小説探偵

夕凪ヨウ

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Case44.千切れた絆

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「龍は先に警視庁に戻ってて。俺はもう少し江本君と話がしたい。」
「・・・そうか。行きましょう、九重警視長、美希子。」

 龍たちが出ていくと、玲央は息を吐いた。椅子に腰掛け、背もたれに体を預ける。

「ごめんね。ゆっくりしたいだろうに。」
「いえ、お構いなく。どうされたのですか?」

 海里の問いに、玲央はふっと笑った。

「龍のこと、お願いしとこうかなって。あいつ、危なっかしいから。誰かが側にいないと、命なんて顧みず、危険な場所に突っ走るからね。」

 海里は首を傾げた。玲央は続ける。

「俺はね、失敗したんだよ。龍への接し方を。」

 玲央の言葉は回りくどかったが、海里は急かすことも苛立ちを見せることもなく、疑問を口にした。

「接し方? 確かにお2人は仲が良いようには見えませんが、玲央さんは東堂さんのこと、信頼なさっているでしょう?」
「そうだね。でも、逆はダメ。3年前、俺があいつの信頼を裏切ったから。」
                    
            ※

 3年前、12月24日。

 それぞれの現場に向かった後、玲央は龍の家に来ていた。その日は雨が降っており、積もった雪が溶け続けていた。

「・・・・龍・・・3人は?」

 龍は静かに首を横に振った。彼は、消え入るような弱々しい声で、玲央に尋ねる。

「兄貴は・・・何でここに来たんだ? 仕事が・・入ったんだろ? 雫は・・・・どうしたんだよ。」

 残酷な質問だったが、答えは1つだった。玲央は掠れた声で答える。

「・・・・聞かなくたって・・・分かるでしょ。失わないと、ここには、」
「違うだろ、兄貴。“失ったからこそ”、留まるべきなんだよ。あんたは・・・雫の死から逃げたんだ。」

 玲央の言葉に被せるように、龍は言った。そして当たっていたからこそ、玲央は苦しそうに眉を顰めた。

「龍・・・!」
「今すぐ雫の所に戻れ。俺のことを心配する余裕がないことくらい、分かる。変な所で虚勢を張る必要なんてない。それに、俺も・・・・今は1人でいたい。」

 龍の言葉は正しかったよ。あいつは、あいつなりに、俺を諌めてくれたんだ。でも俺は、それを素直に受け取れなかった。いや、突き放したと言うべきかな。

「君こそ・・・何で・・・・」
「え?」
「何で1人だけ、生きてるのさ。」
「兄貴・・・?」

(俺は何を言っているんだ? 龍に対して・・・たった1人の弟に対して、何を言おうとしている? ダメだ・・・ダメだ!)

「家族みーんな見捨てて、1人だけ生き残ったの? 君って、本当最低だよねえ。」
                     
            ※

「・・・その時の・・龍の表情が、脳裏に焼き付いて、離れないんだ。馬鹿なことを言ったと後悔しても、口から出た言葉は戻らない。」

 俯きかけた玲央だったが、すぐに顔を上げた。その顔には、清々しいと言えるほどの笑みが浮かんでいる。

「俺はあの時に、“兄”じゃなくなったんだよ。龍もあの日から、俺を兄とは呼ばなくなった。
 その証拠に、この3年間、月命日で顔を合わせるだけで連絡もせず、口も聞かなかった。実家に顔を出したら会話はするけど、両親がいる時だけだ。2人きりになったら、龍は口も開かなかったし目も合わせなかった。
 龍にとって俺は、他人以下なんじゃないかな。もっと言えば、犯罪者と同じかもしれない。いずれにせよ、俺が最低の人間ってことに、変わりはないけど。」

 玲央は自嘲的な笑みを浮かべた。
 海里は何も言わなかった。玲央の話が終わるなり、俯き、10秒ほど間を開けて、尋ねた。

「なぜ・・・私にそんな話を? 私は東堂さんの親族でも友人でも、相棒でもない。ただの、仕事上の協力者です。」

 海里は遠回しに玲央の申し出を断っていた。しかし、彼は海里の言葉を聞かない。

「そうだね。でも、龍は君を拒絶していない。龍が君に過去を話したと同期から聞いた時、俺も全てを話すべきだと思った。絶対に語りたくないはずのことを語るほど君を信頼しているなら、俺も同じようにするべきだと。
 ・・・・千切れた絆が新しい形で繋がるなら、こんなに嬉しいことはない。龍を頼むよ? 江本君。」

 おどけた口調が海里を苛立たせた。彼は俯いたまま、今度は苛立ちを隠さず言った。

「嘘をつかないでください、玲央さん。違うでしょう? あなたは、東堂さんと昔の関係に戻りたいだけのはずです。絆を押し付けても、私はあなたの代わりにはなれない。東堂さんの兄はあなただけであり、この世で最も信頼する人間もあなたなんです。分かり切っている事から、なぜ目を逸らすのですか?」

 玲央は横目で、海里を、海里は正面から玲央を見た。
 海里の苛立ちと相反するかのように、玲央の瞳には、悲しみが浮かんでいた。しかし、海里は悲しみを吹き飛ばすように言葉を続ける。

