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Case26.魔の館の変死体⑤
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「・・・・この音声がどういうことか、きちんと説明してくれるな? 小夜。」
和彦の言葉に、小夜たちは震えていた。そして同時に、絶望した。自分の子供たちの会話を、自分から引き離したにも関わらず、盗聴するほど、信頼が無いということに。
小夜は必死に言葉を探し、早くなる鼓動を鎮めるように早口で言った。
「私たちから申し上げることは何もありません。父上には、“大した話ではない”、とお伝えください。」
「大した話ではない? こんなおかしな話をしていて、何もないと? 冗談も休み休み言え。まさかと思うが、泉龍寺真人を殺したのも、お前たちか? 計画が狂っただの何だの、言っているが。」
「違います!」
小夜は机を叩いて立ち上がった。秋平と春菜も和彦を睨みつけている。
「真人を殺したのは、私たちじゃない・・・! 私は、今でもあの人を愛している‼︎ 言いがかりはやめて!」
直後、和彦は小夜を殴り飛ばした。秋平が立ち上がり、和彦の胸倉を掴む。春菜はすぐ姉に駆け寄った。しかし、和彦は動じなかった。
「誰に向かって口を聞いている多忙な両親に代わって“育ててやった”恩を忘れたか?」
痛む頬を押さえながら小夜は怒鳴った。
「育てて・・・・やった? ふざけないでください! あなたは、愛人の間を徘徊していただけでしょう⁉︎ 私たちを育ててくださったのは、亡き叔母様よ! あなたみたいな人間に育てられた覚えはないわ!」
和彦の表情に明らかな怒りが現れた。憎悪すら感じる表情だった。
「お前・・・・」
胸倉を掴んでいた秋平がたじろぎ、身構えた、その時だった。
「そこまでだ。」
現れたのは龍だった。小夜たちは揃って驚きながら名前を呼んだ。
龍は息が切れていた。渋滞を抜けた後、車から降りて黒田と電話で話しながら走って来たのだ。彼は体を支えようとした春菜を制し、和彦に近づく。
「詳しい話は警視庁で聞く。無抵抗の人間に暴力を振るった以上、傷害罪になることくらい分かるだろ。」
「家族の話し合いの範疇だ。」
「だったら彼女たちが幼い頃から暴力を振るっていたと考えていいのか? 俺は探偵じゃないから推理は後回し。刑法を優先して動く。」
2人は、しばらく睨み合っていた。やがて、和彦は理由の分からない微笑を浮かべ、踵を返した。去り際、龍の上着のポケットに録音器を入れて。
「大丈夫ですか?」
小夜は差し出された龍の手を掴んで立ち上がった。洗面所から出て来た黒田が差し出した濡れタオルを、頬に当てながら頭を下げる。
「はい・・・・ありがとうございました。」
「いえ。ところで、この録音機は? 天宮和彦は気にかけていたようですが。」
龍はポケットから録音機を出して尋ねた。小夜は目を細める。
「・・・・大した物ではありませんよ。適当に処分してください。それと、今の件は・・誰にも言わないでくれませんか。」
「しかし・・・・」
「お願いします。これ以上誰かに知られたら・・・・」
龍は、4人の必死な表情に違和感を覚えた。声を顰め、静かに告げる。
「昔、和彦さんと何かあったのですか?私には、あなた方が父親よりも彼に怯えているように見えます。確かに彼は体も大きく、力もありますが、それだけですか? もしかしてーーーー」
「何もありません‼︎」
叫ぶ小夜の肩を、黒田が軽く掴んで首を横に振った。
「お嬢様、それ以上は。」
小夜は微かに頷いた。龍の頭には違和感が募る。
「・・・・助けてくださったことは感謝します。でも・・このことに関しては、これ以上、何も聞かないでください。今回の事件は、警察にお任せしますから。」
※
「九重警視長。」
「ああ、龍か。わざわざすまなかったな。無事に済んだか?」
「一応。しかし、気になることが。」
「気になること?」
龍は頷いた。
「天宮和豊の4人の子供たちは、叔父の和彦から虐待を受けている可能性があるかもしれません。」
「虐待?」
「はい。現に、私が現場に到着した際、天宮小夜は殴られていました。特に驚いた反応も見受けられなかったので、可能性は高いと思われます。」
「・・・・あの家にはまだ問題があるのか。一体、どうなっているんだ。」
