小説探偵

夕凪ヨウ

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Case75.血まみれのお茶会⑤

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「お疲れ。少し休憩したら?」

 そう言いながら、玲央は小夜にミネラルウォーターを差し出した。小夜は礼を言いながらそれを受け取り、一口飲む。

「現場検証は進んだ?私が聞き込みをしている間、家の中も見て回っていたんでしょう?」
「まあ、進んだかな。でも、“やる必要はないんじゃない”?だって君は・・・・」
「あくまで推測に過ぎないわ。確信のないことはやりたくないの。」

 2人が話していると、龍が部屋に入ってきた。上着を脱ぎながら、小夜の正面に座る。

「この家、広すぎるんだよ。使用人の部屋も離れとはいえ立派にあったし、客間が多い。証拠探しも楽じゃねえな。」
「わざわざありがとうございます。でも、東堂さんも気づいているんじゃないですか?」
「・・・・“推測”、だろ?だったら、俺たちも簡単に動くべきじゃない。」
「あなたらしい意見ですね。まあ、今はそれが正しいのでしょうけど。」

 小夜はペットボトルを机に置くと、一也、愛華、葵、知華の聞き取り内容を話した。玲央は話を聞きながら首を傾げる。

「妙だね。そこまで仁さんの“いい人”を強調されたら、こちらも捜査がやりにくい。家族の中でもそこまで好印象だなんて、随分珍しい話だ。」
「ええ。でも、全てが真実なんてことはあり得ないのよ。むしろ嘘が混じっていないとおかしいわ。本当に誰からも恨まれず、憎まれない人間なんて、存在しない。」

 小夜の言葉に、2人は同意した。しかし同時に、玲央は疑問の声を上げる。

「君は、話した以上“嘘”を見抜いているんだろう?それが俺たちの考えと一致するなら、さっさと謎を解けばいいじゃないか。」
「そうね。結果はちゃんと提示するわ。でも、今回はもう少し後に。」
「なぜ?早く解決したいんだろ?」
「そうするべきだから・・・・とだけ言っておきます。」

 相変わらず曖昧な発言だった。2人は呆れたように首を振り、椅子から立ち上がる。

「さて、続けましょうか。」

 小夜は部屋から出ると、知華の部屋に向かった。彼女が部屋に入ると、知華は意外そうな顔をして、読んでいた本から顔を上げた。

「急にごめんなさい。1つ、頼みがあって。」
「頼み?」
「はい。江本家の家系図を書いて欲しいんです。祖父母さんの名前も合わせて。」

 一瞬、知華の顔に怯えが見えた。しかし、彼女はすぐに表情を戻し、頷いて紙とペンを取り出した。机から万年筆を出し、慣れた手つきでさらさらと書き始める。

「これで構いませんか?」

 知華が差し出した家系図を見て、小夜は満足そうに笑った。

「ありがとうございます。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。」

 小夜はそれだけ言うと、颯爽と部屋を出て行った。知華は首を傾げながら、再び本へと目を落とした。

「あ、泉龍寺さん。どうぞ、入って入って。」

 流華は、比較的明るい笑顔で小夜を迎え入れた。小夜は礼を言いながら部屋に入り、勧められた椅子に腰掛けた。流華も自分の椅子に座った。彼女は、背もたれを前にして、ガニ股の姿勢であり、令嬢とは一風変わった雰囲気を醸し出していた。

「変でごめんね。私、こうしないと落ち着かなくて。」
「気にしませんよ。では早速ですが、仁さんのこと、どう思っていられましたか?」
「うーん・・・優しいおじさん、かな?」

 流華は、透き通るような茶髪を揺らしながら、そう言った。かなり重たく、苦しい質問のはずだが、彼女の明るさは不気味に思えた。小夜は頷きながら質問を続ける。

「仁さんが殺される理由に心当たりは?」
「さあ?パパと違って真っ当な人だから、これといって特にないな~。」

(まただわ。知華さんに聞いた時もそう・・・“父親と違う”、という言葉が必ず出てくる。そんなに一也さんを嫌っているように見えないのに・・・・。彼を嫌う理由が、愛人の件だけじゃ薄いわね。)