「過去の言葉を返すようで悪いですが、今のままでい続けるなら、あなたは“また”逃げることになる。過去に大切な人の死から逃げて後悔しているはずなのに、今度は唯一の弟である東堂さんから逃げて、同じ後悔を繰り返そうとしている。そんなの、間違っています。どうして、向き合わないんですか。」
「今更無理だ。」

 即答が海里に熱を持たせた。彼は、病院にいることも忘れて怒鳴る。

「決めつけるのは早いでしょう! 
 ではお聞きしますが、先程私を助けてくださった時、なぜあんなに東堂さんと連携が取れたのですか? 玲央さんは迷うことなく指示を出し、東堂さんはそれを実行した。その結果、私は無事で、東堂さんも怪我を負わず、犯人たちを逮捕できた。あれは、信頼の証ではないのですか⁉︎」
「・・・・さあ? 仕事に私情は挟まないからね。そうとは限らないよ。」

 玲央はあくまでもはぐらかした。海里は何かを言おうと口を開き、しかし何も言えずに口を閉じた。玲央は海里から目を背け、立ち上がった。

「早く元気になってね。現場で待ってるよ。」
「玲央さん!」
                    
            ※

 その頃、龍たち3人は警視庁に戻っていた。美希子も捜査本部に加わり、他の刑事たちの到着を2人と待っている。

「・・・・あのクソ野郎・・・」

 会話を聞きながら、龍は吐き捨てた。玲央は、スマートフォンに仕込まれた盗聴器に気づいた上で話をしていたのだ。
 龍には、自分の気持ちを何も分かっていない玲央の言葉はもちろん、その言葉を敢えて自分に聞かせる行動が腹立たしかった。

「口が悪いな、龍。盗聴してまで気になることだったか?」
「皮肉ですか? 九重警視長。」
「ああ。」

 悪びれる様子なく言った浩史に対し、龍は眉を顰めた。美希子は背もたれにもたれながら、

「龍さんも仲直りしたら? 玲央さんのこと、嫌いになったわけじゃないんでしょ?」
「子供が大人の事情に首突っ込むな。」
「私は昔から2人を見てきたから、年齢なんか関係ないもん。」
「勝手な理屈だろ。」

 美希子は頬を膨らませた。浩史は苦笑する。すると、浩史のスマートフォンが鳴り、玲央から電話がかかってきた。

『すみません、九重警視長。少し用事を済ませてからそちらに向かいます。間に合わなければ、先に初めておいてもらえませんか?』
「構わんが、遅れすぎるなよ。」
『はい。』

 会話が聞こえた美希子は、浩史に尋ねた。

「玲央さん、どこか行ったの?」
「恐らく雫の墓だろう。最近は命日関係なく、毎日通っているらしい。」

 浩史の言葉に美希子は軽く頬を膨らませた。

「・・・・そんなに大切なら、生前に・・・」
「やめろ、美希子。分からなかったんだよ。昔から、真剣な色恋沙汰に疎い奴だ。」
                     
            ※

「雫・・・。」

 玲央は、雫の墓石を見つめながら虚ろな瞳をした。息を吐き、ゆっくりと墓石の前に屈む。

「しつこく来てごめんね。でも・・・何だか、疲れちゃってさ。」

 玲央は小馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「龍と昔の関係に戻ることもできず、謝ることもできない・・・・。俺には、あいつの気持ちすら分からないよ。
 雫・・君なら、分かったのかな。昔から・・・俺たち兄弟の中を取り持っていたのは、君だったもんね。君がいなくなって・・・勝手に苦しんで、後悔して。もし君がいたら、“馬鹿”の一言でも言ってくれたかな。」

 返事はない。虚しく風が吹き、都会の喧騒が微かに響くだけだった。玲央は地面に視線を落とす。

(ああ・・・半端者だ。兄としても、警察官としても。彼女を愛していることすら気づけず、弟を傷つけて、俺は・・・何がしたかったんだろう。
 あの夜・・・もし全て守れていたら。龍に寄り添って、別の言葉をかけていたら。誰も何も失わず、笑って暮らせていたら。こんな苦しみに苛まれることもなかったのに。)

 後悔したところでどうにもならないことを、玲央は後悔し続けていた。しかし贖罪の仕方が分からず、逃げていた。海里の言葉通り。雫の死からも、龍からも。


 どのくらいの時間が経ったのか。玲央の背後から声が聞こえた。

「東堂玲央警部ですか?」
「そうだけど、何かーーーー」

 振り向こうとしたその瞬間、玲央は言葉を止めた。背後にいる何者かが、自分の背中に銃を突きつけているからだ。玲央は苦笑しながら、

「次は俺を狙ってきたの? ご苦労なことだね。」
「・・・・そうだ。動くな。」
「うーん・・・・無理。」

 そう言った途端、玲央は背後にいた人物の腕を掴み、地面に投げつけた。銃が転がり、代わりに、玲央の銃が倒れた者の額に押し付けられる。
 玲央は投げ飛ばした人影を見て、思わず目を瞬かせた。

「子供・・・? 随分と小さな犯罪者だね。」
「くっ・・・!」

 倒れていたのは少年だった。玲央は体勢を保ったまま、言葉を続ける。

「君はさっきの言葉の意味を理解していないよね。一体、何が目的で俺を狙ったの?」

 少年はしばらく黙っていたが、やがて必死な顔で言った。

「・・・・妹を・・助けて欲しいんだ! あのままじゃ、死んじゃう!」
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