小説探偵

夕凪ヨウ

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Case79.血まみれのお茶会⑨

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「謎を解く?」
「随分急な話だな。」
「ええ。私もこれ以上焦らしたくないし・・・丁度いい頃合いだったの。」

 そう言いながら、小夜は机に流華の部屋で見つけた袋を放った。2人はそれを見て、顔色を変える。

「どこでこれを?」
「流華さんの部屋よ。もう、分かるでしょう?この家は、多くの罪と隠し事が多すぎる。それを全て解き明かさないと、この事件の全貌は見えてこない。」
「・・・・本当にいいんだね?」
「ええ。」

 小夜の言葉に2人が頷くと、一也たちが入ってきた。葵も怪我をしたが動けるらしく、海里に肩を借りていた。

 彼らがいるのは、仁が亡くなった場所と別のホールだった。事件現場より少し狭いが、江本家の人間と小夜たちが入るには十分だった。
 彼らは、円形に置かれた椅子に腰掛け、小夜たちを見た。小夜は軽く海里を見て、全員を見渡した。

「始めましょうか。」

 龍と玲央は部屋の端に行き、壁にもたれかかった。小夜は一也の目の前に椅子を置き、ゆっくりと腰掛ける。

「初めに・・・1つだけ。この一連の事件で、犯人が殺意を抱いて殺したのは仁さんただ1人です。そして、犯人はこの中にいます。」

 江本家の面々が顔を真っ青にした。すると、小夜は玲央の方を向いて尋ねる。

「そういえば玲央。あの時見つけたハートの鍵ってどこに置いたの?」
「ハートの鍵?ああ・・・確か、龍に渡したと思うよ。持ってる?」
「ああ。確かここに・・・・」

 龍が胸ポケットを探り始めた瞬間、小夜は1人の人物に視線を移し、言った。

「あら、何か探し物ですか?流華さん。」

 流華は、服のポケットから何かを取り出そうとしていた。龍が近づき、ポケットに入れている右手を掴む。

「きゃっ!」

 床に落ちたのは、知華の部屋の鍵である、ハートの鍵だった。龍が手袋をはめた手でそれを拾い上げ、小夜に渡す。小夜は笑った。

「どうして、あなたがこれを持っているんですか?葵さんもそうでしたが、あなた方は全員、自分の部屋の鍵を常に所持している・・・兄妹の間柄とはいえ、好きに部屋に入られたくないのでしょうね。そんなあなたが、なぜ知華さんの部屋の鍵を持っていたのか・・・・理由は明白です。」

 小夜は、一呼吸置き、よく通る声でこう言った。

「あなたが、この一連の殺人事件の犯人だからですよ。・・・・そうでしょう?」

 流華は震えていた。一也たちは、信じられないという顔で首を振っている。
 しかし次の瞬間、小夜はそれ以上に信じられない言葉を続けた。

「それとも、こうお呼びした方がいいですか?“江本知華”さん、と。」
「何⁉︎」

 全員、意味が分からなかった。目の前にいるのは、どう見ても流華なのだ。流華は小夜を睨みつけ、怒鳴る。

「勝手なことばかり言わないで!鍵は・・たまたま‼︎たまたま知華姉から渡されたの!私が知華姉なわけないでしょ⁉︎」
「化粧。」
「えっ?」

 小夜の端的な発言に、流華は目を丸くした。小夜は続ける。

「知華さん・・・いいえ、流華さんの遺体には、まぶたにアイシャドウが施されたままでした。その時に確信したんです。あの遺体が、知華さんではなく流華さんだと。」
「何でそんなことで断言できるの⁉︎化粧なんて誰でもするじゃない!」
「いいえ。知華さんは昨日、化粧は一切していなかった。客人の前でもしないのですから、寝る前に自分の部屋で化粧などしないはず。逆に、流華さんは化粧をしていました。まあ、厚化粧ではありませんでしたが、薄い口紅と、アイシャドウくらいはされていましたよね。」

