小説探偵

夕凪ヨウ

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Case55.幽霊屋敷で出会った男③

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「お2人も気がついていらっしゃいますよね? この事件のちぐはぐさ」
 私の言葉に、お2人は、迷うことなく頷いた。先に零さんが口を開く。
「彼女たちは嘘をついている。簡単な話だけでいいと前置きしたのに、わざわざ事細かに話した。しかも、視線を逸らして冷や汗を掻き、ぎこちなく手足を動かしているーー嘘をつく人間に見られる挙動だよ」
「ええ。それに、風花さんの行動も不自然そのもの。わざわざ除霊師を呼ぶことで、何かを隠している可能性があると思います」
「そうだな。まあ、除霊云々がどうなのかは分からないが、仮に幽霊がいるなら人なんて選ばないだろ。これは人為的な殺人さ」
 私たちは互いの意見を確認しあって頷いた。
 そして、私は気になっていたことを零さんに尋ねた。口にした瞬間、彼の表情が曇るのを感じながら。

  ーカイリ『幽霊屋敷で出会った男』第3章ー

            ※

 一旦推測のすり合わせを終えた海里たちは、邸宅の外に停車して警察官と話をしている車を見つけ、3階の文雄の部屋へ行った。
 龍が文雄の部屋の扉をノックし、声をかける。
「お仕事中すみません。邸宅の前に車が停まっているようなのですが、ご家族ですか?」
 文雄は窓の外を見たのだろう。カーテンを開く音がして、直後に声が聞こえた。
「あ・・妻の車です。行きましょうか」
 文雄は部屋を出て、海里たち3人と共に玄関扉を潜った。彼の妻・立石風香ふうかは車から降りて坂を登ってきており、端正な顔立ちだったが、眉間に苛立ちを示す深い皺が刻まれていた。
 風香は夫の前に立つなり、眉を吊り上げて声を荒げる。
「ちょっと、あなた! わたくしがお呼びしたのは神道さんだけよ。どうして警察がいるの!」
 怒鳴る妻に対し、文雄は宥めるような声を出した。
「電話で話したじゃないか。正が・・・」
「どうせ自殺でしょう? 放っておけば良かったのよ。全く」
 風香は鋭い目つきで海里たちを睨んだ。龍が軽く息を吐いた後、ゆったりとした口調で説明する。
「勝手に捜査を始めたことはお詫びします。しかし、現時点では正さんが自殺したと決定づけることができない。殺人の可能性がある以上、我々も捜査を続ける必要がありますから、どうかご了承ください。自殺と分かれば、早々に引き上げますので」
「そうしてくださると助かるわ。ああ、そうそう。香織かおりもすぐに帰ってくるわよ。あの子、正が大好きだから、犯人を突き止めろってうるさいでしょうね」
 風香は小馬鹿にするような笑みを浮かべた。海里は思わず顔を顰めそうになり、彼女から視線を逸らした。
 海里が視線を定められずにいると、邸宅に向かって1台のバイクが走って来るのが見えた。体つきからして女性であり、長い髪が風に揺れている。
 風香はその姿を見つめ、少し穏やかな声を出した。
「あら、香織だわ。意外に早いわね」
 門の前にバイクを止めた香織は、鍵をかけるとヘルメットを被ったまま両親の元に歩いてきた。足を止めると同時に勢いよくヘルメットを取りら風香そっくりの美しい顔を露わにする。母とは反対に、その顔には涙があった。
「パパ。正兄・・・本当に死んだの? 何かの、間違いとかじゃなくて?」
「・・・・すまない、香織」
 文雄が小さな声でそう呟くと、香織は風香を睨みつけた。まだ家の周りに人盛りができているのも気にせず、彼女は大声で怒鳴る。
「どうせあんたが殺したんでしょ⁉︎ 昔から正兄のこと、大嫌いだったもんね!あんたに反抗する私を庇う正兄が邪魔になって殺した、そうでしょ⁉︎」
「まあ。根拠のない話ね」
「除霊師なんて訳の分からない人間を呼んでいるのがその証拠よ! 霊のせいにして、自分は罪を逃れようっていう算段だってことくらい、知ってるんだから‼︎」
 突然始まった喧嘩に、海里たち3人は呆れ混じりの視線を向けた。香織は一方的に母を罵り、風香は一向に娘の言葉に動じない。用意されていたような親子喧嘩に、海里たち3人は、しばし何も言えなかった。
「2人とも、そのくらいにしなさい。皆さんが困っておられるだろう」
 母娘の口喧嘩を止めたのは文雄だった。玲央は軽く文雄に会釈した後、風香と香織を見る。
「早速ですが正さんの人物像を教えて頂けませんか? 簡単で構いませんので」
「正兄は優しい人だったよ。地方の会社の重役で、仕事もできたんだって。人から恨まれるような人じゃない」
 香織の口調は強かったが、視線は左右を行き来していた。玲央は礼を言いながら風香に向き直る。彼女は鼻を鳴らしながら答えた。
「不器用で、馬鹿な男だったわ。優しいかもしれないけど、気は弱い。男としては致命的ね。子供の頃は女に舐められていたのだから、背丈だけでも大きくて安心したくらいよ」
 頬に光る一筋の汗が光っており、歪んだ笑顔は引き攣っているように見えた。
 対照的な2人の言い分に、玲央は動じなかった。それどころか、口元に笑みを浮かべ、2人の話を聞いていた。
「それより、わたくしの自室には入っていないでしょうね」
「もちろんです。1、2階のみ調べましたから」
 玲央はそれだけ言うと、一足先に邸宅の中に戻った。入れ替わるように圭介が進み出て、風香に深々と頭を下げる。
「神道圭介です。本日はご依頼ありがとうございます」
「とんでもない。それで? 霊はいましたか?」
「いいえ。今のところ、いませんね」
 圭介のあっさりした答えに、風香も少し驚いていた。彼は続ける。
「ですが、今回の殺人に不審な点があることは確認できています。もしそれが霊の仕業であればーー」
 圭介は横目で海里と龍を見た。
「警察の方にはお引き取り願うということで」
 龍の眉が動いた。海里が取り繕うように優しい口調と笑みで口を挟む。
「霊など非科学的なものがいるとは思えませんね。これは人為的な殺人です」
「根拠は?」
「この家の人間が生き残っていることと、風香さん香織さんの態度、と言っておきましょうか」
 海里の言葉に圭介は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに笑った。
「それが根拠になるわけ・・・・」
「東堂さんと玲央さんは意味を理解していますよ。警察の方が理解していれば、部外者である私の意見も通ります。寧ろ私は、霊の仕業にする根拠をお聞きしたいくらいです」
 海里の口調には、怒りはなかった。彼は、ただ思ったことをそのまま述べているだけに過ぎないのだ。しかし、圭介も焦る様子はなく、笑って彼の言葉を聞いていた。
「さて、行きましょうか。東堂さん。調べなければならないことが山積みですから」
「ああ・・・」
                   