浩史は珍しく苛立った表情でそう言った。すると、扉が開き、海里が入って来る。
「お前、まだいたのか?」
「刑事さんと話していたら、こんな時間に。今回の事件で分かったことを報告したかったので、東堂さんが帰って来られるのを待っていたんです。
ただ、その前に・・・・虐待の件は、間違いありません。」
「何だと?」
2人は顔色を変えた。もし本当であれば、殺人罪より前に傷害罪で逮捕できる。金を使っての隠蔽が本当であれば、多くの余罪が出てくるだろう。
海里は続けた。
「幼い頃から多忙な両親に代わって4人の面倒を見ていたのが、和彦さんと亡くなった彼の奥方だったそうです。彼の暴力は日常茶飯事で、暴力を振るう夫を、奥方が諌めていたと聞きます。ただ、彼女の力は夫の力の前には意味もなく、4人の傷は癒えなかった。」
「酷くなったと?」
浩史は端的に尋ねた。海里は頷く。
「はい。しかし、問題はここからです。8年前、奥方が病で亡くなり、和彦さんの暴力は悪化し、4人の体には、服で隠れるところに傷が増えて行った。極め付けに・・・長女の小夜さんが16歳になった時、彼は彼女に魔の手を向けた。」
その言葉が、何を意味するのか、2人はすぐに分かった。海里も言葉を続けるのは忍びないと思ったのか、そこで口を閉じた。
「ずっと続いているのか?」
今度は龍が尋ねた。海里は答える。
「続いていたのでしょう。だからこそ、婚約者の真人さんは結婚前にも関わらず本宅に住み、彼女を守っていました。秋平さんたちのことも。しかし彼が亡くなり、同じことが繰り返されようとしている・・・・。」
「なぜ両親は放置している? 面子が大事なんじゃないのか?」
「どうでもいいのですよ。そうでなければ放置しないでしょう? 母親は父親に従うだけだと、小夜さんも仰っていましたから。」
2人は深い溜息をついた。海里は少し間を置き、話を続ける。
「事件の話をしますね。真人さんの衣服に付着した口内にあったものとは別の繊維を調べたところ、元々、真人さんの体に巻きついていたのは和弓の弦だそうです。」
「弦?」
浩史が不思議そうに首を傾げた。海里は続ける。
「はい。気になったので小夜さんに電話したところ、本宅にも弓矢があり、倉庫にしまっていて、誰でも持ち出せるということです。調べて頂いたら、予備の弓の1つから弦が取られていた、と。」
「なるほど。絞殺の線は完全に消えたんだな?」
「はい。真人さんは、“和弓の弦で体を拘束された後、全身の骨を折られて殺害された。”服についた手形を改めて調べたところ、“犯人は3人”・・・・。そう、東堂さんの部下からお聞きしました。」
海里の真剣な瞳を見た龍は、短く尋ねた。
「解けたのか?」
「はい。明日、天宮家の方々を本宅に呼んでください。彼らの前で、全てを解き明かします。」
※
翌日、天宮家本宅。
「急に何だ。家に留まれというから仕事を休んだが・・・・」
「探偵さんからお話があるらしいの。」
「話? 子供じみた謎解きか?」
小夜たちの母・天宮綾美は、小夜と瓜二つだが常に和豊・和彦の背後に隠れ、愛想笑いを浮かべていた。自信に満ちた態度を崩さない和豊と比べると、なぜ夫婦になったのか分からなかった。
「おはようございます。急にお呼び出してしまい、申し訳ありません。」
海里は笑っていた。全てを見透かすような、どこか不気味な笑いである。
「今日皆さんをここにお呼びしたのは、今回起きた泉龍寺真人さん殺人事件の謎が解けたからです。何となく分かっておられるでしょうが、改めて。犯人は、天宮家の人間です。」
騒めいたのは使用人たちだった。一気に騒めきが起こった。小夜たち4人は落ち着いており、大人3人も焦ってはいないが、苛ついていた。和豊は言う。
「馬鹿馬鹿しい。殺人犯がいてたまるか。あの男は、どこぞで恨みを買い、誰かに殺されたんじゃないのか?」
「その可能性も検討しましたが、あり得ませんでした。天井裏から床下まで、素晴らしい防犯装置が設置されていましたからね。
和豊さん、あなたが作り上げたこの館は素晴らしいですよ。外部の人間の侵入を決して許さず、内部の秘密を完璧に守っている。おかげで、あなた方が起こして来た問題も闇に葬ることができたのですから。」
海里はそう言いながら、大人3人に視線を移した。和彦は兄の横で舌打ちをする。
「過去の話を持ち出して来て何になる? 今回の殺人と関係が?」
