小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
上 下
70 / 230

Case69.2人の探偵⑤

しおりを挟む
「秋平。私のパソコン、どこ?」
「ロッカーに入れたけど・・・何かやんの?」
「調査。」

 小夜はパソコンをロッカーから取り出すとすぐに画面を開き、何かを調べ始めた。春菜が驚きながら小夜を見る。

「調査って・・・今回は江本さんに任せるんでしょ?」
「そのつもりだったわ。でも、犯人の行動が読み切れずに第2の殺人を起こしてしまった。これ以上、面倒ごとは起こしたくないの。警察に情報さえ回れば、江本さんは探偵として犯人を突き止めてくれる。そうすれば、私はそれ以上のことをしなくて済むわ。」

 小夜はそこで言葉を切り、パソコンに集中した。秋平と春菜が覗き込み、画面を見てギョッとする。

「お姉様、その情報・・・!」
「問題ないわ。私たちにはこれを見る権利がある。」
「だからってここまでやるか?」
「非常事態よ。周囲にどう思われるかなんて気にしてる場合じゃない。」

 すると、扉をノックする音が聞こえた。秋平が扉に近づき、誰だと尋ねた。

「私です。六条ですよ、天宮様。」

 六条の声が聞こえた瞬間、小夜はパソコンを閉じ、ロッカーに仕舞った。机に散らしていた資料を片付け、スマートフォンを鞄に放り込み、扉の方に向き直る。

「どうぞ。」
「いやあ、すみません。」

 六条は頼りない笑顔を浮かべて部屋に入ってきた。小夜は彼に椅子を進め、春菜が机に水を置いた。

「急にどうされました?また事故でも起きましたか?」
「そうではないんですが、天宮様の意見を伺いたく。」
「・・・というと?」

 六条は机に置かれた水を一口飲み、ゆっくりと口を開いた。顔からはいつのまにか笑顔が消え、無表情になっている。

「この事件の犯人ですよ。内臓をくり抜くなんて残酷なこと・・・普通の人間にはできない。かと言って、化け物がいるわけでもない。天宮様は、どうお考えで?」
「・・・・少なくとも、化け物がいないという表現は否定します。だって、殺人を犯す時点で、既に化け物でしょう?」

 小夜は笑ってそう言った。六条は頭を掻く。

「なるほど。そういう意見もありますね。しかし、被害者はなぜ殺されたのです?」
「六条船長・・・私は探偵ではありません。そういったことは、探偵である江本さんにお尋ねになった方がよろしいのでは?」
「江本・・・・ええ、まあ、そうなんですけどね。」

 六条は視線を逸らし、頰を掻きながら言った。小夜は少し迷った後、続ける。

「・・・・あまり他人にはお伝えしたくないのですが、私と江本さんで出した結論に、“動機”はありません。ただ“自己顕示欲”・・・と。」

 その言葉に、六条が感心したように目を見開いた。秋平と春菜はその行動に違和感を覚えながら、愛想笑いを浮かべる。しかし、小夜は気にせず続けた。

「ああ・・・ごめんなさい。電話が。まだ何かお話がありますか?六条船長。」
「いえいえ。少しでも聞いて頂き、感謝しています。では!」

 六条が部屋を出ていくと、小夜は電話がかかってもいないスマートフォンを取り出した。電話帳の海里の名前を押し、電話をかける。

「私です。ええ・・・接触しました。やはり間違ってはいないでしょう。この事件の犯人は、“彼”です。」
『そうですか。では、急ぎましょう。次の犠牲者が出る前に。』
「ええ。じゃあ明日、船内放送で。」

 電話はそれだけだった。春菜が驚き、尋ねる。

「どうして電話を?同じ船内にいるのに・・・・。」
「犯人に気付かれたら困るでしょう?犯人にとって、1番のターゲットは私たちなのだから。」
「は⁉︎どういう意味だよ、姉さん。それに“彼”って・・・・」
「明日、全て分かるわ。今日はもう休みなさい。」

