小説探偵

夕凪ヨウ

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Case96.闇夜のダンスパーティー①

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 義父母の部屋で見かけた記憶のあるような服だった。いわゆる、ドレスコードと呼ばれるものだ。
 この場に似つかわしくない物に、私は思わず眉を顰めた。
「お主たちには、ダンスをしてもらう。なあに、そう難しいことではない・・・・ダンスパーティが頻繁に開かれていると思えばいい」
 この老人は何を言っているのだろう。そんな無茶苦茶な話が通るわけがない。今の状況は、紛うことなき拉致だというのに。
 私の疑問や人々の怪訝な表情など気にも留めず、老人は素敵な笑みを浮かべた。
「さ、皆々、夜までに着替えておいておくれ。楽しいダンスパーティーは、役者が揃わねば意味がない」

 ーカイリ『闇夜のダンスパーティー』第1章ー

            ※

 目を開けても何も見えなかった。正確には、真っ暗で何の姿も見ることができなかったのだ。海里は重い体を起こし、大きな怪我を負っていないことを確認してから、耳を澄ます。集中すると、人の声が聞こえた。1人や2人ではない、大勢の声である。
 話しかけてみようかと口を開いた瞬間、明かりがついた。一気に光が視界を覆い、海里は思わず目を瞑る。数秒経って目を開けた彼は、え、という声を漏らした。
 周囲には、真っ赤な絨毯と真白い壁が広がっていた。正面には2階に上がる大階段があり、傷一つ見当たらない。金色のランプが白璧に点在して淡い光を放ち、天井には巨大なシャンデリアがかかっている。明るすぎるほどの部屋は、パーティー会場のようだった。
「江本君!」
 聞き覚えのある声が聞こえ、海里は弾かれたように振り返り、声の主を呼んだ。
「玲央さん! どうして・・・・」
「俺もわからないよ。さっき目を覚ましたところなんだ。それにーー」
 玲央はゆったりと周囲を見渡した。そこには、2人同様、目覚めた十数人の人々がいる。彼らもまた、どうして自分たちがこんなところにいるのか、理解できないようだ。
「一体、ここはどこなんだろう。真新しい屋敷に見えるけど、取り敢えず場所の確認をーーあれ? 携帯がない」
 玲央と同じように海里も胸元を探ったが、スマートフォンや財布はなかった。腕時計すら外されており、服だけが元のままだった。
「江本君。ここに来る前、何をしていたか覚えてる? 俺は龍と一緒に仕事をしていて、事情聴取のために龍の車を借りたんだ。途中で昼食を買うためにコンビニに寄ったんだけど、そこからの記憶が一切ない」
「えっと・・・・私は、久しぶりに新作ができて、その原稿を編集者さんに見せに行ったんです。そしてその帰り、カフェに立ち寄ったのですが・・・・」
「記憶がない、と?」
 海里は頷いた。玲央はため息をつきながら頭を掻く。すると、正面にある大階段の最上に、突如車椅子に乗った老人が現れた。そして、その老人を見た瞬間、玲央の顔色が変わる。
「あの男はーー」
「ご存知なんですか?」
 海里の質問に、玲央は頷きつつ答えた。
「・・・・10年前だったかな。とあるダンスパーティーの会場で、4人の男女が亡くなったんだ。被害者はある一家の人間で、動機も犯人不明の殺人事件とされた。
 そして、彼ーー麻生義彦あそうよしひこは、容疑者の1人として挙げられたんだ。家族が死んだってこともあって、親族間の揉めごとを疑われてね。まあ、容疑者って言っても確定していなかったんだけど、候補に挙がったことを知った途端、彼は逃亡したんだよ」
 その一言を聞くなり、海里はギョッとして声を上げた。
「逃亡? そんな、より疑いが深まるようなことを・・・・」
「そうだね。実際、その結果として警察は一気に考えを変え、彼を“犯人”として捜査を続行したんだ。でも結局見つからず、10年間、未解決のまま」
 玲央が言い終わるなり、海里は階段の最上にいる麻生を見た。灰色の長髪を束ねており、真白い着物と黒い袴、丁寧に編まれた草鞋と、一昔前の人間のような姿だった。細められた黒目に光はなく、鷲鼻が余計に大きく見える。長く伸びた顎髭を触る姿は、創作物の悪役のようだった。彼は部屋にいる人々を睥睨へいげいし、怪しげな笑みを浮かべる。
「よくぞ集まってくれた。突然じゃがーーお主らには、今日から1週間、この屋敷にいてもらう」
「はあ⁉︎」
「嘘でしょ⁉︎」
「ふざけないでよ‼︎」
「家に返して!」
 周囲の人々が野次を漏らした。無理のない反応だった。誰も彼もが、事態が飲み込めないまま拉致され、さらに勝手なことを言われたのだから。
 しかし、麻生は人々の声に負けじと、車椅子の手すりを拳で叩いた。一瞬の静寂をつき、彼は部屋に響き渡る大声で怒鳴った。
「静かにせい! お主らに文句を言う権利などないのじゃ!」
「こんな大勢を拉致しおいて、随分と偉そうな物言いじゃないかな。麻生義彦」
 玲央は人々の輪を通り過ぎて、大階段の前に立った。海里が続けて動こうとするが、彼は軽く腕を上げて止める。
「初めまして。写真越しに顔は知っていたけど、やっぱりその歳になると顔はあまり変わらないみたいだね。違いはせいぜい、髪が少し伸びたくらいかな」
 普段通りの玲央の声音に、海里は一抹の安堵を覚えた。すると、途端に麻生は不気味な笑い声を上げる。
「・・・・ふぉっふぉっふぉっ・・・・その顔、その口調、実によく似ておる。ーーあの忌々しい男にの」
 玲央の眉が動いた。海里は不思議そうに首を傾げる。
「似てる?」
 海里は玲央が誰か有名人にでも似ているのかと思ったが、思い至らなかった。ただ、笑っている麻生の瞳には深い憎しみの炎が点っており、決して軽口を叩いたわけでないことは読み取れた。
 海里の視線を背中に感じながら、玲央は尋ねる。
「どうして逃げたの?」
「お主らのやり方が汚いからじゃよ。勝手に容疑者にして、逮捕しようとした」
「確かに容疑者にはしたけど、あくまで候補だ。警察の話を聞かずに逃げたのは君だよ」
 玲央の言葉には答えず、麻生は軽く左腕を上げた。その瞬間、点在するランプを避けて壁からクローゼットが飛び出す。中には、タキシードとドレスが大量にかけられていた。海里は怪訝な視線を壁に向けるが、罠には見えなかった。
 麻生は海里の動きを目で追った後、言葉を続ける。
「1週間、お主らには夜にダンスをしてもらう。なあに、そう難しいことじゃない。小さなダンスパーティーが開かれていると思えばいい」
 訳のわからぬ言葉に玲央は眉を顰めた。背後にいる海里も、他の人々も、状況が飲み込めず言葉を失っている。
 この男は一体何を言っている? 目的は一体何なんだ? ダンスパーティーだなんてら10年前の事件のようじゃないか。
 それに、俺の記憶違いでなければ、周囲にいる人間は俺と江本君を除いて、10。どうやって調べたか知らないが、こんな大掛かりなこと、彼一人でできるとは思えない。何か裏がある・・・・協力者がいるはずだ。
「さ、皆々、夜までに各自の服に着替えてくれ。時間が来れば、時計が開幕を知らせよう」
                    

