小説探偵

夕凪ヨウ

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Case19.氷の女王③

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 犯人が分かっている? 馬鹿馬鹿しい。そんなことはありえない。あれは完璧な犯行だったはずだ。
 第一、警察官でもないこの男に、何が分かる? 分かったのか? いいや、分かるはずがない。


 犯行の全容も、私の心の内も。

        ーカイリ『氷の女王』第3章ー


            ※


 場所は選手控室だった。湯元英美と芝田桔平は席を外しており、控室には東野ユーリ1人だった。
「これは酷いな」
 龍の言葉に海里は心の中で同意した。
 東野は首が切断されて亡くなっていた。しかも、スケート靴のブレードで。フィギュアスケートの選手である彼女に対する侮辱であった。
 遺体を見た湯元は、愕然としながら体を震わせる。
「酷い・・酷すぎる。どうして・・・・東野先輩まで? こんな・・こんなの・・・・!」
「ダメだよ、湯元さん。現場を荒らしてしまう」
「でも・・・・あのままにしておくなんて・・・・!」
 湯元は大粒の涙を流していた。芝田は険しい表情をし、飛び出そうとする湯元を抑えつつ、東野の遺体から目を背ける。
 龍は遺体を観察した後、湯元と芝田の陰に立っている美希子に厳しい視線を送る。
「何でここにいるんだ?」
 美希子は少しの間答えなかったが、龍が急かすように視線を送り続けるので、やむなく口を開いた。
「・・・・東野さんに話を聞いてたの。三波さんのこととか、色々。戻って来たらこんなことに・・・・」
「美希子! 捜査に関わるなと・・・・」
 怒鳴ろうとした龍を海里が諌めた。今ここで怒るのは良くないと思ったのだ。龍は軽く溜息をつき、湯元と芝田の方を見る。
「お2人に詳しく話を聞きます。東野さんが亡くなった以上、容疑者はお2人だけですから」
 龍は2人を別室に移動させ、話を聞いた。2人の言い分は以下のものである。




 湯元英美
〈三波佐和子殺害時の行動〉
・会場近くにいた
→1人でいたので証明する者はいない
・銃声が聞こえてから会場へ向かった
→その直後に東野の悲鳴を聞いた
・犯人らしき人物は見かけなかった
→その時から肌寒く窓は開いていた

〈東野ユーリ殺害時の行動〉
・化粧室に行っていた
→気分が優れなかったため
・悲鳴は聞こえなかった
→部屋が離れていたから?
・刑事たちの足音が聞こえ現場に
→犯人見かけず

 芝田桔平 
〈三波佐和子殺害時の行動〉
・腹痛を起こして化粧室へ
→湯元と同様1人のため証明できない
・銃声がしたことも知らなかった
→会場と化粧室が離れていたから?
・怪しい人物は見かけなかった
→現場の状況は全く知らず

〈東野ユーリ殺害時の行動〉
・別室で休憩していた
→マネージャーが証明
・悲鳴が聞こえず殺人を知らなかった
→殺される理由は知らない
・美希子が話をしに来た直後に遺体発見
→第一発見者




