小説探偵

夕凪ヨウ

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Case19.氷の女王③

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 場所は、選手控室だった。湯元英美と芝田桔平は席を外しており、控室には、東野ユーリ1人だった。

「これは・・・・酷いな。」

 龍の言葉に、海里は心の中で同意した。東野は、首が切断されていたのだ。しかも、スケート靴のブレードで。スケート選手である彼女に対する侮辱・・・・湯元は体を震わせた。

「酷い・・酷すぎる。どうして・・・・東野先輩まで? こんな・・こんなの・・・・!」
「ダメだよ、湯元さん。現場を荒らしてしまう。」
「でも、でも・・あのままにしておくなんて・・・・!」

 湯元は、大粒の涙を流していた。芝田は険しい表情をし、飛び出そうとする湯元を抑えながら、東野の遺体から目を背ける。
 龍は遺体を観察した後、2人の選手の陰に立っている美希子を見た。

「何でここにいるんだ?」
「・・・・東野さんに話を聞いてたの。三波さんの事とか、色々。戻って来たら、こんなことに・・・・」
「美希子! お前、大人しくしてろって・・・・」

 怒鳴ろうとした龍を海里が諌めた。今ここで怒るのは、良くないと思ったのだ。龍は軽く溜息をつき、湯元と芝田の方を見る。

「お2人に詳しく話を聞きます。東野さんが亡くなった以上、現在の容疑者はお2人だけですから。」
        
 龍は2人を別室に通し、話を聞いた。2人の言い分は、以下のものである。



 湯元英美
〈三波佐和子殺害時の行動〉
・会場近くにいた。
→1人でおり、行動を証明する者はいない。
・銃声が聞こえてから会場へ向かった。
→その直後に東野の悲鳴を聞いた。
・犯人らしき人物は見かけなかった。
→その時から肌寒く、窓は開いていた。

〈東野ユーリ殺害時の行動〉
・化粧室に行っていた。
→三波佐和子死亡から気分が優れなかったため。
・悲鳴は聞こえなかった。
→部屋が離れていたからと推測。
・刑事たちの足音が聞こえ、現場に駆けつけた。
→犯人見かけず。


 芝田桔平 
〈三波佐和子殺害時の行動〉
・腹痛を起こし、化粧室へ
→湯元と同様、一人で行動していた。
・銃声がしたことも知らなかった。
→会場と化粧室が離れていたと推測。
・怪しい人物は見かけなかった。
→現場の状況は全く知らず。

〈東野ユーリ殺害時の行動〉
・別室で休憩していた。
→マネージャーと行動している。
・悲鳴が聞こえず、殺人を知らなかった。
→殺される理由は知らない。
・美希子が話をしに来た直後、遺体発見。
→第一発見者。



「やはり、どの発言も的を射ていませんね。曖昧というか、何というか・・・・」
「ああ。だが即死の三波佐和子はともかく、東野ユーリは首を切断されて殺された。悲鳴を聞いていないとなると・・・・」
「東堂警部!」
「どうした?」
「鑑識に遺体を調べてもらったところーーーー東野ユーリの体から、睡眠薬を飲んだ痕跡が見つかりました!」
「やはりそうですか。
 つまり、犯人は東野さんに睡眠薬を飲ませた後、殺害した。悲鳴が聞こえなかったのはそのせいでしょうね。」

 海里は早口にそう言い、湯元英美を呼び出した。彼女は不安に満ちた表情で口を開く。

「何でしょう・・・? 何か、足りない話がありましたか?」
「いえ。そういうことではないのですが、確認したいことがありまして。」
「確認したいこと?」
「はい。東野さんは、普段から睡眠薬を飲まれていましたか?」
「えっ? 睡眠薬? そんな、聞いたこともありません。彼女、演技で全く緊張したことがなくて、どんな大舞台の前でも、よく眠れる人だったので・・・・。」