「ええ。さあ、始めましょう。犯人たちによって仕組まれた、残酷な犯行の謎解きを。」
和彦の言葉に、小夜たちは震えていた。そして同時に、絶望した。自分の子供たちの会話を、自分から引き離したにも関わらず、盗聴するほど、信頼が無いということに。
小夜は必死に言葉を探し、早くなる鼓動を鎮めるように早口で言った。
「私たちから申し上げることは何もありません。父上には、“大した話ではない”、とお伝えください。」
「大した話ではない? こんなおかしな話をしていて、何もないと? 冗談も休み休み言え。まさかと思うが、泉龍寺真人を殺したのも、お前たちか? 計画が狂っただの何だの、言っているが。」
「違います!」
小夜は机を叩いて立ち上がった。秋平と春菜も和彦を睨みつけている。
「真人を殺したのは、私たちじゃない・・・! 私は、今でもあの人を愛している‼︎ 言いがかりはやめて!」
直後、和彦は小夜を殴り飛ばした。秋平が立ち上がり、和彦の胸倉を掴む。春菜はすぐ姉に駆け寄った。しかし、和彦は動じなかった。
「誰に向かって口を聞いている多忙な両親に代わって“育ててやった”恩を忘れたか?」
痛む頬を押さえながら小夜は怒鳴った。
「育てて・・・・やった? ふざけないでください! あなたは、愛人の間を徘徊していただけでしょう⁉︎ 私たちを育ててくださったのは、亡き叔母様よ! あなたみたいな人間に育てられた覚えはないわ!」
和彦の表情に明らかな怒りが現れた。憎悪すら感じる表情だった。
「お前・・・・」
胸倉を掴んでいた秋平がたじろぎ、身構えた、その時だった。
「そこまでだ。」
現れたのは龍だった。小夜たちは揃って驚きながら名前を呼んだ。
龍は息が切れていた。渋滞を抜けた後、車から降りて黒田と電話で話しながら走って来たのだ。彼は体を支えようとした春菜を制し、和彦に近づく。
「詳しい話は警視庁で聞く。無抵抗の人間に暴力を振るった以上、傷害罪になることくらい分かるだろ。」
「家族の話し合いの範疇だ。」
「だったら彼女たちが幼い頃から暴力を振るっていたと考えていいのか? 俺は探偵じゃないから推理は後回し。刑法を優先して動く。」
2人は、しばらく睨み合っていた。やがて、和彦は理由の分からない微笑を浮かべ、踵を返した。去り際、龍の上着のポケットに録音器を入れて。
「大丈夫ですか?」
小夜は差し出された龍の手を掴んで立ち上がった。洗面所から出て来た黒田が差し出した濡れタオルを、頬に当てながら頭を下げる。
「はい・・・・ありがとうございました。」
「いえ。ところで、この録音機は? 天宮和彦は気にかけていたようですが。」
龍はポケットから録音機を出して尋ねた。小夜は目を細める。
「・・・・大した物ではありませんよ。適当に処分してください。それと、今の件は・・誰にも言わないでくれませんか。」
「しかし・・・・」
「お願いします。これ以上誰かに知られたら・・・・」
龍は、4人の必死な表情に違和感を覚えた。声を顰め、静かに告げる。
「昔、和彦さんと何かあったのですか?私には、あなた方が父親よりも彼に怯えているように見えます。確かに彼は体も大きく、力もありますが、それだけですか? もしかしてーーーー」
「何もありません‼︎」
叫ぶ小夜の肩を、黒田が軽く掴んで首を横に振った。
「お嬢様、それ以上は。」
小夜は微かに頷いた。龍の頭には違和感が募る。
「・・・・助けてくださったことは感謝します。でも・・このことに関しては、これ以上、何も聞かないでください。今回の事件は、警察にお任せしますから。」
※
「九重警視長。」
「ああ、龍か。わざわざすまなかったな。無事に済んだか?」
「一応。しかし、気になることが。」
「気になること?」
龍は頷いた。
「天宮和豊の4人の子供たちは、叔父の和彦から虐待を受けている可能性があるかもしれません。」
「虐待?」
「はい。現に、私が現場に到着した際、天宮小夜は殴られていました。特に驚いた反応も見受けられなかったので、可能性は高いと思われます。」
「・・・・あの家にはまだ問題があるのか。一体、どうなっているんだ。」
浩史は珍しく苛立った表情でそう言った。すると、扉が開き、海里が入って来る。
「お前、まだいたのか?」
「刑事さんと話していたら、こんな時間に。今回の事件で分かったことを報告したかったので、東堂さんが帰って来られるのを待っていたんです。
