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Case86.カジノに潜む悪魔⑥
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「急に何なんだよ・・・事情くらい説明しろ!」
「今話している時間はない‼︎」
部下の報告を受けた直後、玲央は2人の声も聞かずに警視庁を飛び出した。2人は慌てて後を追い、彼と共に東京の街を駆け抜けていた。
「東堂さん・・・。玲央さん、一体どうされたんですか?ここまで感情を露にされることなんて、1度も・・・・」
「俺にも分からねえよ。ただ分かるのは、真犯人がとんでもない殺人鬼って事だけだ。仮にも警官5人、一般人7人を殺しているから、警戒する気持ちも分かるが・・・」
(兄貴の“これ”は・・・少し違うな。警戒じゃない・・・・怒り、か?)
玲央は、走りながらスマートフォンを取り出し、誰かと話をしていた。小声で、何を言っているのか分からなかったが、何か重要な事であると理解できた。
「お2人とも、あれを!」
海里が示した先にはパトカーがあった。2人は急いでスピードを上げる。
「待機してくれ!」
「東堂警部⁉︎しかし、別動隊が既に追い詰めていると・・・・」
「追い詰めた⁉︎その隊はどこに行ったの?今、犯人はどこに⁉︎」
「S駅の裏手です。私たちは犯人を取り囲むため、ここで一応の待機を。」
玲央は少し安心したように息を吐いた。
「じゃあそのままここにいて。指示があるまで絶対に動かないでくれ。」
「かしこまりました。」
再び玲央は走り出した。彼の目には、周囲のことなど見えてないような、強い光が宿っていた。
「おい、兄貴。あれ・・・江本が言ってた爺さんじゃないか?」
「あ・・・!そうです。あの人・・・私が出会った方はあの方です。」
刑事たちは、老人と話をし、警視庁に同行するよう伝えていた。老人はおろおろした表情だったが、玲央は構わず怒鳴った。
「全員離れろ!その老人に近づくな!」
「えっ・・・⁉︎しかし、今回の事件の容疑者で・・・・」
「そういうことじゃないんだ!とにかく離れろ!早く‼︎」
だが、何もかも遅かった。次の瞬間、老人は杖を地面に強く打ち立て、刑事たちを撃った。事件の時と同じ、脳天を。
「そんな・・・!」
海里は真っ青になった。玲央は歯軋りをしながら老人を睨む。老人もまた、真っ直ぐ玲央を見ていた。すると、柔和だった老人の顔に、突然歪んだ笑みが浮かぶ。
「久しいな。8年ぶりになるか?また会えるとは光栄だ。東堂玲央。」
「俺は一生会いたくなかったよ。それにしても・・・随分と派手にやってくれるじゃないか、早乙女佑月。」
「この男が⁉︎」
老人・・・早乙女は杖を折り、中から銃を取り出した。かけていた鞄を捨て、左目にかかる前髪をかき上げる。髪で隠されていた瞼には、小さな傷があった。
「忌々しい傷だ・・・当時、若造だった貴様にこんなものをつけられるとはな。私も随分歳を取っていたらしい。」
「人の腕を撃ったのはどこの誰だったかな。」
玲央は笑っていたが、それが、決して心からの笑みでないことは分かった。彼の目は憎しみと怒りに満ち溢れ、目の前に立つ早乙女を睨みつけていた。
「何だ・・まだ怒っているのか?あの小娘は、貴様にとって友人の妹でしかないだろう?なぜそんなに執着する?なぜ過去にしがみつく?過去を憂いても、何の徳も無かろうに。」
「徳なんてどうでもいい。俺は、平気な顔で人の命を奪う君に対して怒っているんだ。そして、側にいても何も守れなかった、俺自身に対しても・・ね。」
「相変わらず青臭い正義を唱えているのか?言っておくが、あの女の命はいずれもらうぞ?」
「ふざけるな。これ以上の殺戮に何の意味がある。彼女は何もしていない。」
「存在自体が罪なのさ。あの女も理解しているんじゃないのか?己のせいで友も、愛する男も、何もかも失った。今更普通の人生を送る?実にくだらない・・夢物語もいいとこだ。」
その時、海里と龍は理解した。2人の発する“彼女”と“あの女”の正体を。
「小夜さん・・・ですか?あなたは・・小夜さんを殺そうとして・・・玲央さんと何かしらの因縁を・・・・?」
早乙女は満足そうに笑った。玲央は苦しげな瞳で2人を見る。
