小説探偵

夕凪ヨウ

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Case61.鮮血の迷宮美術館②

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「おじさんたち・・遅いね。」
「あの部屋は広いからね。でも大丈夫! 2人なら、きっと見つけてくれるよ‼︎」

 美希子が少年に笑いかけたその時、パトカーのサイレンが聞こえた。凪はソファーから立ち上がり、急いで入り口から外を見る。数台のパトカーが美術館の前で停車し、彼女は息を呑む。

「嘘でしょ・・・?」
「生憎、嘘じゃないよ。」
「玲央・・・・まさか・・・」

 凪の言葉に、玲央は静かに頷いた。彼女は自分の口元を抑え、少年の方を見る。少年の前には、既に龍がいた。

「おじさんたち、お母さん、見つかった?」
「・・・・ああ。でもな、お母さん、怪我してるんだ。だから・・・」

 必死に取り繕おうとする龍を、美希子が制した。彼女も事情を察しており、必要以上のことを述べてはならないと分かったのだ。

「東堂警部! いらしていたんですね。」
「けーぶ? おじさんたち・・・けいさつなの?」

 もう逃げられないと思ったのか、2人は溜息をついた。警察手帳を出し、声高々に周囲に告げる。

「警察です。全員、その場から決して動かないでください。」
                     
            ※

『殺人事件・・・?』
「はい。すみません、九重警視長。美希子さんを巻き込むつもりはなかったのですが・・・・」
『仕方のないことだ。美希子は動揺するだろうが、凪がしっかり見てくれる。』
「はい。」、

 龍は、捜査の合間を縫って浩史に電話をしていた。浩史は、重々しい声で続ける。

『しかし、私が何より心配しているのはその少年だ。少年は、母親の死を理解しているのか?』
「・・・・恐らく。」

 深い溜息が聞こえた。龍は顔をしかめる。

『まあいい。お前を責めても始まらないからな。事件の解決を急げ。』
「分かりました。」、

 龍は電話を切ると、少年の方を見た。少年は呆然とした表情でソファーに座り込んでおり、警察の姿も、周囲の人々の姿も、目に入っていないようだった。
 美希子は少年の隣に腰掛け、尋ねた。

「君、お母さんと一緒に来ていたんだよね。お父さんはどこかな?」
「・・・・いない。ずっと昔から、お父さんはいない。お母さんだけ・・・・」

 その言葉が、龍たちの心に突き刺さった。少年は静かに涙をこぼし、自分の服で涙を拭いている。美希子はそっと少年を抱きしめ、頭を撫でている。

「警察の方ですか?」
「はい。あなたは?」
「館長の遠山祥一郎と申します。」

 随分と若い男だった。海里より少し上くらいだろうか。短い茶髪と、すらりとした身体。上品そうな雰囲気があり、真っ黒なスーツがよく似合っている。口を堅く引き結び、その体は微かに震えていた。

「申し訳ありません。すぐに解決いたしますので。」
「警察の方が謝られることはございません。私どもの管理が行き届いていなかっただけでございます。」
「管理の不届きで済ませられる事件ではないでしょう。」

 玲央が強い口調でそう断言した。龍が止めるが、玲央は構わず続ける。

「今分かっていることは、館内に殺人犯が潜んでいるということ。そして、被害者の胴体が行方不明であることです。
 この騒ぎで外に出たとは思えませんから、犯人が館内に隠している可能性が高い。私たちが作品に直接触れることは憚られますから、館長の手を借りさせて頂きますよ。」
「もちろんです。ご協力します。」

 龍は、凪と美希子に少年の側を離れないよう言いつけ、玲央と共に調査に向かった。

「鏡の間は、いつからあるんですか?」

 廊下を歩きながら玲央が尋ねた。

「開館当初からございます。アイデア自体は今は亡き副館長のものでして。名前を決める際も、それを売りにするために迷宮、と。」
「なるほど。しかし、あの部屋は灯りがありませんでしたね。鏡で道が分からない上、暗くするのは危険では?」
「ええ・・・元は、電気をつけていました。しかし、鏡の反射も相まって、お客様から目が疲れるという意見が相次ぎ・・・鏡を減らしても効果がありませんでしたので、キャンドルを置くことになりまして。」

 玲央は釈然としない様子で頷いた。兄が何を思ってそんな顔をするのか、龍には分からなかった。
 玲央は続けて尋ねる。

「副館長が亡くなったのはいつですか?」
「ちょうど半年前のことになります。急な病で・・・呆気なく。」
「今、副館長は?」
「おりません。この美術館が開館して5年・・・・ずっと共にやってきた仲でしたから、新しい人間を雇う気も起きず。」
「・・・・そうですか。」

 問答をしている間に、鏡の間に到着した。玲央は元ある電球を復活させるよう伝え、館長は指示に従った。

「確かにこりゃ眩しいな。遺体があったのは・・・あそこか。」

 まだ血溜まりが残っている場所に、龍がしゃがみ込んだ。手袋をはめ、周囲の鏡に触れる。

「どう?」
「無いな。」

 2人の会話を、遠山館長は首を捻りながら聞いていた。龍が振り返らずに説明する。

「隠し部屋がないか調べているんです。犯人がスタッフにせよ客にせよ、胴体を丸ごと持ち去るのは難しい。バラバラにする手もありますが、血の量から見てここではバラしていない。名前も“迷宮美術館”ですし、そういう遊び心もあるかもと思いまして。」

 遠山館長は感嘆した溜息をついた。龍はあまり当てにならないと思ったのか、黙々と作業を続ける。

「金属の臭いがしない。犯人はピアノ線か何かで首を切断した可能性が高い。まあ、何らかの操作で隠し部屋が開いたりするなら話は別だけど。」
「その可能性も捨て切れないな。だがそうだとしたら、犯人は限られる。」
「そうだね。」

 玲央は視線を遠山館長に動かした。遠山は胸の前で勢いよく手を振りながら、

「わ、私ではございません! 顔も把握していないお客様を殺すなんて・・・‼︎」
「1つの推測ですよ。スタッフの可能性も捨て切れませんから。」
「そ・・そうですか。」
「ん? 兄貴。ここ、妙だ。」

 龍の言葉を聞いて、玲央も屈んだ。龍が指を指しているあたりを見ると、床に微かな凹凸がある。床は板張りなのだが、彼が指を指している部分だけ、高さが違ったのだ。

「・・・・他の床は正常だ。ここだけ高さが違う・・? 設計ミスの可能性もあるけど、いまいち釈然としないな。」
「ああ。遠山館長。」

 龍は立ち上がって口を開いた。遠山館長は首を傾げる。

「はい?」
「この美術館に制御室はありますか? 電灯や扉の開閉は、機械がやっているでしょう。もしあるなら、ご案内して頂けませんか?」
「は・・はい。こちらです。」

 制御室に着いた瞬間、3人は鼻を押さえた。部屋の中から、凄まじい血の臭いがするのだ。玲央はすぐに遠山館長から鍵をもらい、扉を開けた。

「なっ・・・⁉︎」
「おい・・冗談だろ。」

 玲央は目を見開き、龍は頭を抱えた。遠山館長は口を押さえて後ずさる。


 各々が、目の前の光景に驚嘆の声を漏らした。
 無理もない。彼らの目の前には、行方知れずだった、被害者の胴体があったのだから。
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