小説探偵

夕凪ヨウ

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Case84.カジノに潜む悪魔④

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『・・・なるほど。』
「あくまで可能性、だが。」
『いえ。十分です。後は私が調べます。』

 小夜はそう返事をした後、少し間を置き、笑った。嘲笑だろう。

『私たちも、大した悪党ですよね。玲央に嘘をつき続けて、こんなこと・・・』
「君が気に病む必要はない。言い出したのは私だ。玲央は言うまでもなく優秀だが、君や龍が絡むと臆病なほど慎重になる。それを利用していると言えば聞こえが悪いが、間違ってはいないだろう?まあいずれ知られることならば、あいつには龍やアサヒほどの強引さも身につけてもらった方がいいかもしれんが。」
『相変わらず手厳しい。とにかく、情報ありがとうございました。また。』
「ああ。」

 電話を切ると、浩史は深い溜息をついて天井を仰いだ。

「・・・・すまない。」
                     
            ※

「それじゃあ、鑑定始めましょうか。」

 アサヒは、散々海里の話を聞いた後、明るくそう言い放った。海里は話疲れたのか、机に肘をついている。

「相変わらずのサボり癖か。そろそろ直せよ。」
「失礼ね。言われた分の仕事はちゃんとやってるわよ。」

 そう言った瞬間、アサヒの目つきが変わった。目の前にあるキーボードを凄まじい速さで叩き始め、画面を凝視していた。驚くほどの速さで画面が切り替わり、画像が次々と表示される。

「これも違う・・これも・・・これも・・・・」

 海里は唖然とした。龍は笑っている。仕事中は会話も入って来ないのか、龍は構わず口を開いた。

「仕事はできるんだよ。面倒くさがりな性格ってだけだ。軽口を叩いた方が精が出るとか何とか言ってな。」
「変わってますね。」

 海里も笑った。その時、アサヒの手が止まった。

「あったわ。これよ。」
「オークか。一般的な杖の素材だな。」
「では・・本当に?」
「可能性が上がったことは確かだ。助かった、アサヒ。」
「どうも。今度奢りね?」

 アサヒはビール缶を持ち上げる仕草をした。龍は慣れているのか、はいはいと言いながら立ち上がる。

「あ、終わった?」

 戻って来た玲央の問いに、龍は軽く頷いた。

「ああ。オーク・・・杖の材質で間違いなさそうだ。俺たちはもう1度現場に行くが、兄貴はどうする?」
「・・・・アサヒの詳しい報告を聞いてから行くよ。先に行ってて。」
「分かりました。また後で。」

 2人が慌ただしく出て行くと、アサヒは深い溜息をついた。玲央に視線を移し、尋ねる。

「また思い詰めた顔して。今回の事件に何かあるの?」
「あくまで可能性に過ぎないけど・・・もしかしたら“探していた人間”かもしれないんだ。8年前の・・あの日から探し続けた・・・・」

 アサヒは急に真面目な顔になった。腕を組み、まっすぐ玲央を見据える。

「・・・それ、小夜さんには?」
「言ってないよ。言えるわけない。俺は極力彼女のことを危険に晒す気はないんだ。君も知ってるだろう。」
「そうね。でも隠し通せないわよ。彼女、勘がいいもの。」
「それくらい分かって・・・・」

 玲央の言葉を遮るように、アサヒはすかず口を開いた。

「頭もいいわ。さっきの探偵・・・江本さん、だったわね。恐らく、彼より頭の回転の速さは上でしょ。加えて先見の明がある。情報なんて与えなくても、頭が勝手に分析しちゃうんじゃない?」

 アサヒの言葉に、玲央は拳を握りしめた。彼女はゆっくり椅子から立ち上がると、玲央の肩に手を置いた。

「早く龍に言いなさいよ。あなただけで解決できる問題じゃないでしょ?」
「でも・・・これ以上、背負わせるのは無理だ。」

 アサヒは呆れを滲ませた声で続けた。

「あのねえ・・・仮にあなただけが背負ってるって知ったら、龍は怒るわよ。第一、もう小夜さんと知り合いになってるなら、隠すのにも限界があるわ。今回の事件で、明るみになるかもしれないんだから。」
「そうだとしても・・・俺は・・約束を違えたくない。」

 アサヒは再び深い溜息をついた。

「強情者。もっと周りを頼りなさいよ。」
                     
            ※

「仮にお前が出会った老人がここに来たとしたとする。殺しは深夜に行われたが、人目を避けるためには事前準備も必要なはずだ。」
「つまり、犯人は犯行前にあの場所を通った可能性がある・・と?」
「ああ。近くに監視カメラがないか調べて、目撃情報も探す。結果的に外れかもしれないが、不自然な点くらいは見つけられるだろう。」

 現場に到着した2人は、周囲の建物を調べたり、近くの店や家などで聞き込みをした。
 数時間ほど作業を行なっている時、1人の住民が言った。

「ご老人・・見ました。昨日の夜に。」
「何時ごろか分かりますか?」
「10時頃だったと思います。娘を寝かせて、私も寝ようとした時にたまたま・・・」
「窓から見えた?」
「はい。鍵が閉まっているか確認したくて。杖をついていたのでご老人とは思ったんですけど。何せ夜ですから、声をかけるのもどうかと思って。」
「ありがとうございます。参考にさせて頂きますね。」

 海里が1度龍の車に戻ると、そこにあの老人がいた。彼は海里に気がつくと、顔だけを彼に向けた。

「おや、この間のお兄さんかのう。」
「はい・・・なぜこんな所へ?ここは危険です。」
「散歩じゃよ。家がこの近所でのう。毎日散歩してるんじゃ。車が止まっておったから、何かあったのかと・・・・」

 ゆったりと話す老人は、とても穏やかだった。海里は、本当に殺人犯なのかと疑ってしまった。老人は笑みを浮かべる。

「仕事熱心なのは良いことじゃ。儂も元々商売をしておったが、お兄さんほど熱心ではなかったの。」
「そんな・・・それに、私は警察官ではありませんよ。」
「そうなのか?だが先日会ったあの時、警視庁に向かっていたではないか。」
「・・・・えっ?」

 海里は目を見開いた。あの時、彼にそんなことは一言も言っていないのだ。老人は穏やかな表情で続ける。

「簡単な話じゃよ。あの時、お前さんの格好は整っておった。お前さんくらいの社会人が平日に街を彷徨うなどあまりいい話ではない。じゃが、お主は割と大きな鞄を持っておった。儂が駅に着くまで見送ってくれておったし、少し筋肉質な体じゃから、警察かと思ったのじゃがのう。違ったとは残念、残念。」

(この・・老人・・・!何者だ⁉︎確かに警視庁に行くからと、身なりは整えた。だからと言って、あんな僅かな時間でそこまで・・・‼︎私のことを分析していたのか⁉︎)

「江本。監視カメラの映像、見つけたぞ。」
「あ、東堂さん・・・この人が・・・」
「人?“誰もいないじゃねえか”。何言ってんだよ。」

 いつの間にか、老人は消えていた。海里は何が起こったのか理解できず、呆然とした。周囲を見渡したが、老人の姿は見当たらなかった。

「えっと、カメラの映像でしたね。何か写ってました?」
「ああ。お前が言った特徴と一致する老人が写ってた。それも、昨日の夜にな。」
「は・・・⁉︎」

 海里は驚いた。龍も驚きを隠せていない。

 しかし同時に、彼らは感じていた。
 この事件の、“言い表せない違和感”を。
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