「勘のいい男じゃないか。優秀な弟もいることだし、真実を話してやったらどうだ?弟の方は本心を話したというのに、貴様は・・・・」
「黙れ。君に俺たちの何が分かる?奪う側の人間が、奪われる側の気持ちなんて分かるはずがない。自分の欲を満たすだけ満たして・・・ある意味、感心するよ。」
玲央は吐き捨てるようにそう言った。龍が続ける。
「兄貴。なぜ何も言わなかった?あんたが泉龍寺とただの知り合いじゃないことは以前から分かっていたが、こんな危険な男が泉龍寺を狙っていると知りながら、なぜ調査を“打ち切った”んだ?」
その言葉に、海里は先程の龍の発言を思い出して目を丸くした。
「え?しかし東堂さん。先ほどは調査中と・・・・」
「・・・・お前は前の一件に関わっていたから、本当のことを言ったら追求されると思ったんだよ。・・・なあ兄貴。なぜだ?躊躇いもなく人を殺す、こんな男・・叩けばいくらでも埃が出てくる。調査を進めていれば、何か分かったかもしれないだろ。」
龍の言葉に玲央は答えなかった。それどころか、彼から目を逸らし、拳を握りしめていた。
「そうか、そうか。過去を知らない弟には分からない話だったな。」
「は?」
龍は早乙女を睨みつけた。彼は苦笑する。
「怒るならこの男にしておけ。この男は、捜査という名の仕事に私情を挟んだ。警察官として、あるまじき行為だろ?」
「・・・・やめろ・・。」
「事実を教えて何が悪い。さあ探偵。貴様は分かるか?」
海里は歯を食いしばった。彼には分かっているのだ。なぜ、玲央が調査を打ち切ったのかを。何のために、隠していたのかを。
「小夜さんを危険に晒さないため、ですよね。私も東堂さんも、事情は分かりませんが、あなたたちの中で、小夜さんが重大な役割を担っていることは分かりました。玲央さん。あなたは・・・自分が調査をすることで、彼女を危険に晒す・・そう思ったから、調査を打ち切り、私たちにも隠し続けたのでしょう?」
玲央の右手に力がこもった。龍は何も言わない。
「まあ・・・今回は十分楽しめた。“邪魔な人間”を排除できたし、良しとしよう。」
「邪魔な人間?まさか、あなたは計画的にあの殺人を行ったんですか?“自分の欲”を満たすために、ただ、殺したのでは・・・」
早乙女はまた笑った。今度は呆れが混じっている。海里を見ながら、彼は言った。
「私は殺人犯だが、無計画に人を殺しはしない。ちゃんと計画があって、その通りに殺しているだけだ。」
「だからって・・・!」
「“人の命を奪っていい理由にはならない”、か?生憎、その手の文句はもう聞き飽きたな。」
海里は口を噤んだ。直後、早乙女は側の建物に飛び移り、3人を見下ろして言う。
「玲央。くだらないしきたりに囚われる必要はないんだぞ?何もかも捨てて、“こちら側”にくればいい。お前にはその資格がある。」
「資格・・・?君が勝手に決めてるだけだろ。」
その言葉に早乙女は答えず、間を開けて別の発言をした。
「・・・・とにかく・・だ。8年前と今回のような失態は、今度会うときには晒してくれるなよ?つまらない戦いはやりたくないからな。」
早乙女は、音もなく消えた。玲央は、再びスマートフォンを出す。
「九重警視長・・・私です。はい・・逃しました。申し訳ありません。」
『構わん。元々、今日捕らえられるとは思っていない。』
「・・・・やはり、そうですか。私が過去を乗り越えない限り、あの男に勝つことは・・・」
『できないだろうな。それでどうするつもりだ?そこに2人もいるんだろう?全てを話すのか?それとも、再び沈黙を貫くか?』
玲央は悲しげな顔をしていたが、すぐに口を開いた。
「答えは・・・あの時から決まっていますよ。」
「今話している時間はない‼︎」
部下の報告を受けた直後、玲央は2人の声も聞かずに警視庁を飛び出した。2人は慌てて後を追い、彼と共に東京の街を駆け抜けていた。
「東堂さん・・・。玲央さん、一体どうされたんですか?ここまで感情を露にされることなんて、1度も・・・・」
「俺にも分からねえよ。ただ分かるのは、真犯人がとんでもない殺人鬼って事だけだ。仮にも警官5人、一般人7人を殺しているから、警戒する気持ちも分かるが・・・」
(兄貴の“これ”は・・・少し違うな。警戒じゃない・・・・怒り、か?)
