小説探偵

夕凪ヨウ

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Case27.魔の館の変死体⑥

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「まずは事件の整理です。
 被害者は泉龍寺真人さん、23歳。ここ天宮家の長女・天宮小夜さんの婚約者。事件発生は8月7日の深夜12時半頃。全身の骨を折られたことによって死亡。犯人は複数人おり、全員が成人した男女だと考えられています。」

 海里は心なしか早口だった。天宮家の人間は全員椅子に腰掛けており、海里は1人立って推理をしていた。

「私が現場に来た日、一瞬絞殺を疑いました。首に糸が巻きついていましたからね。ですが、その可能性はすぐに否定された。首に糸の痕は残っておらず、吉川線もなかったためです。加えて、拘束された痕もありませんでした。何より、あんな細い糸で人の首を絞めようとしたら、先に糸の方が限界を迎えます。そのため、絞殺ではなく、骨を折られたという、奇怪な死因なのですよ。」
「奇怪? 骨を折って亡くなることはあるんじゃないですか? 転落死とか。」
「いい質問ですね、秋平さん。確かに、骨折が原因で亡くなることはあります。しかし、今回は“人為的に全身の骨が折られていた”。犯人は、余程の殺意を持って彼を殺害したのです。そうでなければ、全身の骨を折るだなんて面倒なことしませんから。」

 秋平が頷くのを見ると、海里は龍から1本の紐を受け取った。

「春菜さん。これ、何だか分かりますか?」
「えっと、和弓の弦・・・ですか?」
「はい。当初、被害者の体に巻きついていたのはこれです。最も、本物ではありませんが。」
「真人お兄ちゃんは、それでこーそくされてたの? 海里お兄ちゃんは、こーそくされた痕はないって言ってたよね?」

 夏弥の質問に、海里は頷いた。

「ええ、その通り。私も勘違いしていたのですが、真人さんは拘束されていのではありません。これは、“力の足りない者が骨を折るための補助道具として使った”のです。」
「ほじょ?」

 夏弥の言葉に、海里は頷きながら続けた。

「物は試し、ということで。今から犯人の1人が取った方法を実演しましょう。」

 海里は龍と頷き合った。龍が小夜を呼び寄せると、海里は説明を続ける。

「あそこの手摺り。何か妙だと思いませんか?」

 海里は大広間の扉の右斜め前にある、階段の手摺りを指差した。踊り場より少し低い場所である。春菜は示された手摺りを見つめ、首を傾げた。

「歪んでる?」
「はい。春菜さん。あの手摺りは、以前からああなっていましたか?」
「いいえ。この家に建築の欠陥はありませんし、使用人も掃除に気をつけています。手摺りが歪むなんてことはありませんよ。」
「ありがとうございます。和豊さん。あなたは、この家の全ての部屋に監視カメラを設置していると仰いましたね?」
「ああ。侵入者のこともあるし、怪しい動きをした奴がいればすぐに警察へ突き出せるようにな。それが何だ?」
「あの手摺りが事件前に歪んでいたか否かを、証明する道具になったのですよ。こちらをご覧ください。」

 そう言って、海里はパソコンを開き、画面を全員に見せた。そこには2つの映像があり、踊り場近くの手摺りが映っている。

「皆さんから見て右が事件前、左が事件後です。ほら、事件後の手摺りは歪んでいるでしょう? 掃除に気を使い、天宮家の方々すら慎重に過ごすこの家で、こんなミスが起こることはまずあり得ない。この手摺りは、犯行の際に使われたと考えるのが自然なのですよ。」
「すごい・・・。でも実演するって? 使われたってのも、よく分からないし。」

 春菜は首を傾げた。海里はゆったりと言う。

「弦を使い、被害者の骨を折ったのは女性です。ですから、小夜さんに同じことをやって頂き、人の骨が折れるかどうかを確かめます。手摺りを利用してね。
 小夜さん、お願いします。」

 小夜は海里から弦を受けると、歪んだ手摺りの右隣の手摺りに弦を括り付けた。
 だが、そこで秋平が声を上げる。

「ちょっと待ってください。普通の弦の長さだったら、真人義兄さんまで届きませんよね? 大広間で殺されたなら、尚更です。犯人は、弦同士を括り付けて使ったんですか?」
「その通りです。綾美さん。」

 突然名前を呼ばれた綾美は、落ち着かない様子で返事をした。

「は、はい。何でしょう?」
「小夜さんたちは弓道をやっていますよね? そして、弓矢の予備は本宅にもあるとお聞きしています。」
「え・・ええ。私もやっていましたから、幼い頃からやらせています。本宅の倉庫にも別荘の倉庫にも、予備が置いてあります。」
「ありがとうございます。
 犯人は、本宅の倉庫から弦を盗みました。ただし、1つだけです。一気に無くなっていたら、泥棒と勘違いされてしまいますから。残りは店で買って繋げれば、長い弦の出来上がりです。」

