに目を丸くした。龍は深い理由を語らずに言葉を続ける。

「とにかく行きましょう。そうしないと、あなたは苦しんだままになってしまう。」

 玲央は龍の意図を組み込んだのか同意し、海里を説得して孤児院に向かった。

「周防さん?どうして急に・・・⁉︎」

 青海院長は驚いていたが、海里たちの様子を見て全てを察したらしかった。

 同時に、他のスタッフと遊んでいた子供たちは周防を見るなり、花のように明るい笑顔を浮かべて彼の元に走って来た。

「周防せんせえ~!返って来たのお?」
「いや、ぼ・・わ、私は・・・・」
「ねえねえ、一緒に遊ぼうよ‼︎前は遊んでくれたじゃん‼︎」

 子供たちは乗り気でない周防に向かって頬を膨らませていた。周防は困惑する。

「私はね、もう君たちの先生じゃないんだよ。そういうことは、他の先生に・・・・」
「どうして?先生じゃなくなっても、私たちにとって周防先生は先生だよ?ずっと、ずーっと大好きな、先生!」

 その言葉が、周防の心を照らした。目の前にかかった闇が晴れて行く・・・そんな気がした。そして彼を見て、龍が口を開く。

「周防さん。あなたは確かに罪を犯した。しかし、あなたを大切に思う人は、まだここにいます。その人々の思いを無視して、これ以上犯罪を続ける覚悟がありますか?」

 周防は、静かに涙を流していた。龍は続ける。

「人は、誰かに理不尽に命を奪われる権利はない。ただし、等しく罰を受ける権利はある。だから、終わりだと思わないで欲しい。あなたはこれから罪を償うために罰を受け入れ、更生のための道を進んで欲しい。判断を下すのは私たちではありませんが、良い結果になるよう取り計らいます。あなたは・・・子供が好きでしょう?彼らの笑顔をこれ以上奪わないために、罪を償ってください。」
「・・・・はい。ありがとう・・・ございます。」

 美しい涙が、溢れ出た。龍は静かに周防に手錠をかけ、玲央は青海院長に手錠をかけた。

「江本君。君は・・・君の頭脳は素晴らしい。でも、ちゃんと周りを見るんだ。目の前にある真実だけが、加害者の想いじゃない。」
「玲央さん・・・・私・・・」
「怒っているわけじゃないよ。徐々に知っていけばいい。君はまだ若いんだから。」

 そう言った玲央は、いくらか大人びて見えた。穏やかに笑うその姿が、海里に事件の解決を依頼した武虎と重なった。

「人が人らしくあるために、感情は存在するんだよ。どれだけ憎く思っていても、共に過ごした日々が心の底にあったから今回の事件は幕を降ろした。俺は警察官として罪を犯した人を逮捕するけど、自分のことを善人とは思わないし、悪人がいないなんて言えない。でも、全ての事件の全ての加害者が、完全な悪人じゃないと信じてているんだ。君も、そうじゃないかい?」

 優しい言葉だった。多くの事件に向き合って来たからこそ言える、真っ直ぐな言葉。海里は頷き、口を開く。

「・・・・はい。きっと、そうだと思います。」
                     
            ※

「そっか。解決できたんだね。」
「そのようです。」

 武虎は、事件解決の話を浩史から聞いていた。彼は報告を聞きながらゆっくりと頷き、椅子に腰掛ける。

「やっぱり彼の頭脳は本物のようだね。安心した・・・これからも力を貸してもらおう。」
「しかし・・・彼はあくまで“小説家”です。引き際が存在するかもしれませんよ。例えば、妹が目を覚ました時・・・とか。」
「可能性としては否定できないね。でも、彼も分かっているはずだよ?“謎を解くという楽しみ”を。」

 武虎の言葉に浩史は一瞬言葉を失い、驚愕しながら言った。

「・・・警視総監・・まさか、彼の心情を分かった上で事件の依頼を・・・⁉︎」
「ノーコメント。とにかく、悪人は嫌というほど世の中に蔓延っているんだ。  
 そして様々な都合から、俺たちが逮捕に踏め込めない人間もいる。そういう人間を逮捕するために、小説家でありながら探偵である、江本海里の力が必要なんだよ。」

 武虎の言葉に、浩史は思わず苦笑した。彼の言葉には、強い意志と同時に、有無を言わせぬ威圧感があった。

「テロ組織のことも何も分かっていない今、警察・探偵共に力を合わせなきゃならない。彼が断っても、とことん頭脳は使わせてもらうよ。多少強引な手を使っても、ね。」
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