玲央は、走りながらスマートフォンを取り出し、誰かと話をしていた。小声で、何を言っているのか分からなかったが、何か重要な事であると理解できた。
「お2人とも、あれを!」
海里が示した先にはパトカーがあった。2人は急いでスピードを上げる。
「待機してくれ!」
「東堂警部⁉︎しかし、別動隊が既に追い詰めていると・・・・」
「追い詰めた⁉︎その隊はどこに行ったの?今、犯人はどこに⁉︎」
「S駅の裏手です。私たちは犯人を取り囲むため、ここで一応の待機を。」
玲央は少し安心したように息を吐いた。
「じゃあそのままここにいて。指示があるまで絶対に動かないでくれ。」
「かしこまりました。」
再び玲央は走り出した。彼の目には、周囲のことなど見えてないような、強い光が宿っていた。
「おい、兄貴。あれ・・・江本が言ってた爺さんじゃないか?」
「あ・・・!そうです。あの人・・・私が出会った方はあの方です。」
刑事たちは、老人と話をし、警視庁に同行するよう伝えていた。老人はおろおろした表情だったが、玲央は構わず怒鳴った。
「全員離れろ!その老人に近づくな!」
「えっ・・・⁉︎しかし、今回の事件の容疑者で・・・・」
「そういうことじゃないんだ!とにかく離れろ!早く‼︎」
だが、何もかも遅かった。次の瞬間、老人は杖を地面に強く打ち立て、刑事たちを撃った。事件の時と同じ、脳天を。
「そんな・・・!」
海里は真っ青になった。玲央は歯軋りをしながら老人を睨む。老人もまた、真っ直ぐ玲央を見ていた。すると、柔和だった老人の顔に、突然歪んだ笑みが浮かぶ。
「久しいな。8年ぶりになるか?また会えるとは光栄だ。東堂玲央。」
「俺は一生会いたくなかったよ。それにしても・・・随分と派手にやってくれるじゃないか、早乙女佑月。」
「この男が⁉︎」
老人・・・早乙女は杖を折り、中から銃を取り出した。かけていた鞄を捨て、左目にかかる前髪をかき上げる。髪で隠されていた瞼には、小さな傷があった。
「忌々しい傷だ・・・当時、若造だった貴様にこんなものをつけられるとはな。私も随分歳を取っていたらしい。」
「人の腕を撃ったのはどこの誰だったかな。」
玲央は笑っていたが、それが、決して心からの笑みでないことは分かった。彼の目は憎しみと怒りに満ち溢れ、目の前に立つ早乙女を睨みつけていた。
「何だ・・まだ怒っているのか?あの小娘は、貴様にとって友人の妹でしかないだろう?なぜそんなに執着する?なぜ過去にしがみつく?過去を憂いても、何の徳も無かろうに。」
「徳なんてどうでもいい。俺は、平気な顔で人の命を奪う君に対して怒っているんだ。そして、側にいても何も守れなかった、俺自身に対しても・・ね。」
「相変わらず青臭い正義を唱えているのか?言っておくが、あの女の命はいずれもらうぞ?」
「ふざけるな。これ以上の殺戮に何の意味がある。彼女は何もしていない。」
「存在自体が罪なのさ。あの女も理解しているんじゃないのか?己のせいで友も、愛する男も、何もかも失った。今更普通の人生を送る?実にくだらない・・夢物語もいいとこだ。」
その時、海里と龍は理解した。2人の発する“彼女”と“あの女”の正体を。
「小夜さん・・・ですか?あなたは・・小夜さんを殺そうとして・・・玲央さんと何かしらの因縁を・・・・?」
早乙女は満足そうに笑った。玲央は苦しげな瞳で2人を見る。
「勘のいい男じゃないか。優秀な弟もいることだし、真実を話してやったらどうだ?弟の方は本心を話したというのに、貴様は・・・・」