 流華は黙った。拳を膝の上に乗せ、唇を噛んでいる。すると、隣に座っている葵が立ち上がって反論した。

「その推理は間違っています。知華は事故で歩けないんですよ?流華と入れ替わっていたなんて信じられない。」
「歩けましたよ。そうでなければ、仁さんを殺すことはできなかった。この際だから言いますが、私たちは仁さんの殺害現場を検分したその時に、知華さん。あなたが犯人だと分かっていました。」

 全員が唖然とした。小夜は不敵に微笑む。

「納得頂けないようですね。では、証拠をお見せしましょう。仁さんの殺害現場・・・私たちが昨日、食事をしたホールで。」

 龍が鍵を開け、全員がホールに入った。血の臭いは少し収まり、鼻を覆うほどでは無くなっている。小夜はそのことなど気に留めず、真っ直ぐ机へ歩いて行った。

「愛華さん。昨日の私たちの座席の位置・・・覚えていらっしゃいますか?」
「え?確か・・・」

 愛華は長方形のテーブルを見ながら、ぶつぶつと呟いた。

「上座に一也さんがいて、その正面に仁さん・・・仁さんから見て右側に泉龍寺さんたちが座っていらっしゃって、左側に私たち・・・・順番は、手前から右側が龍さん、玲央さん、泉龍寺さん。左側が手前から私、葵、知華、流華、海里・・・」
「ええ、その通りです。そして、私たちは倒れた蜂蜜の瓶から、あなた方が容疑者であると判断しました。その結果、知華さんが犯人という結論に至った。」

 小夜はゆっくりと知華の車椅子があった場所に近づいた。彼女はゆっくりとそこに屈み、床に敷かれたカーペットを指さす。

「これを見てください。」

 全員が小夜の近くに行き、カーペットを見た。そこには、車椅子のタイヤの跡があった。一也は首を傾げる。

「これの何が妙だと?」
「お気づきになりませんか?昨日、知華さんは流華さんに車椅子を押されて部屋に入ってきた。エレベーターが一番近い、あの扉から。そしてあの扉からこの席は一直線なんです。知華さんも、私たちが現場を調べるために退出される時、入室時と全く同じ道を辿って帰られていた。だとしたら、おかしいでしょう?なぜ、知華さんから見て右側にタイヤの跡があるんですか?しかも、こんな乱雑に。」

 海里が意味を理解し、唖然とした。小夜はそれに気が付き、淡々と続ける。

「このタイヤの跡は、知華さんの席の側で消えています。もし本当に足が悪いのであれば、車椅子に乗ったまま殺害するはず。しかしタイヤの跡が切れているということは、車椅子を“降りて”殺害を行なったということ。従って、知華さんの足は動いていたということです。お分かり頂けましたか?」

 流華ーーー知華は机を叩いた。歯軋りをし、俯きながら言う。

「そうよ。私が殺した。流華を殺したのも、葵兄さんを傷つけたのも、私。」
「なっ・・ど、どうして・・こんなことを・・・・。」

 葵の質問に、流華は顔を上げ、仁の遺体を睨みつけて怒鳴った。

「あの男がクズだからよ!あんな男・・叔父でも何でもない‼︎父さんも母さんも、どうしてずっと何も言わなかったの⁉︎」

 知華の言葉に一也と愛華は真っ青になった。

「知華・・あなた、まさか・・・!」
「どうして・・・知っているんだ。お前たちにあの話はしなかったはず。」
「あの話・・・?義父さん。何の話ですか?」

 海里の問いに、誰も答えなかった。一也は顔を背け、愛華は両手で顔を覆い、知華は俯いている。葵も、状況が理解できていないようだった。すると、

「皆さんの代わりに、私がその質問にお答えしましょう。」
「小夜さん・・・⁉︎」

 驚く海里に、小夜は笑って続けた。

「この家に隠されている全ての謎を解明する。それが私の目的ですから。」
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