 その言葉を聞いて、海里は頷いた。湯元に礼を述べ、行きましょうと言い、龍を連れて再び外に出た。龍は尋ねる。

「何か分かったのか?」
「特には。ただ、犯人が何らかの薬と睡眠薬をすり替えた、ということだけは確信が持てました。湯元さんと芝田さんには東堂さんの部下が付いてくださっていますし、犯人であってもなくても、安全でしょう。」
「引き続き、凶器を探すと?」
「はい。犯人は東野さん殺人の凶器は捨てなかった。捨てられなかったのかもしれませんが、それは後から考えます。
 とにかく、三波さん殺害の凶器が分からなくてはなりません。」
「要はさっきの反射か。あれ、どこからだった?」
「確かーーーー・・・・」

 海里はゆっくりと歩き出し、三波佐和子殺害現場側の窓の下へ行った。右手を上げ、指を指す。

「あちらですね。距離からして、あの辺り。」

 海里が指を刺した先には、ゴミステーションがあった。ワゴンにゴミ袋が詰められており、回収がまだなのか、溢れている。2人はハッとし、急いでゴミステーションへ駆けつけた。

「こんな滅茶苦茶なことがあるのか? 犯人は、ゴミ袋に詰めた凶器とスケート靴を、窓から“投げ捨てた”! 通りかかるワゴンの時間も計算して、だ!」
「確かに無茶苦茶な話ですね。ですが、犯人はそれを実行した。」
「本当、あり得ないだろ。ここまで用意周到とはな。」
「全くです。」

 ゴミステーションのゴミを退かし、中身を確認し始めた、数分後、海里が呟いた。

「・・・・ありました。」

 海里は、黒いゴミ袋の中からスケート靴を取り出した。龍も、隣の大きなゴミ袋を掴む。

「これだ。」
「これが・・凶器・・・・⁉︎」

 龍がゴミ袋から取り出したのは、細い銀の棒だった。大人の手で持っても余るほどに数があり、その先端には血が付着している。龍は棒を凝視し、しばらくして、ハッとした。

「・・・・間違いない。これはブレードだ。」
「えっ⁉︎」
「スケート靴のブレードと比べてみろ。同じだ。」
「本当ですね。三波さんは、これで殺された。刺殺・・でいいのでしょうか。」

 龍は頷いた。海里は顔を顰める。

「しかし、あの一瞬で何が起こったのかは、まだ分かりません。現場に戻りましょう。」

            ※
                    
「それが凶器なの⁉︎」

 美希子は話を聞いて愕然とした。2人とも関わらせる気はなかったが、彼女が東野ユーリと接した以上、事件に付き合わせるしかないと判断したのだ。

「ああ。だが、まだ謎は解けていない。三波佐和子はこれで体を貫かれて死んだ・・・・それは間違いないが、あの一瞬に起きた出来事が分からない。今からそれを解き明かさないと。」

 龍の言葉に、美希子は息を飲んだ。
 すると、なぜか天井を見ていた海里が、2人の側に駆け寄る。

「美希子さん。あなた、運動神経は良いですか?」

 美希子は首を傾げつつ、頷いた。

「まあ、悪くはないけど。寧ろ、良い方かな? 多分。」
「では・・・・少々無茶をして頂きましょうか。私たちより小柄ですし、やって頂きたいことはできると思います。」

 海里は笑った。いつものように、優しい笑みで。

「東堂さん。湯元さんと芝田さんを呼んでください。お2人にも、この謎解きを聞く権利はあるでしょうから。」

 呼び出された2人は、怪訝な顔をしていた。海里は2人の顔を見て続ける。

「お2人に来て頂いたのは、三波佐和子さん殺害のトリックをお話しするためです。」
「三波先輩の? 東野先輩は?」
「あちらは、実にシンプルな殺人です。殺害方法も見たままですし、深く考えずとも構わない。残された謎は、1人目・三波佐和子さんの殺害トリックです。」

 海里は、会場の明かりを一段階明るくした。あまりの眩しさに、湯元と芝田は目を瞑る。事件当時より明るいので、当然である。
 海里は言った。

「この場ではっきり申し上げます。犯人は、あなた方2人のどちらかです。そして私には、もうどちらが犯人か、分かっています。」
「えっ⁉︎」

 2人は唖然とした。海里は笑いながら続ける。

「犯人を“炙り出す”ために、私はトリックを説明します。そうすれば、犯人は私たちの前に現れる・・・・。」

 海里はそこで言葉を止めた。一瞬視線を氷の上へ移し、一言、告げた。

「さあ、答え合わせを始めましょう。」
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