「どの発言も的を射ていませんね。全て曖昧です」
「ああ。だが、即死の三波佐和子はともかく、東野ユーリは首を切断されて殺されていた。それなのに悲鳴を聞いていないとなると・・・・」
「東堂警部」
 鑑識から何かを耳打ちされた刑事が龍を呼んだ。彼は無言で続きを促す。刑事は声を潜めながら言った。
「東野ユーリの体内から、睡眠薬が検出されたそうです」
「やはりそうですか。
 つまり、犯人は東野さんに睡眠薬を飲ませた後、殺害した。悲鳴が聞こえなかったのはそのせいでしょう」
 海里は早口にそう言い、湯元を呼び出した。彼女は不安に満ちた表情で口を開く。
「何でしょう・・・・? 何か、足りない話がありましたか?」
「いえ。そういうわけではないのですが、確認したいことがありまして」
「確認したいこと?」
「はい。東野さんは、普段から睡眠薬を飲まれたりしていましたか? プレッシャーで眠れなかったとか、そのような類いの理由で」
「睡眠薬? いいえ、聞いたこともありません。彼女、演技で全く緊張したことがなくて、どんな大舞台の前でも、よく眠れる人だったので」
 その言葉を聞いて海里は頷いた。湯元に礼を述べ、別室に戻って構わないと伝える。彼女が部屋を後にすると、龍と共に再び外に出た。龍は尋ねる。
「何か分かったのか?」
「特には。ただ、犯人が何らかの薬と睡眠薬をすり替えた、ということだけは確信が持てました。湯元さんと芝田さんには東堂さんの部下が付いてくださっていますし、犯人であってもなくても安全でしょう」
「引き続き凶器を探すんだな?」
「はい。犯人は東野さん殺人の凶器は捨てなかった。捨てられなかったのかもしれませんが、それは後から考えます。
 とにかく、三波さん殺害の凶器が分からなくてはなりません」
「要はさっきの反射か。あれ、どこからだった?」
「確かーー」
 海里は思案しながら歩き、三波佐和子殺害時に開いていた窓の下に立った。おもむろに右手を上げ、人差し指を伸ばす。
「あちらですね。距離からして、あの辺りです」
 海里が示した先には、ゴミステーションがあった。ワゴンにゴミ袋が詰められており、回収はまだなのか、溢れている。
 しばらく立ち尽くしていた2人だったが、同時に目を見開き、ゴミステーションへ駆けつけた。
「こんな滅茶苦茶なことがあるのか? 犯人はゴミ袋に詰めた凶器とスケート靴を、。通りかかるワゴンの時間も計算して」
「確かに無茶苦茶な話ですね。ですが、犯人はそれを実行した」
「綿密な計画殺人か。ここまで用意周到とは恐れ入るな」
「全くです」
 2人はゴミ袋を手に取り、片っ端から中身を確認した。開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた2人だったが、数分後、海里が呟いた。
「・・・・ありました」
 海里は手に持っている黒いゴミ袋の中からスケート靴を取り出した。微かに血がついている。龍も、隣にある黒いゴミ袋を掴んで開く。
「これが凶器?」
 龍がゴミ袋から取り出したのは、細い銀の棒だった。大人の手で持っても余るほどに数があり、その先端には血が付着している。龍は訝しげな視線で棒を凝視していたが、やがて「間違いない」と呟いた。
「これはスケート靴のブレードだ」
「えっ?」
「見比べたら分かる。同じだろう」
 海里は龍が差し出した銀の棒を見つめた後、手に持っているスケート靴のブレードを見つめ、納得したように頷いた。
「三波さんはこれで殺された。刺殺、でいいのでしょうか。」
 龍は頷いた。海里は顔を顰める。
「しかし、あの一瞬で何が起こったのかは分かりません。現場に戻りましょう」


            ※

                    
「それが凶器なの?」
 美希子は話を聞いて愕然とした。2人とも関わらせる気はなかったが、彼女が東野ユーリと接した以上、事件に付き合わせるしかないと判断したのだ。
「ああ。だが、まだ謎は解けていない。三波佐和子はこれで体を貫かれて死んだことは間違いないが、あの一瞬に起きた出来事が分からない。今からそれを解き明かさないと」
 龍の言葉に美希子は息を飲んだ。
 すると、なぜか天井を見ていた海里が、2人の側に駆け寄る。
「美希子さん。運動神経は良いですか?」
 美希子は首を傾げつつ、頷いた。
「まあ、悪くはないけど。寧ろ、良い方かな?」
「では、少々無茶をして頂きましょうか。私たちより小柄ですし、やって頂きたいことはできると思います」
 海里は笑った。いつもと変わらぬ優しい笑みだった。
 未だ事態が飲み込めない美希子に対し、海里は説明をせず龍の方を見る。
「東堂さん。湯元さんと芝田さんを呼んでください。お2人には、この謎解きを聞く権利があります」


 呼び出された2人は怪訝な顔をしていた。海里は2人の顔を見て続ける。
「お2人に来て頂いたのは、三波佐和子さん殺害のトリックをお話しするためです」
「三波先輩の? 東野先輩は?」
 湯元がすぐさま尋ねた。海里は答える。
「あちらは実にシンプルな殺人です。殺害方法も見たままですし、深く考えずとも構わない。残された謎は、第一の被害者である三波佐和子さんの殺害方法です」
 言い終わると、会場の照明が一段階上がってより明るくなった。あまりの眩しさに、湯元と芝田は目を瞑る。先ほどまでの明るさに慣れていたため、当然の反応だった。
 海里は続ける。
「この場ではっきり申し上げます。犯人は、あなた方2人のどちらかです。そして私には、もうどちらが犯人か分かっています」
「「えっ⁉︎」」
 2人は唖然とした。海里は笑う。
「一先ず、三波さん殺害のトリックを説明します。犯人の正体は、その後です」
 海里はそこで言葉を止めた。氷上を一瞥した後、再び口を開く。
「さあ、答え合わせを始めましょうか」
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