 小夜はそれだけ言うと、2人をベッドに寝かせ、部屋の電気を消した。

「・・・・本当・・・どこまでも面倒だわ。探偵は。」

 闇に消えるような彼女の声が、部屋の中に小さく響き渡った。
                     
            ※

 翌日、2人は乗組員たちに頼み込み、船内放送機器がある部屋に行く許可をもらった。しかし、今回は第一の事件とは違って乗客と乗組員を部屋に待機させ、2人は船内放送を始めた。

「朝早くからありがとうございます。今日、私たちが皆さんに放送を聞くよう伝えたのは、今回の事件の全貌をお話しするためです。」

 海里は落ち着いた口調でそう言った。小夜は放送室の扉の側に座り、静かに彼の言葉を聞いている。

「皆さん、一刻も早く犯人を知りたいかも知れませんが、一先ず、その話は置いておきます。手始めに、犯人の犯行手順を説明しましょう。」

 海里は少し間を開け、ゆっくりと言葉を続けた。

「まず第1の事件・・・安藤唄さんが殺害された話についてです。」

 客室がざわついた。あれは事故ではなかったのか、という疑問を口にしている。小夜はこめかみを抑え、深い溜息をついた。彼女は、海里に第一の事件に触れないよう頼んでいたのだ。こうも簡単に約束を破られては、呆れるしかない。

「あれは事故ーーーー確かに、その結論は間違いではない。むしろ正しいのです。ただよく見れば、“事故に至る過程”が存在していることが分かります。そしてそれは、人為的なものです。」

 海里の言葉は曖昧だった。彼らは、小夜が語った推理を信じており、今更殺人だと言われても、全く納得できないのだ。海里は構わず続ける。

「皆さん、よく思い出してください。第一の事件の推理の際、ロビーに映し出されたあの写真を。1枚目・・・水槽が置いてあったと思われる場所の側にあった水道管を。」

 船長室にいる六条は、その言葉を聞いてハッとした。なぜか、穴の空いていた水道管。少しだけしか写っていなかったが、あれは人為的に作為されたものだった。

「答えは水道管です。あの水道管は、変に穴が空いていました。綺麗に円形に切り取られており、とても偶然の形状ではなかった。あれは、犯人が仕組んだものです。」

 海里は小夜に視線を移した。小夜はどこか気怠げな目をしながら、椅子から立ち上がる。海里が椅子に座るのを見届けると、小夜はマイクに近づいた。

「話を続けます。犯人は、ナイフか何か・・・鋭利な刃物で水道管を切った。当然、時間はかかる作業だったでしょうが、夜中に行えば大したことはありません。加えて、あの場所への行き方を知っているのは乗組員・従業員のみ。今回の事件の犯人は、乗客ではありません。」

 小夜ははっきりとそう言った。しかし、海里と違って、その表情に高揚感はない。あるのは、どうしようもない苦しさだけだった。

「あの床は、料理を運ぶ時・下げる時の両方通ります。つまり、油などの調味料が溢れていても何ら不思議はないんです。ですから、被害者・・・安藤さんは、水で滑ったのではなく、油で滑った。わざわざ水道管を破壊したのは、油を洗い流すためだった。でも、」

 小夜は1度言葉を止めた。その先を言っていいのか、まだ迷いがあるらしい。海里が立ち上がろうとしたが、彼女はそれを無視するかのように首を振った。

「水道管の破壊という“手間”が、殺人であることを裏付けてしまった。もし水道管を破壊していなければ、これは“事故”で済んだ事件でした。」

 一気に言い切った言葉に、全員が驚いた。事故とも殺人とも取れる事件。2人の探偵の言い分は、決して間違いではなかったのだ。小夜は、溜息をついてから言葉を続ける。

「第1の事件の話はここまでにしましょう。本番はここから・・・第2の事件の話です。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
恋愛
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

サイキック・ガール!

スズキアカネ
恋愛
『──あなたは、超能力者なんです』 そこは、不思議な能力を持つ人間が集う不思議な研究都市。ユニークな能力者に囲まれた、ハチャメチャな私の学園ライフがはじまる。 どんな場所に置かれようと、私はなにものにも縛られない! 車を再起不能にする程度の超能力を持つ少女・藤が織りなすサイキックラブコメディ! ※ 無断転載転用禁止 Do not repost.

処理中です...