 全員に一部屋ずつ割り当てられたが、海里と玲央は同室だった。部屋には2つの机とベッド、サイドテーブルが置かれており、全て天然木で作られていた。大きな窓があったが、鍵は壊されている上、スモークガラスと強化ガラスが重ねられていた。
「流石に割るのは上策じゃないから、やめておくとして・・・・麻生の奴、一体何を企んでいるんだろう」
「現時点でわかることは、10年前の事件で警察を恨み、事件の関係者を集めて何かをしようとしている、ということだけです。
 しかし、玲央さん」
 海里が改めて名前を呼ぶと、玲央は正面から海里を見て先を促した。
「面識がないのに、麻生さんはあなたのことを知っているような口ぶりでしたよね。あれはどういうことなんですか? 似てるって、誰に?」
 玲央は「ああ」と独り言のような声を漏らし、ネクタイを緩めている手を止めた。普段と同じ怪しさを秘めた微笑を浮かべ、彼は続ける。
「そういえば、江本君には話したことなかったね。実は、俺と龍の父親も警察官なんだ」
「そうだったんですか?」
「うん。10年前の階級は警視監だったんだよ。今は、
「へえ、警視監のーーって・・・・は? 待ってください、それって・・・・」
 目を丸くする海里に、玲央は笑ったまま頷いた。
「そう。現警視総監の東堂武虎たけとらは、俺たちの父親だ。文武両道かつ冷静沈着、どこか食えないながらも実直さを持ち合わせていて、“歴代最高の警視総監”と呼ばれているんだよ」
 そう言いながら、玲央は取り上げられていなかった警察手帳を取り出した。開いて1枚の写真を抜き取り、海里に渡す。そこには、カメラに向かって笑う龍と玲央、兄弟の両親がいた。父親は今の兄弟よりも少し背が高く見え、顔立ちは玲央と瓜二つだった。
「俺の物腰と性格は父親譲り。まあ、苦手と感じる時もあるよ。もちろん、警察官として尊敬に値する人だけど、法を犯さず手段を選ばない人だからり策を弄して俺たちすら嵌めることがある。不要な人間を排除したり部下を危険に晒したりしないためのものだけど・・・・やり過ぎることもあるから」
 玲央は苦笑した。海里は写真を見ながら呟く。
「でも、本当に玲央さんと瓜二つで、優しそうな方ですね」
「すごく良い父親だと思ってるよ。ただ、警察官としては大変な時もある。さっき話したようなことはもちろん、親があまりに優秀だと、後に続く子供・・・・2世というのかな。そんな立場だからこそ、同じ優秀さを求められる。もちろん、俺も龍も周りの過度な期待に応えてきたつもりだし、それが理由で作る敵のことは無視か排除してきた。
 ただ、父さんは周囲よりも俺たちに色々求めることがあるんだ。だから、大人になってからの方が喧嘩したんじゃないかな」
 海里は頷きつつ写真を返した。龍が両親のどちらにも似ていないことに気になったが、今話すべきことではないと感じて何も言わなかった。
 写真を受け取った玲央は手帳をポケットにしまい、スーツの上着をクローゼットにかけて口を開く。
「取り敢えず、今起こっていることの話をしよう。俺たち以外の人間は、10年前の事件現場にいたか、現場にいた人間の親族だった。問題は、麻生義彦の目的と、君が呼ばれた理由だ」
「そうですね。私は10年前の事件を全く知らない。まだ高校生で東京にいなかったので、無理のないことです。だからこそ、何かしらの事件が起きる可能性があります」
「あまり考えたくないけど、それが妥当だね。とにかく、屋敷の全貌が知りたい。ダンスパーティーとやらが始まる前に、少し探ってみよう」
「はい」
 2人は急いで部屋を出て、薄明かりが輝く照らす廊下を並んで歩き始めた。
                   