 小夜は、既に予備の弦と渡された弦を括り、1つの紐にしていた。同時に龍の部下が大広間に入り、殺害現場である部屋の中央に男性のマネキンを置いた。

「これは普通のマネキンより硬いものです。硬さは成人男性の一般的な骨と同じだと思ってください。」

 海里がそう言うと、小夜は輪っかにした弦をマネキンの胴にかけた。怪我防止の手袋を嵌め、弦の端を持つ。

「では、引いてください。」

 小夜は、一気に弦を引いた。全員が手すりの方に注目する。そして、ぼきり、と鈍い音がした。

「本当に折れちゃった・・・・。」

 春菜は感嘆の声を上げた。秋平と夏弥は目を瞬かせている。

「これで、骨が折れる証明ができましたね。まあ小夜さんは弓道をやっていますし、普通の女性より力はあるでしょう。犯人は力を合わせて弦を引いたかもしれませんが、いずれにしても、骨が折れることは間違い無いです。中々不思議なやり方ですけどね。」

 海里の説明に、全員が呆気に取られていた。海里は手摺りから弦を外し、マネキンを片づけ、続ける。

「今回の殺害動機は、天宮家が隠蔽して来た事件を知られ、世間に公開すると言った真人さんを邪魔に思ったからです。真人さんが過去の事件を知ったのは、小夜さんたち4人の口からでしょうね。」

 海里は1度言葉を止め、犯人たちを睨みつけた。少し声を大きくして、彼は言い放つ。

「家を守るために隠蔽工作を行い続け、あまつさえ娘の婚約者を“邪魔”の一言で殺めた。一体・・・・どれほど面子がお大事なんですか? 和豊さん、和彦さん、綾美さん。」

 静まり返った。子供たち4人の瞳に怒りが現れる。

「あなた方3人が、この殺人事件の犯人だ。そうでしょう?」

 3人は何も言わなかった。しばらくして、和豊が微笑を浮かべた。

「証拠はあるのか? 私たちが多くを隠蔽したことは、子供らも知っている。私たちだけ疑うなど、あまりに程度の低い話だ。寧ろ、婚約者であった小夜の方が動機を抱きやすいはず。」

 龍は眉を顰めた。こんな簡単に、自分の子供が殺人犯だと言い切れる彼の心情が理解できなかった。海里は和豊を睨みつける。

「なるほど、証拠ですか。自分たちが犯人であると、認める気はないのですね?」
「当然だろう。犯人だと言われて、“はいそうです”、と認める馬鹿がどこにいる? お前がこれまで立ち合った事件に、そんな馬鹿がいたのか?」
「最もですね。では、証拠をお見せしましょう。」

 海里は笑い、自分のスマートフォンとパソコンを接続させた。

「先日、小夜さんたちからある“情報”を提供されたのですよ。事件当日の、大広間の監視カメラの映像です。」

 和豊の眉が微かに動いた。海里は再びパソコンを開き、画面を見せる。海里は気にせず続ける。

「この映像、よく見てください。時間は24時15分・・・亡くなる少し前ですね。真人さんがここに来る直前、彼は小夜さんと話をしていました。これは、その後です。台所に水を飲みに来たのでは、と春菜さんから証言がありました。」
「・・・・それで?」
「この映像はおかしいのですよ。まるで・・・・“一部が切り取られている”、という感じですね。ご覧になってください。」

 海里は春菜から渡された映像を見せた。夏弥は映像を見て叫ぶ。

「あー本当だ! 真人お兄ちゃんがいなくなった後、映像がゆがんでる! しかもその間、たくさんの、ちがう声が聞こえた‼︎」
「夏弥!」

 綾美の顔が青ざめた。海里は満足そうに笑う。

「そして、ようやく見つけましたよ。ここから抜き取られた、犯行時の映像を。」
「は?」

 その瞬間、初めて和豊の顔色に焦りが浮かんだ。海里は気にせず続ける。

「随分苦労したそうですが、人が消した以上、復元できると言われたらしく、データが発掘されたそうです。
 と、いうことなので。どうぞ、ご覧になってください。あなた方が犯人であるという、紛れもない証拠を。」

 海里は再生ボタンを押した。


 そして、全員が、見るに耐えない、殺害の瞬間に絶句した。

 真人は、綾美と話して部屋に戻ろうとした所を襲われていた。和彦に口を塞がれ、逃げられないよう和豊に足の骨を折られ、綾美に胴の骨を折られ、腕を、指を、肩を、腰を、最後に、首を。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ! いや・・いや。どうして、どうして! どうして、いつも・・・・‼︎」

 叫んだのは小夜だった。龍は映像を見せることを反対していたが、海里は映像を使わなければ3人が罪を認めないこと、小夜たちも確信を得られないこと訴え、やむなく見せることを決めた。

