小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
上 下
79 / 234

Case74.血まみれのお茶会④

しおりを挟む
「どうぞ、お座りください。立ったままでは話しにくいでしょうから。」
「ありがとうございます。」

 小夜は愛華に礼を述べ、椅子に腰掛けた。愛華は自分と小夜の間にある小さなテーブルに紅茶を置き、自分も椅子に腰掛けた。

「さて・・何からお聞きしましょうか。私は探偵じゃありませんから、このような調査は合っていないんですよ。」
「教授と仰っていましたものね。」
「ええ。でも、海里さんにああ言われては仕方ありません。では、愛華さん。」
「はい。」

 小夜は萎縮させないよう、優しげな口調で続けた。

「仁さんのことを教えてください。彼の性格や、家族との関係。彼が何の仕事をしていて、どこに住んでいるのか。殺さられる理由に心当たりはあるか・・・・一也さんには大した話を伺わなかったので、あなたの口からお聞きしたいのです。」
「えっ?事件発生時の私の行動ではなく?」

 愛華は目を見開いた。小夜は笑う。

「確かに聞いた方がいいかもしれませんね。でも、自分の行動は簡単に嘘で塗り替えられます。逆に言えば、他人の行動に対して嘘をつく意味はない。ですから、仁さんのことを教えて欲しいのです。何せ、初対面ですから。」

 小夜は笑った。愛華は腑に落ちないという顔をしながらも、ゆっくりと口を開いた。

「仁さんは、人当たりのいい、優しい人です。子供たちもよく懐いていて・・・子供たちが幼い頃は、忙しい私たちの代わりに、子供たちの面倒を見てくれていました。」

 そう話す愛華の顔には笑みが浮かんでいた。小夜は頷く。

「なるほど。いつから会社経営を?」
「10年前です。丁度、知華と流華が高校入学した頃に・・・・」
「事業の失敗の話などは?」
「聞いていません。夫も、何度か会社に行って、繁盛していると言っていましたし。」
「つまり、愛華さん自身が直接見たわけではないんですね?」
「ええ。1度だけ・・・仁さんの会社見学に行った葵を迎えに訪れたその時だけ、行ったことがあります。その日以来は、1度も。」
「それはいつの話ですか?」
「3年前です。葵は今27歳で、夫の会社で見学するのはやりにくいから、仁さんの会社見学に。」

 小夜は眉を潜めた。なぜ、叔父の会社に行く必要があるのだろう。今日家に来た仁を迎え入れた一也の表情からして、しばらく会っておらず、会社経営の話を聞くほど距離もある。子供たち3人もこの家に住んでいて、会社も近くにあった。父の会社に行った方が、迎えの手間も省けるはずなのだ。

「葵さんは、随分と仁さんをお好きのようでしたね。昔からですか?」
「え、ええ・・・私も理由は知らないんですが、昔から仁さんに懐いていて。」
「面倒を見てくれていたから・・ですか?」
「さあ・・・?」

(嘘だわ。この人、葵さんが仁さんに懐いていた理由を知っている。私の質問に対して、なぜか気まずそうに目を背けた。どうして?)

「泉龍寺さん?」
「・・・ああ、ごめんなさい。お時間を頂きありがとうございます。葵さんの部屋に案内して頂けませんか?」

 愛華は、小夜たちを迎え入れた時の明るい笑顔に戻って頷いた。小夜は椅子から立ち上がり、愛華に続いて葵の部屋へ行く。

「葵。泉龍寺さんがお話を聞きたいそうよ。」

 ガチャリ、と鍵の開く音がした。小夜は思わず目を丸くする。いくら外部の人間が来ているとはいえ、家族の住むこの場所で、一々部屋の鍵をかける意味が分からなかった。

「じゃあ、私はこれで。」
「ありがとうございました。」

 愛華が去っていくと、小夜は部屋の中に入った。家具が少なく、シンプルだが、よく整理されている。彼の第一印象にピッタリだった。
 葵は椅子に座ってパソコンをいじっており、キーボードを叩きながら、口を開けた。

「少し待って頂いて構いませんか?急な仕事がありまして。」
「どうぞ。」

 数分後、パソコンの蓋が閉じる音がした。小夜は振り返り、勧められた椅子に座る。葵は眼鏡を拭きながら、軽く溜息をついた。

「叔父さんが亡くなったこと・・・泉龍寺さんはどうお考えですか?母に、会社の話を伺ったりは?」
「一応。でも、温厚で実直な方だと聞きました。殺される理由は思い当たりませんね。」
「当然です。叔父さんが、人から恨まれるわけがない。恨む人間は、嫉妬しているだけです。」