            ※

『おかけになった電話番号は、現在使われていないか、電波の届かない場所にーー』
 何度目になるかわからない応答を聞き、龍は苛立ちながら電話を切った。
「どこ行ったんだよ・・・・兄貴」
 警視庁で仕事をしていた龍は、玲央の帰りが遅いことを心配して、何度も電話をかけていた。スマートフォンの電源が切れたとも考えたが、そうだとしても帰ってくるのが遅すぎたのだ。
 結果、龍は部下を引き連れて玲央が事情聴取に行くと言った住宅街へ向かう最中、コンビニで自分の車を見つけた。しかし車内に玲央の姿はなく、荷物も見つからなかった。仕方なく警視庁に引き上げた彼は、もう十回以上何かしらの形で連絡をしていたが、依然として応答はなかった。
「龍。どうだ?」
 浩史の問いに、龍は首を横に振った。
「ダメです。兄貴も江本も電話に出ないし、メッセージも確認した形跡がありません」
 龍の言葉に浩史は少し考えた後、口を開いた。
「・・・・実は今日、ほぼ同時刻に多数の行方不明者が出ているんだ。もし、2人が同じ立場にあるとすればーー」
「何か事件に巻き込まれている?」
「あくまで可能性だが、玲央に限ってお前からの電話を無視しないだろう。簡単に拉致されることもない」
 龍は自分のスマートフォンを見た。玲央と海里、合わせて20以上の不在着信に、心が重くなる。
「捜査一課に状況は話しましたから、本格的な捜査を始めます。何があろうと、必ず2人を見つけ出す」
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