「流華さんは、どうしてそんなに一也さんを嫌うのですか?葵さんから、愛人の件はお聞きしましたけど。」
「あ、聞いたんだ。じゃあ、不正疑惑も聞いた?」
「ええ。失礼だとは思いましたけど。」
「いいって、いいって。確定してない情報だもん。まあ、私がパパを嫌いな一番の理由は・・・“構ってくれなかったから”!」

 一瞬、小夜は夢でも見ていると思い、2、3度、瞬きをした。しかし、流華があまりにも屈託のない笑顔で言ったので、ようやく現実と理解した。その瞬間、小夜は思わず吹き出す。

「ご・・ごめんなさい・・・あまりにも、可愛らしいというか、面白くって・・・」

 小夜は笑い泣きしてしまった。涙を拭い、顔を上げると、流華も笑っていた。

「小夜さんって、そんな風に笑うんだ。海里に聞いても、あんまし話してくれなくてさ。そんな一面見れて、なんだか嬉しいな。」

 その瞬間、小夜の記憶が揺さぶられた。頭の中で、“彼女”の声がこだました。


“小夜って、そんな風に笑うんだ。普段はそんな顔見ないから、何か新鮮だし、嬉しい!”


「小夜さん?どうしたの?何か・・気分悪い?」
「あ・・・いいえ。ぼーっとしてごめんなさい。話を続けますね。」
「うん・・・・。」

 流華は本当に心配していた。小夜は申し訳なく思いながら、次の質問に移った。

「仁さんは家族全員と仲が良い印象を受けました。家族の中に、仁さんと不仲、もしくは彼を嫌っている人間はいらっしゃいますか?」
「不仲・・・あ、海里があんまし関わってないかな。まあ、養子になったのが後ってこともあるけど、どうも海里って、叔父さんと打ち解けなかったんだよね。」
「理由は尋ねられなかったんですか?」
「必要ないかなって。海里自身、色々思うところもあるだろうし、私が釘を刺すことじゃない。ほら、探偵って自分のことは言わないイメージだし。」

 彼女らしい発言に、小夜はまた笑った。その後、いくつかの問答を終えた後、小夜は海里の部屋に向かった。流華が案内をするかと尋ねたが、小夜は家に来た時に部屋の位置を把握しているから構わないと言った。

「江本さん。開けてください。私です。」

 返事はなかった。鍵が空いていたので、小夜は躊躇わずに扉を開ける。ベッドに横になっていた海里は、思わず体を起こした。

「勝手に入ってこないでください。」
「あなたが開けないからでしょう?嫌なら鍵を掛ければいい。」

 海里は露骨に顔を背けた。小夜は溜息をつきながら、壁にかけてある鍵に目を止める。ポケットに入る小さな鍵で、色は銀。持ち手はダイヤの形をしていた。

「可愛らしい鍵ですね。この部屋の?」
「ああ・・はい。葵兄さんがスペード、知華姉さんがハート、流華姉さんがクローバーの持ち手です。昔、両親が買ってくれまして。全員愛用してるんですよ。」
「・・・・へえ。」

 小夜は視線を泳がせながら、背もたれに体を預けた。海里に向き直り、真剣な表情になる。

「さて・・と、あなたが最後です。こちらの質問に、いくつか答えて頂きますよ。」
「・・・・小夜さんらしくありませんね。何と言いますか・・・やけに“探偵らしい”やり方をしている気がします。」

 小夜は少しの間何も言わなかった。結局、彼女はその言葉には答えず、口を開いた。

「私は他のご家族に、仁さんのことを聞き出しました。結果、全員が口を揃えてこう言います。“仁さんは素晴らしい人だった”、と。」
「仕方ないでしょう。実際、叔父はそんな人だった。」

 海里はそう言ったが小夜は再び海里の言葉を否定した。

「忘れたんですか?私は、人を簡単に信用しない。だからこそ、現時点で信頼しているあなたに聞きます。この家族のほとんどは、何かしらの“罪”または“隠し事”が存在しますね?」
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