 葵は、強い口調でそう言った。小夜は笑みを浮かべながら、葵に尋ねる。

「葵さんは、どうして仁さんがお好きなんですか?愛華さんから幼い頃に面倒を見てくれていたとは聞きましたが、それだけでは理由として乏しい。父・一也さんと、折り合いが悪いわけでもないでしょう?」
「ええ。父は私を大切にしてくれますよ。ただ、人として信用するに値しません。」

 突然の暴言に小夜は驚いた。葵は続ける。

「不正疑惑があるんです。社員の給料を横領して、娯楽のために使っている、と。もちろん父は否定しましたが、私は完全に否定できません。」
「しかし、仮にも父親でしょう?どうしてそこまで。」

 小夜は内心、父を嵌めた自分のことを思い、馬鹿馬鹿しい言葉だと思った。しかし、葵がそんなことを知るはずもなく、彼は冷静に答える。

「父には、愛人がいたんです。そんな人間を、信用することはできません。母がいながら、そんなこと・・・汚らわしい。叔父さんを通して、父に止めるよう言いました。その時はそれで聞き入れましたが、今は知りません。」
「なるほど。だからこそ、仁さんを信用しているんですね。父を諌め、母を安心させた存在として。」
「はい。」

 躊躇うことなく、葵は頷いた。小夜は、先程の愛華の嘘と葵の言葉が繋がり、深く頷いた。そして同時に、落胆した。
 どれだけ“いい人”に見える人間でも、一皮剥けば悪事は山のように出てくるのだ。小夜はそれを知っていたが、いざ向き合うと、吐き気がするほど嫌気がさした。

「となると・・・余計に仁さんが殺される理由が亡くなりますね。この狭い中で、間違い殺人など、まずあり得ないでしょうし。」
「そうですね。家族の座る位置は犯人も把握していたはず。むしろ、父が叔父を殺したかもしれない。今思えば、今回の客人の話は、急に出されたものでした。」
「急に出された・・・それは、海里さんを慰めるために?」
「恐らく。」
「では、海里さんの友人を呼ぶよう提案したのは誰ですか?ご存知ないなら、それで構いませんけど。」

 葵は静かに首を振った。小夜はそうですかと言い、一礼した。
 部屋を出て行こうとする小夜に、葵が尋ねた。

「泉龍寺さんは、海里と同じ探偵ではありませんよね?なぜ、ここまでしてくださるのですか?私たちは、身内の死に何もできないというのに、なぜ・・・・」
「・・・・ただ、謎を放っておくことができないからですよ。本当に、それだけ。」
「そうですか・・・でも、ありがとうございます。」

(そう・・嘘はついていない。これも、私の本心。でも、私の本心は別にもう1つある。ただそれを彼らの前では言えないから、黙っておいた方がいい。そうしなければ、私たちが信頼を失ってしまう。)

「知華さん。お話、よろしいですか?」
「はい。あ・・椅子・・・」
「お構いなく。足がお悪いのですから、座っていてください。」

 小夜は自分で椅子に座り、知華と向き合った。表情や服装こそ違うが、本当に流華と似ている。髪の長さもほとんど変わらないので、同じ格好をしたら見分けがつかないだろう。

「その足は、生まれつきですか?」
「いいえ。数年前、事故で。足の神経を痛めてしまって・・・リハビリでも歩けるようになるか分からないと言われました。」
「・・・そんな・・」

 小夜が肩を落とすと、知華は笑った。

「ふふっ。そんな顔をなさらないでください。あれは、私の不注意だったんですから。」

 そう呟く知華の顔は、心なしか怒りを帯びていた。小夜はそれに気付きながらも、何も言わずに笑った。知華は申し訳なそうに微笑を浮かべる。

「暗い話をしてごめんなさい。どうぞ、話を続けてください。」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私の行く先々で事件が起こる件について

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:1

なんちゃって悪役王子と婚約者

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:2,645

お役所女神ですがこの魂、異世界転生に全然納得してくれません!!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:2

流星の徒花

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:0

異世界転生令嬢、出奔する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,415pt お気に入り:13,937

【本編完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:33,485pt お気に入り:10,343

【長編版】婚約破棄と言いますが、あなたとの婚約は解消済みです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:809pt お気に入り:2,194

卒業式に断罪イベントは付き物です

恋愛 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:18

処理中です...