「姉さん! ダメだ‼︎ これ以上・・見ちゃダメだ! 姉さん・・・・‼︎」

 秋平が庇うように姉を抱きしめた。春菜は震えながら、夏弥が映像を見ないよう、自分の胸の中に小さな体を押し込んでいる。
 小夜は大粒の涙を溢していた。震える肩を両手で抱き、唇を噛み締めている。海里は3人を睨みつけ、言った。

「和豊さん、和彦さん、綾美さん。あなた方は、ご自分の娘を、姪を、ここまで追い詰めた。それが、どれほどの罪か、お分かりですか? 
 家のため、自分たちのため、多くの人々を踏み躙り、子供たちの大切な存在を奪ってまで・・・・自分たちの存在に拘る意味は何なのですか?
 私には、分かりませんよ。ここまで残酷なことができるあなた方のことを、まるで理解できない。」

 冷たい瞳だった。どんな理由があろうと、理解も納得もできないーーーーそんな意志が宿っていた。
 龍がゆっくりと口を開く。

「今までの隠蔽工作・・・・賄賂・殺人・虐待・・・・。現在、全てを調査中だ。世間も、彼女たちも、お前たちを決して許さないだろう。もちろん、俺たちも許しはしない。
 天宮和豊・和彦・綾美。泉龍寺真人の殺害及び、諸々の余罪で逮捕する。」

 時計の針が、午後12時を指した。柱時計から聞こえた音は、酷く虚しく、苦しく、館中に響き渡っていた。

            ※
                    
「本当に、ありがとうございました。」

 事件の1週間後、子供たちを代表して、小夜が警視庁へ挨拶に来た。海里も事後処理のために来ており、龍と共に彼女を迎え入れた。

「とんでもない。私は、やるべきことをやっただけです。皆さんが落ち着いてくださったのであれば、それで十分。」
「ええ。私たちに礼など不要ですよ。ところで・・・・小夜さん、1つお聞きしてても?」
「何でしょう。」
「“自由になる”、と仰っていましたね。あれは一体、何だったのですか? 黒田さんから、事件の2日前に行われた宴会で最終の打ち合わせをした、なんて曖昧なことをお聞きしましたが。」

 龍の言葉に、小夜は満足そうに笑った。腰掛けた椅子に全身を預け、ゆっくりと口を開く。視線は天井にあった。

「ずっと前から、弟妹たちと、黒田と決めていたことなんです。あの家から、両親と叔父から逃げて、自分たちだけで自由に生きよう・・・・って。でも、ただ逃げ出すだけでは意味がないので、両親と叔父が起こした過去の事件を全て調べていました。」
「えっ?」

 驚く2人に対し、小夜は冷静に続けた。

「真人も一緒に逃げるはずでした。でもあの夜に殺されて、それは叶わなかった。でもあの子たちと尽くしてくれた黒田は自由にしてあげたくて、4人と話し合って、自由になるための作戦を実行することにしたんです。」

 意味が分からなかった。小夜は視線を2人へ戻し、柔らかい笑みを浮かべたまま言う。

「東堂さん。昨日の夕方、警視庁に天宮家の過去の事件の証拠が全て来たでしょう? あれ、私が仕組んだんです。昨日の、あの時間に、全ての証拠が行き届くよう、準備を済ませておいた。
 あの時間、両親と叔父は本宅にいて、私たちは別荘にいる予定でした。そして、焦っている3人の目を盗み、逃げる。本宅も別荘も、昨日無事売り払えましたから、マスコミが駆けつける事態も防げました。」

 2人は呆気に取られた。小夜は静かに声を立てて笑う。

「予定外のことは起きましたが、上手く行きました。事件も解決して頂いて、本当に全てを明らかにして頂いて・・・・お2人には、感謝してもしきれません。」
「ちょ、ちょっと待ってください。初めから・・・・全部分かっていたのですか? 今回の事件の犯人も、過去の事件の真相も、何もかも。」

 焦る海里に対して、小夜は冷静に頷いた。

「はい。でも、話さないことは父たちの目を欺くために必要でした。身を守るためにも。だから、責められたとしても逮捕される理由はありません。刑法にも背いていませんし。」

 小夜は立ち上がり、再び2人に頭を下げた。警視庁を出て行こうとする彼女は肩越しに2人を見て、言った。

「江本さん、妹さん・・早く目覚めるといいですね。東堂さんは、ご家族と話し合う時間を取られてもいいと思いますよ。」

 海里と龍は目を見開いた。小夜は微笑を浮かべ、更に驚くべきことを口にした。

「江本さん。いい物語は書けそうですか?」

 その言葉に海里は眉を動かした。あの時、彼女はカマをかけてなどいなかったのだ。彼のことも龍のことも、彼女は全て知っていた。
 何もかも見透かした小夜の発言に感服し、海里は失笑して答える。

「ええ。今までにないほど、いい物語が書けそうですよ。」
「それは良かった。また、お会いしましょう。お2人とも。」


 この後、2人は彼女に再会する。彼女の存在は、海里や、彼がこれから出会う人々を翻弄して行くのだが・・・・
 それは、もう少し先の話。
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