ただ、その前に・・・・虐待の件は、間違いありません。」
「何だと?」
2人は顔色を変えた。もし本当であれば、殺人罪より前に傷害罪で逮捕できる。金を使っての隠蔽が本当であれば、多くの余罪が出てくるだろう。
海里は続けた。
「幼い頃から多忙な両親に代わって4人の面倒を見ていたのが、和彦さんと亡くなった彼の奥方だったそうです。彼の暴力は日常茶飯事で、暴力を振るう夫を、奥方が諌めていたと聞きます。ただ、彼女の力は夫の力の前には意味もなく、4人の傷は癒えなかった。」
「酷くなったと?」
浩史は端的に尋ねた。海里は頷く。
「はい。しかし、問題はここからです。8年前、奥方が病で亡くなり、和彦さんの暴力は悪化し、4人の体には、服で隠れるところに傷が増えて行った。極め付けに・・・長女の小夜さんが16歳になった時、彼は彼女に魔の手を向けた。」
その言葉が、何を意味するのか、2人はすぐに分かった。海里も言葉を続けるのは忍びないと思ったのか、そこで口を閉じた。
「ずっと続いているのか?」
今度は龍が尋ねた。海里は答える。
「続いていたのでしょう。だからこそ、婚約者の真人さんは結婚前にも関わらず本宅に住み、彼女を守っていました。秋平さんたちのことも。しかし彼が亡くなり、同じことが繰り返されようとしている・・・・。」
「なぜ両親は放置している? 面子が大事なんじゃないのか?」
「どうでもいいのですよ。そうでなければ放置しないでしょう? 母親は父親に従うだけだと、小夜さんも仰っていましたから。」
2人は深い溜息をついた。海里は少し間を置き、話を続ける。
「事件の話をしますね。真人さんの衣服に付着した口内にあったものとは別の繊維を調べたところ、元々、真人さんの体に巻きついていたのは和弓の弦だそうです。」
「弦?」
浩史が不思議そうに首を傾げた。海里は続ける。
「はい。気になったので小夜さんに電話したところ、本宅にも弓矢があり、倉庫にしまっていて、誰でも持ち出せるということです。調べて頂いたら、予備の弓の1つから弦が取られていた、と。」
「なるほど。絞殺の線は完全に消えたんだな?」
「はい。真人さんは、“和弓の弦で体を拘束された後、全身の骨を折られて殺害された。”服についた手形を改めて調べたところ、“犯人は3人”・・・・。そう、東堂さんの部下からお聞きしました。」
海里の真剣な瞳を見た龍は、短く尋ねた。
「解けたのか?」
「はい。明日、天宮家の方々を本宅に呼んでください。彼らの前で、全てを解き明かします。」
※
翌日、天宮家本宅。
「急に何だ。家に留まれというから仕事を休んだが・・・・」
「探偵さんからお話があるらしいの。」
「話? 子供じみた謎解きか?」
小夜たちの母・天宮綾美は、小夜と瓜二つだが常に和豊・和彦の背後に隠れ、愛想笑いを浮かべていた。自信に満ちた態度を崩さない和豊と比べると、なぜ夫婦になったのか分からなかった。
「おはようございます。急にお呼び出してしまい、申し訳ありません。」
海里は笑っていた。全てを見透かすような、どこか不気味な笑いである。
「今日皆さんをここにお呼びしたのは、今回起きた泉龍寺真人さん殺人事件の謎が解けたからです。何となく分かっておられるでしょうが、改めて。犯人は、天宮家の人間です。」
騒めいたのは使用人たちだった。一気に騒めきが起こった。小夜たち4人は落ち着いており、大人3人も焦ってはいないが、苛ついていた。和豊は言う。
「馬鹿馬鹿しい。殺人犯がいてたまるか。あの男は、どこぞで恨みを買い、誰かに殺されたんじゃないのか?」
「その可能性も検討しましたが、あり得ませんでした。天井裏から床下まで、素晴らしい防犯装置が設置されていましたからね。
和豊さん、あなたが作り上げたこの館は素晴らしいですよ。外部の人間の侵入を決して許さず、内部の秘密を完璧に守っている。おかげで、あなた方が起こして来た問題も闇に葬ることができたのですから。」
海里はそう言いながら、大人3人に視線を移した。和彦は兄の横で舌打ちをする。
「過去の話を持ち出して来て何になる? 今回の殺人と関係が?」
「ええ。さあ、始めましょう。犯人たちによって仕組まれた、残酷な犯行の謎解きを。」
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