「おい、江本。なぜあんなことを言った? 変に関係が悪くなって追い出されたらどうする」
 自分たちの声が聞こえないことを確認した後、龍は海里の圭介に対する態度を嗜めるように言った。対して、海里はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。神道さんは、そこまで短気な方ではありません」
 どこかに行っていたと思しき玲央も、龍の声が聞こえたのか、尋ねた。
「どうしてそう思うの?」
「彼の立ち居振る舞いです」
 海里の言葉に2人は首を傾げた。海里は続ける。
「確かに、神道さんは一件ぞんざいな口調ですよ。しかし、風香さんに対する会釈の姿勢、和服の着こなし方、伸びた背中など、少ない情報ですが、礼儀作法を仕込まれていることが分かります。
 現に、小夜さんと共通する立ち居振る舞いよありますからね」
「お前、初対面の人間相手にどこまで見てんだよ」
 龍が深い溜息をついた。海里は笑い、2人を見る。
「それはそれとしてーーです。お2人も気づいていらっしゃいますよね? この事件のちぐはぐさを」
「うん。立石母娘は嘘をついている。わざわざこちらが簡単なことで良いと述べたのに、2人はその簡単な言葉で視線を逸らし、汗をかいていた。嘘をつく人間に見られる、基本的な挙動だ」
「はい。それに加えて、風香さんの除霊師を呼ぶ行為も不自然そのもの。何かを隠していると見て、間違いないでしょうね」
「そうだな。
 そして、仮に霊がいるとすれば、この屋敷の人間全員殺せばいい話だ。面倒を嫌がる霊がいるとは思えない。人為的な殺人って話は覆らないさ」
 3人は各々の意見を述べ、納得した。同時に、海里は気になることを思い出し、玲央に尋ねた。
「そういえば玲央さん。“前の所有者”とは? 武器の在処が分からないのであれば、文雄さんに話を通して、前の所有者についての情報を得て、警視庁に連絡した後、話を聞くことも可能ですよね?」
 玲央はしばし沈黙し、やがて何か言おうと口を開いた時、よく通る風香の声が聞こえた。
「だから何度も言ってるじゃない。本当にわたくしたちが頼るべきは、小夜さんなのよ。彼女の頭脳なら、こんな事件すぐに解決してくださるわ」
 海里は目を見開いて背後を見た。玲央は眉間を抑え、俯いている。
 海里は驚きを隠せないまま、再び玲央の方を見た。
「この屋敷の前の所有者は天宮家だったんですか?」
 玲央は顔を上げずに答えた。
「・・・・そうだよ。随分、昔の話らしいけどね。10年とか、それくらいの」
「では、小夜さんに話を」
 通せばいい、と海里が言おうとした時、玲央はすかさず口を開いた。
「ダメだ。前回は彼女が偶々現場にいたから協力してもらったけど、今回はしない。彼女の都合だってあるんだから」
「・・・・しかし、何か知っている可能性は捨て切れないでしょう。知らないなら、それで終わりなんですから」
 海里は少しだけで構わないという意味で話していたが、玲央は断固として了承しなかった。
「そんな問題で言っているんじゃないんだ。とにかく、この話はこれで終わり。10年前の話は、後で調べたらいいんだから」
 断言した玲央の瞳には、強い意志と、深い不安が垣間見えた。
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