「黙れ。君に俺たちの何が分かる?奪う側の人間が、奪われる側の気持ちなんて分かるはずがない。自分の欲を満たすだけ満たして・・・ある意味、感心するよ。」
玲央は吐き捨てるようにそう言った。龍が続ける。
「兄貴。なぜ何も言わなかった?あんたが泉龍寺とただの知り合いじゃないことは以前から分かっていたが、こんな危険な男が泉龍寺を狙っていると知りながら、なぜ調査を“打ち切った”んだ?」
その言葉に、海里は先程の龍の発言を思い出して目を丸くした。
「え?しかし東堂さん。先ほどは調査中と・・・・」
「・・・・お前は前の一件に関わっていたから、本当のことを言ったら追求されると思ったんだよ。・・・なあ兄貴。なぜだ?躊躇いもなく人を殺す、こんな男・・叩けばいくらでも埃が出てくる。調査を進めていれば、何か分かったかもしれないだろ。」
龍の言葉に玲央は答えなかった。それどころか、彼から目を逸らし、拳を握りしめていた。
「そうか、そうか。過去を知らない弟には分からない話だったな。」
「は?」
龍は早乙女を睨みつけた。彼は苦笑する。
「怒るならこの男にしておけ。この男は、捜査という名の仕事に私情を挟んだ。警察官として、あるまじき行為だろ?」
「・・・・やめろ・・。」
「事実を教えて何が悪い。さあ探偵。貴様は分かるか?」
海里は歯を食いしばった。彼には分かっているのだ。なぜ、玲央が調査を打ち切ったのかを。何のために、隠していたのかを。
「小夜さんを危険に晒さないため、ですよね。私も東堂さんも、事情は分かりませんが、あなたたちの中で、小夜さんが重大な役割を担っていることは分かりました。玲央さん。あなたは・・・自分が調査をすることで、彼女を危険に晒す・・そう思ったから、調査を打ち切り、私たちにも隠し続けたのでしょう?」
玲央の右手に力がこもった。龍は何も言わない。
「まあ・・・今回は十分楽しめた。“邪魔な人間”を排除できたし、良しとしよう。」
「邪魔な人間?まさか、あなたは計画的にあの殺人を行ったんですか?“自分の欲”を満たすために、ただ、殺したのでは・・・」
早乙女はまた笑った。今度は呆れが混じっている。海里を見ながら、彼は言った。
「私は殺人犯だが、無計画に人を殺しはしない。ちゃんと計画があって、その通りに殺しているだけだ。」
「だからって・・・!」
「“人の命を奪っていい理由にはならない”、か?生憎、その手の文句はもう聞き飽きたな。」
海里は口を噤んだ。直後、早乙女は側の建物に飛び移り、3人を見下ろして言う。
「玲央。くだらないしきたりに囚われる必要はないんだぞ?何もかも捨てて、“こちら側”にくればいい。お前にはその資格がある。」
「資格・・・?君が勝手に決めてるだけだろ。」
その言葉に早乙女は答えず、間を開けて別の発言をした。
「・・・・とにかく・・だ。8年前と今回のような失態は、今度会うときには晒してくれるなよ?つまらない戦いはやりたくないからな。」
早乙女は、音もなく消えた。玲央は、再びスマートフォンを出す。
「九重警視長・・・私です。はい・・逃しました。申し訳ありません。」
『構わん。元々、今日捕らえられるとは思っていない。』
「・・・・やはり、そうですか。私が過去を乗り越えない限り、あの男に勝つことは・・・」
『できないだろうな。それでどうするつもりだ?そこに2人もいるんだろう?全てを話すのか?それとも、再び沈黙を貫くか?』
玲央は悲しげな顔をしていたが、すぐに口を開いた。
「答えは・・・あの時から決まっていますよ。」
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